第2話 正義のヒーロー 身バレのピンチ!②

――あのバーニングカイザー、領家市の中学生が操縦!

  ヒーローを生んだ中学校とは?



「なぁ、カイザー。

 難波先生が言ってたの、ニュースになったじゃん!

 ほら!」


 広すぎるネット空間から真っ先にその記事を見つけた秋葉主人あるとが、休み時間にスマホを煌に見せる。


「もうニュースになったんだ。

 もう一度変身するまでニュースにしないと思ったんだけど」


「街に突然現れたスーパーロボット。

 あのインパクト、みんなすぐには忘れるわけじゃん」


「だよな……」


 煌が息を吐くと、秋葉が動画を再生する。

 セットからして、おそらくこの日の昼に流れたニュースだろう。



――先日、領家駅前に突然現れたスーパーロボット、バーニングカイザー。

  その操縦をしていたのは、なんと中学生でした。


 キャスターの横には、東領家中学校の校舎の上半分と、バーニングカイザーが剣でドラゴンファングを斬り裂く瞬間の画像が並んでいる。

 これだけでもう、全国区だ。


「すげぇ……、アルト。

 マジでニュースになってる」


 煌が普段よりも早い呼吸を続ける中で、次に映ったのは見覚えのある女性だった。

 入学式のとき、新入生に語り掛けるように話していた、校長の永山ながやま光子みつこだ。


「カイザー。

 校長先生がインタビューされてるな」


「だね……。

 俺には取材しないって時点で、先生なんだろうなと思ったけど」


 煌たちが、身近な存在について口にする前で、動画はさらに進んでいく。

 永山校長がカメラに向かって話していた。



――この生徒は、常に誰かの役に立ちたいという想いを持っています。

  その想いが、アルターソウル、つまりもう一つの魂を解き放ったのでしょう。


――アルターソウル、と言うんですか?


――そうです。

  ごく限られた人にしか現れない、もう一つの魂のことです。

  ただ、ヒーローが現れるところ、よくあることなのですが、

  身近なところに邪悪なアルターソウルを持つ人がいるのは間違いありません。

  その邪悪なアルターソウルを破るため、この生徒に期待したいですね。



「まさか、神崎先生……」


 煌は、永山校長の口が閉じるタイミングで、言葉を被せた。


「神崎先生?

 落とした石を、カイザーが拾ったっていう、あの先生?」


「そう。

 あれを持ってるってことは、神崎先生は絶対アルターソウルも持ってるってことなんだ」


「でも、その姿が出てこないじゃん……。

 てか、校長先生がどうしてそこまで知ってるんだ?」


「たしかに……」


 煌と秋葉の会話が止まると、動画ではインタビュワーが昇降口の前に立って、締めに入っていた。



――中学校を舞台に、正義と悪の魂がぶつかるかも知れません。

  なんという、夢のある展開でしょう。

  バーニングカイザーには、正義のヒーローとして頑張ってほしいと思います。



「これ、本当に喜んでいいこと?」


 動画が終わるなり、煌は秋葉に振り向く。


「ウチは喜ぶさ!

 打ち切られたアニメの続きみたいなものが見れるし」


「そういう問題じゃないって……。

 俺、この前バフォメットと戦ったばっかりなのに、神崎先生の魂とも戦わなきゃいけない?」


「そうなるな。

 さっきのニュースで言ってたのが事実なら」


「俺、先生には逆らいたくないよ……。

 カイザーって呼ばれるけど、俺、ただの生徒だしさ。

 だから、その……、身近にいる邪悪が神崎先生だなんて思いたくないんだ」



――先生……、いや神崎明の邪魔にならなければな……。



 煌の頭の中で、アルターソウルを手にした時の、神崎の凍り付いた表情が繰り返されていく。

 秋葉は、煌に「どうだろうね」としか返せなかった。



~~~~~~~~



 その日の放課後。


「明日から仮入部だし、気持ちの整理をつけるか……。

 この先、俺の中学生活がどうなっていくか……」


 一人で校門を抜け、歩道橋を渡る。

 交差点の上で立ち止まると、工場街の先に駅前の高層マンションが連なる、普段と変わらない光景が広がっていた。

 巨大生物が現れているわけではない。

 ただ一つ違うのは、歩道に次々と人が集まって、東領家中学校の校舎を何度も指差していることだった。

 歩道橋の上にも、流れるように人が上がってくる。


「なんだよ……。

 事件でもあったのか?」


 煌は、上がって来る人たちに逆らうように、歩道橋を降りる。

 だが、すれ違いざまに感じた言葉に、煌の足が思うように動かない。



――テレビで映ってたの、やっぱり東領家中だ!


――やっぱり、東領家中にあのロボがいるんだよ!


――近所だから、自慢したいくらい。



 煌は、決して振り向かず、決して答えようとはしなかった。

 雰囲気的に、近所に住んでいる人ばかりだが、ここで正体がバレてしまえば周囲がパニックになりかねない。


 てか、近所に住んでたら、校舎の形でここだとバレるよな。



「すいません。通して下さい」


 歩道に溢れかえった人をかき分け、煌は逃げるように歩き続ける。

 だが、その背後から聞こえた言葉に、いよいよ煌の足がすくみ始める。



――バーニングカイザー、誰だろうね。

  うちの子かしら?


――私だって、一度ヒーローに会いたいな!


――見つけたら、私の専属ボディーガードになって欲しいくらい!



 だああああああ!

 うっせええええええええ!


 声にならない声が、煌の脳内を瞬時に駆け巡る。

 恥ずかしいという言葉で済ませられるレベルじゃない。

 正体を明かせば、もう中学生を続けられない段階にまで達し始めている。


「ヒーローだけど、逃げてぇ……」


 煌は、意図せずその言葉だけ声に出してしまった。

 歩道の通行人が何人か、煌に振り向くような気配がした。



「すいませーん!」



 煌は、後ろから突き刺さった視線を振り切るように走り出し、首を左右に振りながら、隠れる場所を探した。

 ちょうど、工場と工場の間の細い空間に身を隠せるのが見えた。

 そこに身を隠した瞬間、しゃがみ込む。



「はぁ……」


 バーニングカイザー目当てで集まった通行人を振り切った煌は、フェンスの間に身を潜めた。

 しばらく出られそうにない。


「戦わなきゃいけないときだけ、俺はヒーロー。

 そうじゃないときは、中学生でいさせて欲しいよ……。

 正体がバレたら、街を歩けない……」


 工場の白い壁に、煌は言葉を吐き捨てる。

 走って来た道路を行きかうトラックの音で、その意思すらも世界のどこかに消えていく。



『キュルル……』



 煌の耳に、喉を鳴らすような声がかすかに響く。

 その声のするほうに、煌は目を向けた。


「あ……?」


 そこにいたのは、小さな白いメスライオンだ。

 だが、その大きさは煌の腰ほどの高さで、ライオンと呼べないほどに小さかった。


「どうして、こんなところに迷い込んできたんだ……。

 ここは、ライオンが生活できるような場所じゃないよ」



 それでも、ライオンはライオンである。

 煌は、ライオンから一歩後ずさりした。

 すると、ライオンが煌の目をじっと見つめ、小さくうなずいた。


「あれ、襲ってこない……?

 てか、後ろ姿を普通に見たら、メチャクチャかわいい……」


 離れた群れを探し求めたのだろうか。

 ライオンは、工場と工場の間を、煌の前からゆっくりと去っていった。



~~~~~~~~



 結局、煌がその場所を抜け出せたのは、1時間ほど経った頃だった。

 夕方になり、歩道から校舎を映せば逆光になると、歩道の人もさすがに減っていった。

 仮入部期間にも入っていない1年生にしては、遅い下校になってしまった。


「ただいま」


 煌は、何事もなかったかのような声で玄関を開けた。

 するとそこには、母・輝代てるよが腕を組んで待っていた。


「お帰り。

 心配したわよ、キラ」


「ごめん……。

 いろいろと追われてて……」


 さすがに、それ以上は言えなかった。

 だが、パートで働く先が中学と同じ方面の輝代に、その言い訳は通じなかった。


「学校の前、たくさん人が集まってたじゃない。

 その中で、キラが連れ去られたんじゃないかって」


「まぁ、テレビのニュースで紹介されたからね。

 東領家中とは言ってなかったけど、近所の人は分かっちゃうよ。

 校長先生だって、一度は見てるんだし」


 そう言いながら、煌は玄関を上がって、バッグを持って自室に向かおうとした。

 そこに、輝代が煌の腕を掴む。



「ちょっといい?」


「何だよ、母さん」


「一つだけ知りたい。

 バーニングカイザーのアルターソウルを持ってるの、キラ? それとも、別の生徒?」



 逃げても、無駄か……。

 いずれバレるもんな……。


 煌は、首を横に振って、迷う気持ちを遠くへ押しやった。



「俺だよ。

 何日か前に、母さんにはバレたような気がしたけどね」


「キラ……!」


 輝代が、煌をそっと抱きしめた。

 煌の体が、輝代の暖かい腕に吸い込まれていく。


「なんだろう……。

 あのロボットを扱うのが、キラでよかった……。

 キラなら、たぶんちゃんと……、正義を守ってくれそう……!」


「母さんにそう言われたら、今日イチ恥ずかしくなるよ!」


 輝代の喜ぶ顔を、煌はその目にはっきりと焼き付ける。

 バーニングカイザーの正体がバレることへの抵抗が、一つ、消えたように思えた。

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