第十七話


「お嬢!!」


 入ってきたのは、秋花と合流するために神議場に向かった七だった。背中には武器庫から持ってきた刀や銃器類を大量に運んでいた。

 室内を隈なく見て、秋花の姿を探す七。そんな彼女を見て、侵入したのが百足ではなかったことに安心してしまい、緊張の糸が切れた天照は思わず腰が抜けてしまった。外にいた他の神々も、最初こそは山犬の巨体に恐れ慄きを見せたが、自分達に見向きもしないで身を挺して扉をこじ開ける彼女の姿を見て、拍子抜けしている様子だった。


「お嬢ならまだだぁ」


 七の真下の床から声をかける芽々。


「本当に迎えに行かなくて大丈夫なのか?」

「大丈夫」


七の質問に、芽々は楽しそうにそう答えた。


「そっちの方が、きっと熱い展開になるぜ?」

「何を企んでいるのか知らないが、お嬢を危険な目に晒すような真似はよしなさい」

「大丈夫だって。本気でお嬢を困らせるなら、もっと殺す気でいくさ」


「む、百足だぁああああぁああああああぁあああああ!!!!!」


 今度こそ本物の百足がやってきたようだ。


「七、神を中に入れさせるな! この先まで廊下を走り抜けさせろ!」


 芽々の指示どおりに、その巨体を活かして部屋の出入り口前を陣取り、七は神が中へ入れないように通行止めした。狙いどおり、百足の大きさに似た彼女の巨体と、山犬ならではの鋭い牙、極め付けに唸りを目の当たりにすれば、パニックになっているその心理状態では百足も妖も同じ恐怖対象として認識してしまい、反射的に避けようと部屋を通り過ぎる者が大半となった。

 やがて、逃げ回る神々に紛れ込んで一緒に逃げる秋花の姿が見えてきた。


「お嬢!!」


 秋花のすぐ後ろには、大口を開けて彼女を食べようと必死に追いかける数体の百足の姿も見えた。腰を抜かして逃げ遅れた神もいるにも関わらず、あれだけ夢中に喰っていた神には目もくれずに、一心不乱に彼女達は秋花だけを狙い続けている。


「お嬢! そのまま部屋の中へ入ってこい!!」


「止めろ!!!」


 僧正坊の静止を聞かず、秋花は芽々に誘導されるがままに部屋の中へ押し入った。当然、彼女について回る百足達もそのまま流れ込んできた。

 一番安全だったはずの神議場は一瞬で戦場と化し、今度は中にいた天狗と神達が部屋の奥へと避難し始めた。


 全ては芽々の狙いどおり。百足を倒す為の最高のフィールドが整えられた。


「お嬢!!」


 丸腰の秋花に向けて、七は運んできた刀を投げた。

 前に向かって走っていた秋花は即座に方向転換を行い、投げられた刀を取りに手を伸ばした。しかし、刀がある先には大口を開けた百足が彼女が来るのを口を開けて待ち構えていた。

 秋花が刀を掴む目前に、百足は刀ごと秋花を丸呑みしてしまった。


「ヤバ」

「お嬢が……!!」


 秋花が喰われて蒼ざめる芽々と七とは裏腹に、どれほど美味かったのか、秋花を丸呑みした百足は恍惚とした表情で口周りを舐め、まるで後味を楽しんでいるような様だった。

 最も絶望したのは神々であった。漸く助けが来たと思えば目の前で喰われ、挙句の果てには多くの百足を置き土産に逝ってしまったのだ。

 一目散に狙っていた秋花がいなくなってしまった今、再び神に照準が定まる。



______状況は正に、絶望を指した。


……かのように思われた。



「ぎぃひやぁあぁぃあぃああああぁあ!!」


 秋花を喰った百足が突然苦しそうに叫びながら、踠き始めた。腹を抑えながら踠き暴れ、助けを求めようとしているのか他の百足に掴みかかる。手足をバタつかせ、尻尾をこん限り振って、尋常な苦しみ方ではなさそうであった。

 そしてついには口から血の泡を噴き出し、一瞬にして霧散した。


 何が起きたのか分からず、見ていた者達は勝手に百足が霧散したように見えた。

 だが、霧散した百足の中から、喰われたはずの秋花の立ち姿が見えた時、神々に安堵の表情が戻った。


 そこからの展開は早かった。再び百足の狙いは秋花一点に集中し、百足達は一斉に秋花に飛びかかった。そのお陰で狙いが他に分散されず、自分に向かってくる残りの百足達を順に、あっという間に斬り倒して行った。

 最後の百足が霧散する姿を見届けると、神々は「助かった」と歓喜の声を上げた。一方で、天狗達も一安心と胸を撫で下ろした。


……ただ一人を除いて。


「人……間」


 面を外した秋花を見て、大御神は呟いた。皆、百足のことで気にも止めていないが、目の前にいるのは紛れもなく人間の娘。天狗の世で、人の子が刀を振り、妖と結託して、百足を殺し、神を助けた。


「いつからじゃ……」


 天狗の世で神を百足から守っていたのは人間だった。これまで野良共が神の前に姿を現そうとしなかった理由が漸く分かった。

 いつから僧正坊は彼女と手を組んでいたのか。そもそも、最初から分かって契約したのか。それに、人間なら倒すことができることを彼はいつから知り、どうやって情報を手に入れたのか。


 一難去って、また一難。次々と疑問が浮かび上がる。


「よくやった秋花。さすがわしが見込んだ実力じゃ」


 ほんの数分前まで野良共に全て責任をなすりつけていた僧正坊は、状況が一変するなりすぐに掌を返し、大御神に自慢気にそう話した。その態度にまた腑が煮える思いであったが、大御神は今はぐっと堪えた。


 一方、僧正坊は思わぬ好機に、昂る感情を抑えきれずにいた。

 今はいつも邪魔をする菫もいない。僧正坊自ら環境を整えずとも、やむ得ぬ状況下で秋花自ら面を外して、大御神の前に現れたのだ。


(天照がわしを追求した時……その時が神が天狗に降る瞬間となるじゃろう!)


 彼女の様子を見る限り、秋花が人間であることに気づいたのは間違いない。大御神の立場で秋花を見過ごすような真似は絶対にしないはずだと、僧正坊は腹の中で鷹をくくっていた。


「秋花!」


 百足を斬った後の秋花に烏水が駆け付けた。


「無事か!?」

「ええ。遅くなってしまいすみません」

「他の百足は?」

「恐らく中に入ってきたのは、あれで全部かと。ここに来るまで面を外した状態で御殿内を一周するように走ってきましたので」

「良くやった!」

「中はもう大丈夫かと。それより私はこれから暫く外に出ますので、何かあれば芽々を通じて他の者に言ってください」

「え?! 待て! 秋花!」


 一方的に話を切り上げ、秋花は七を連れ、菫達がいる場所へ急ぎ向かった。


 『思い出の場所』

 場所の指定も、ヒントの出し方もそう。

 四郎は、『秋花一人で来い』と言わなかった。

 それなのにわざわざ自分にだけ分かるように遠回しに伝えたのは、警戒心を持たずに自分から来ることを望んでいるからだろうと推測した。それはきっと、争うつもりがないことの表れであり、底知れぬ彼の本心のような気がした。


 だから、ここで四郎に会ったことも、菫達が攫われたことも烏水に言ってしまえば、きっと四郎の真の目的は暴けない気がする。だから、多くは語らずに外へ飛び出した。

 もちろん、単なる深読みで罠であることも否めない。単純に恵那和がいたからそう伝えただけかもしれない。仮に無事に菫達に会えたとしても、捨て身の愚行だと怒られるに違いない。

 それでも、誤魔化しが得意な四郎が伝えたいことが何なのかを知りたかった。

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