第二十二話

 僧正坊の命令どおり、この険悪の雰囲気の中、秋花一人が宴の間に通された。人間であることを隠すのはもう止めたのか、百足がいなくてももう顔に面は付けていない。

 彼女の存在に、大御神を含む多くの神が固唾を飲んだ。


「無事戻ってきたようで何よりじゃ」

「僧正坊様に御用がありましたので、急ぎ舞い戻りました」

「儂もちょうど秋花に聞きたいことがあった」

「私に答えられることであれば」

「正直に答えよ。儂等の出逢った時のことじゃ。あの頃、秋花は闇市で妖を飼う神の姿を見たことはあるか?」


僧正坊の問いに対する秋花の答えは……


「いましたけど、それが何か?」

「ハハッ! そうであろう? 神が闇市で妖を売春しておったのだ!」


 神と天狗の抗争の勝敗を大きく決めるというのに、深く考えることなく、一問一答のように口軽く忠実に情報を吐露した。

 それに対して、神々が何とも言えない重く静まり返る中、天狗らしく鼻高々に笑う僧正坊の笑い声だけが部屋中に響いた。

 大御神はショックを隠しきれず、瞳孔を開いたまま硬直してしまっている。「終わりじゃ……」近くにいた恵那和には、大御神がそう呟いたようにも聞こえた。


「神は闇市の出入りを許されておらぬ。かつて妖から神格化し、天道を闇に落とした者を生ませた主らの教訓じゃ。当時は人間共も巻き込み、大飢饉を起こして大量の人間の命が潰えた。それから血統書のない妖への関与が禁じられたことは、ほぼ全ての神々が知るところ。にも関わらず、懲りず闇市の妖と一夜に共にするなど、神の体裁が地に落とす愚行という他ない」


 返せる言葉などあるはずがない。

 この時点で、ついに長年の神と天狗の腹の探り合いは、天狗側が一旗揚げたことによって幕を閉じた。


……かのように思われた。


「生きた人間を売買する貴方よりは遥かにマシなのではないですか?」


 秋花から告げられた衝撃の事実は、その場にいた全員を凍りつかせ、あれだけ大口を開けて笑っていた僧正坊から一瞬で笑顔を奪い去った。


「それは誠か……? 娘」


大御神が尋ねる。


「本当です」

「秋花!!!!!!」


 焦りと怒りに満ちた表情で僧正坊が怒声をあげる。


「何を世迷言を!! し、証拠を持って申しておるのか!!」

「兄者の仕事に落ち度などあるはずがありません」


 秋花の支離滅裂な言葉に、いよいよ神々も天狗達も困惑が隠せずざわつき始める。


「ハッ! 証拠も持たずに全神の前で根も歯もないことを言うでない。儂を貶めようとでも言うのか」

「証拠が残らずとも業は消えません」

「言い訳か? 例え其方の言う事が事実だろうと価値観で左右される正義感のみで罪は裁けぬ!」

「はあ……ならお見せしますよ、証拠」

「出せるものなら出してみよ」


 「ある」と言ったり、「ない」と言ったり、証拠の要求に対する秋花の応答には一貫性がない。その上で提示する彼女の証拠に、神々の疑心暗鬼の視線が刺さる。


「出ておいで」


 そう秋花が一言声をかけた先は、灯籠の灯りによって細く伸びる床に映る自分の影。

 彼女の呼びかけに応じるように、影は横へ後ろへと伸びていき、小さな黒い闇が広がる。


 やがてその闇の穴から複数の腕が伸び、地面から這い上がってきたのは、菫や輝などの妖達と四郎と天狗達……そして、邪碑。


「「!!」」


 僧正坊と烏水は明らかに動揺を露わにした。しかし、それは秋花の影から彼らが出てきたからでも、四郎達が目の前に現れたことによるものではなく、紛れもなく邪碑の姿を見たことによって引き出された反応であった。


「見覚えがあるはずです。顔こそボコボコですが、彼こそが貴方の依頼によって人の世から娘を誘拐した張本人なのでしょう?」

「ごめんなさぁ~い。小娘達にバレちゃった!」


 悪びれた様子なく、邪碑は軽い謝罪を口にした。


「現場を押さえるのにかなり頑張っちゃったよ~。邪魔しないよう邪碑と取引する烏水の姿を探すの大変だったんだから。いやぁ、でも邪碑が金で口を聞く馬鹿で助かった~」


 白々しく燈火が言った。

 神々が見守る中、邪碑という証人を出した以上、僧正坊の逃げ道は着実に塞がれ始めた。しかし、そんな窮地の中でも、烏水だけは至って冷静に立ち回り続けた。


「確かに、私は彼と取引をしていた。しかし、それは私個人が取引をしたのであって、僧正坊様は関係な」

「そう言うなら、もう一つの証拠ではっきりさせようか?」

「もう一つの証拠?」

「僧正坊がもし共犯なら、貴方は証拠を持っているはずだ。2日前に抱いた娘の遺体が、奴隷部屋の中にまだあるんじゃないのかい?」


 それこそまさに、僧正坊の止めとなる確固たる証拠だった。


「これだけ神の目がある中で、鍾乳洞まで遺体を運ぶことは至難の業だ。だから、神議が終わる日まで安置する予定だったんじゃない?」

「戯言を」

「じゃあ、愛妾部屋見せてよ! いくら僧正坊にとって聖域とは言え、謂れのない罪を被せられている今なら、神々に見せることくらいできるでしょ?」

「何故、愛妾部屋を見せる必要が」

「あ! 別に変な玩具とかあっても私は引かないよ~? 人間がいないことさえ確認できれば満足だから! 女鴉を監禁していようが、とんだ変態プレイしていようが、首絞めて殺していようが興味ないよ。何もないなら、せめて大御神くらいには見せることができるでしょ」


 ここで初めて、烏水は言葉に詰まった。


「できない?」

「僧正坊様に向かって目に余る無礼だぞ」

「ああ、そう? ごめんよ~。じゃあこれ以上無礼をしない為にも、早く部屋を見せてよ。あ、因みに奴隷部屋の見張りはすでにこっちの手中にあるから工作は出来ないよ」


 着実に追い詰めていく燈火に、ついに烏水達は本性を現し始めた。

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