第32話
「どうなっているんだ? ちっとも近づかないじゃないか」
涼悠が言うと、
「お前が思っているより、割と遠い所にあるんだよ。まあ、気を楽にして、。歩いていればいずれは辿り着く」
と
「天界にも川があるんだな?」
涼悠は興味津々で川を覗くと、
「川の中に星が流れている。なんだ? この魚、尾びれが薄絹のようだ」
見るものすべてが目新しく、下界では見た事もない物ばかり。楽しくて夢中になっている涼悠はうっかり川に落ちそうになった。
「危ない」
「ありがとう」
涼悠はにっこりと微笑んだ。
「お前は楽しくないと言ったが、天界って楽しい所じゃないか」
涼悠が白蓮に言うと、曇った表情をして何も言わなかった。それを見て
「彼は
その言葉を聞いて、涼悠は嬉しくなって白蓮の顔を覗き込み、
「お前、そんなに俺のことが好きなんだな」
と揶揄うように言うと、
「好きだ」
白蓮はそう言って、涼悠を抱きしめて頬に口づけをした。
「お前、
涼悠は恥ずかしさで、顔から火を噴きそうなほど熱くなった。
「はははっ。私は構わない。好きなだけ睦み合うがいい」
「お前ら! 俺を揶揄っただろう!」
涼悠がそう言うと、二人は楽しそうに笑った。白蓮が声を出して笑うのを初めて見た。彼もこんな風に笑うんだなと、涼悠は嬉しく思った。
「涼悠、遊ぶのはこれくらいにしよう。先を急ぐ」
そう言って白蓮は涼悠の手を取り優しく握ると、川に架かる橋を渡り、白い宮殿を目指して歩いた。
「ここは下界とは時の流れが違う。
白蓮がそう言うと、涼悠ははっとした。決して忘れていたわけではない。
「そうだ、早くしないと。ほら、急ぐぞ!」
そう言って、涼悠は白蓮の手を引いて足を速めた。その後ろを
それから
「門を開けよ」
と言うと、閂が抜けて門が開いた。
「何用じゃ?」
女の声が尋ねた。三人は入り口で止まり、
「お前に聞きたいことがある」
と涼悠が言った。風に揺れる白い薄絹がふわりと大きく靡くと、奥に人がいるのが見えた。
「話すことなどない」
と女が答えると、
「恵禅尼よ、話してやってはくれまいか?」
と
「
恵禅尼はとても落ち着いた様子で、素直に三人を招き入れた。そこは無駄に広いが何もなく、入り口から奥の玉座まで五丈ほどあり、白地に薄い桃色の模様が描かれた絨毯が敷かれていて、玉座には一人の女がいた。その玉座は細かな彫刻が施された木製の長椅子で、女は足を延ばして
「何でも聞くがいい」
恵禅尼はどうやら機嫌がいいようで、微かに笑みを浮かべている。
「お前、何であんなに怒っていたんだ?」
涼悠の質問には誰もが唖然とした。恵禅尼も少し目を見開いたが、元に戻って、逆に聞き返した。
「なぜ、そのような質問をするのだ? 私はお前の両親を殺したのだぞ」
涼悠にとって恵禅尼は親の仇であり、憎むべき対象のはずだと誰もが思っている。それなのに、涼悠の質問は的を射ない。なぜ、それを知りたいのか。他に聞くべきことがあるのではないか。とそれぞれ思うのだった。
「師匠が言っていた。人には人の役割がある。お前にはお前の役割があって、それはお前の
涼悠は静かに、そして穏やかに言った。両親の死は、涼悠にとって辛い事で、その当時は怒りや憎しみが湧き、感情を抑えられなかった。しかし『
涼悠の言葉を聞いて、理解した恵禅尼は、
「お前がそう言うのなら、それでいい。しかし、お前も酷なことを言う。お前が私に怒りや憎しみの感情をさらけ出して責め立ててくれた方が余程良かった。お前は私を責めもせず、怒りすら見せない。それがかえって自責の念を強くしてしまうではないか」
と自嘲するように薄く笑った。
「自分を責める必要はない。俺はお前の話しを聞きに来たんだ」
涼悠はそう言って、恵禅尼に微笑みかけた。その無邪気さに少し呆れて、少し心の荷が下りたように、彼女はほっと息をついた。
「お前が聞きたい事に答えてやろう。だが長い話しになる」
恵禅尼はそう言うと、パチンッと指を鳴らした。すると、どこから来たのか童女が数人現れ、涼悠たちのために円座と、料理と酒の乗った膳を運んできた。この童女たちはもちろん人ではなく、恵禅尼が法力で動かしているのだ。それにしてもよく出来ていて、それぞれ違った顔で、楽しそうに微笑みを浮かべて、微かに笑い声も聞こえた。
「さあ、
恵禅尼の前の座卓にも酒と料理、果物が置かれ、童女たちは彼女の周りに集まり、小さく笑っている。
「それでは、話して聞かせてやろう」
恵禅尼はそう言って、語り始めた。
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