第2話 正義のヒーロー 身バレのピンチ!①

 バーニングカイザーにソウルアップした後、きらは授業中どころか家に戻っても体の震えが止まらなかった。

 男子トイレの中で秋葉主人あるとにはバレたものの、今のところ拡散はしていないようだが。


「twitterとかYouTubeとか……、そのあたりに乗っかると終わるよな」


 基本ROMロム専の煌は、家に戻ってすぐ、スマホからアプリを開いたところで、手を止めた。

 twitterのタイムラインの下の方に、バーニングカイザーの頭らしき画像が見える。


「やっぱり……」


 煌は、すぐにtwitterアプリを閉じようとした。

 そこに、LINEメッセージが届く音が部屋に鳴り響く。

 煌のいる1年3組のグループラインだ。


「何の連絡だよ……。

 こんなときに……」


 グループをタップ。



――祝! 1年3組からヒーロー誕生!

  あのバーニングカイザー、神門みかどが操縦してるらしい!



「あー……、マジ終わったー!」


 投稿者、秋葉。

 人のいない前で、一気にクラス全体に共有したのだ。


「どうしよう……」


 煌は、スマホを机に置いたまま、背中からベッドに倒れ込んだ。


「これ……、明日クラスメートに顔合わせられないじゃん」


 その間にも、煌が見ていないスマホ画面では、「おめでとう」とか「カッコいい」とか、次々とメッセージが流れていく。

 煌だけが一人取り残された。



~~~~~~~~



「キラ、起きなさい!

 入学早々、二日連続寝坊なんて、できませんからね!」


 多少は希望の持てた朝は、母・輝代てるよの声とともに、あっけなく切り裂かれる。


「分かったよ、母さん……。

 あと5ふ……」


 煌はそう言いながら、スマホに目をやった。

 昨日目が覚めた時間と、ほとんど変わらなかった。


「やべっ、もうこんな時間!」


 輝代がドアを開けるのと、煌が布団を弾き飛ばすのがほぼ同じタイミング。

 輝代の前に布団が落ち、輝代が布団の上に転んだ。


「母さん、ごめん……!」


 煌は、オレンジ色の髪を軽く撫で、輝代に手を伸ばした。

 反射的に、輝代の手も煌に伸びていく。

 がっちりと掴んだ煌の手を頼りに、輝代が立ち上がった。


「キラは失敗しても、すぐに切り替えられるところがいいのよね。

 なんか、昨日駅前に出てきたような、正義のロボットみたいな行動力、もっと伸ばしていきなさい」


「うん……、ありがとう……」



 いま、なんか言ったよな、俺の親。



~~~~~~~~



 煌が学校に着いたのは、ホームルームが始まる5分前。

 教室が近づくにつれて、足取りが重くなるものの、煌はそれを何とか振り切って1年のフロアまで階段を上がった。

 ポケットには、前日から中に入れたままのミラーストーン。



「まだあるか……」



 煌が作った光り輝くサークルは、一夜経っても消えていない。

 前日こそスマホで撮影する生徒が後を絶たなかったこの場所は、1年生の日常に溶け込んでいた。


「このサークルをあるから、俺がバーニングカイザーになれてるの、間違いないんだけど……。

 こんな輝いてたら、目立つよな……」


 煌が、サークルに向かってため息をつく。

 そこに、背中をトンと叩かれた感触。

 振り向くと、そこには赤い髪のイケメン、同じクラスの赤木あかき隼徒はやとが立っていた。

 入学式当日から、チャラ男扱いだ。


「朝からへこんじゃって~!

 ユー、何か嫌なことでもあったんじゃね、カイザー」


「なんでもな……、えっ?」


 反射的に返した煌の言葉が止まった。

 瞬時に、煌の背筋が凍った。



「ハヤト、いま俺のこと何て言った?」


「あ? カイザーって言っただけ。

 最っ高のあだ名じゃん。これから皇帝って言われるんだぜ?

 炎を放つ皇帝さまっ!」


「俺、どう見たってただの中学生だよ。

 変身してなくてそう呼ばれたら、恥ずかしい」



 別のあだ名を考える間もなく、ホームルームのチャイムが鳴る。

 煌は赤木の後ろを付いて、ため息をつきながら教室へと入った。


「おはよう……」


 前日とは全く違うテンションで1年3組の教室に入る煌に、多くのクラスメートが振り返る。

 その目が、ヒーローに対する尊敬の目なのか、瞬時には分からない。


 なるべく目を合わせないように、煌は席に向かう。


「キ~ラ~くん! 大変ね、ヒーローも」


 昨日、真っ先にバーニングカイザーを検索した萌衣めいが、煌の机の前にやって来て顔を近づける。


「そうだ……、ね……。

 こんなことになるとは思わなかったよ……。

 恥ずかしい」


「でも、みんなから注目されるために、ヒーローっていると思うの。

 バーニングカイザー、動画で見たけどメチャクチャ強かったし」


「そうだね……」



 動画でも出回ってるのか……。

 twitterで流れた時点で時間の問題だったけど。



「てか、俺がバーニングカイザーってこと、どこまで広がってるんだろう。

 俺、自分で発信してないから、そんな伝わらないと思うけど……」


「発信したら?

 自分が、バーニングカイザーの中の人ですって。

 そしたらキラくん、もっと応援してもらえると思う!」


「嫌だよ……。

 俺、特にSNSなんてやってないんだし」



 煌は、教室の時計を横目で見る。

 既に、チャイムが鳴ってから3分以上経っているにも関わらず、担任の難波は来ない。



「遅いな、先生……」


「巨大生物が出てきたらから、それでいろいろ話し合ってるんじゃなくて?」


「そうかもね」



 煌が萌衣に言葉を返すと、ようやく難波が教室のドアを開け、慌てた様子で入ってきた。

 「起立、礼、着席」の号令が終わるとともに、難波は「全員いるな」と言いながら、煌と目を合わせた。


「えっ……?」


 煌が固まる中で、難波はゆっくりと煌から目を反らし、教室全体に告げる。



「昨日、領家の街が巨大生物に襲われました。

 でも、人類のピンチがあるところに、必ずヒーローが現れるものです!

 昨日このクラスで、ヒーローになると言って、その通り有言実行してくれた生徒がいます!

 神門くん、前へ」


「俺……?」



 どこからか湧き上がった「カイザー!」の声が、次第に大きくなる。

 手拍子に合わせて、クラス全体で「カイザー!」コール。


「恥ず……」


 煌は、前に出るしかなかった。

 煌が難波の横に立つと、手拍子が止まり、難波がクラスに語り掛ける。



「神門くんは変身すると、正義のヒーロー、バーニングカイザー。

 このことは、もうみんな分かってますね」


 クラス全体で「はーい!」と答える。

 傍から見れば不気味にも思える、この一体感。


「で、先生は思いました。

 神門くんは、名前からしてバーニングカイザーを背負う運命を持った生徒じゃないかと。

 まず『みかど』という文字は、普通、こう書きますね」


 国語の教科担任でもある難波は、ホームルームなのに、突然国語の授業のようなしゃべり方を始める。

 黒板にきれいな字で、大きく「帝」という文字を書いた。


「そして、神門くんの下の名前、『煌』は火へんに、皇室の皇と書きます。

 苗字と名前をひっくり返すと、火・皇・帝です。

 神門くんが、名前からもバーニングカイザーの魂を持っていたと気付いたとき、先生はすごく感動しました!」



 うわ、親に名付けられた時点でバーニングカイザーになる運命だったのか……。

 なんで、漢字だけでもバーニングカイザーになってるんだよ。



「というわけで、神門くん。

 街の平和は、君にかかっています。

 世界のピンチを救う中学生として、誇りを持って生きてください!」


「分かりました……!」


 煌の力強い返事とともに、クラスから拍手が沸き起こった。

 煌は、照れながらオレンジ色の髪を撫で、難波に促されるように自分の席に戻る。


「さて、ちょっと今日先生が遅かったのは、そのバーニングカイザーのことで、テレビ局から取材の申し込みがあったからです」


「それ、マ?」


 秋葉が、秒で難波に食らいつく。

 時間差で、クラス全体がざわつき始める。


「テレビで紹介されるんだ!」


「マジすげぇ!」



「皆さん、落ち着いてください。

 学校は、生徒一人ひとり、もちろん神門くんも含め、全員のことを考えなければなりません。

 取材したらどうなるか、そこも見なければいけません。

 学校名を明かしたことで、この学校にバーニングカイザーがいると分かったら、学校そのものが敵に狙われるかも知れません」


 煌の周囲からも、その言葉で表情が曇る生徒が出始める。

 その不安を受け止めるような声で、難波が言葉を続ける。



「だからこそ、中学と生徒の名前を明かさないという前提でテレビ局の取材許可を出しました。

 そして、授業中の取材はお断りしましたので、神門くんのインタビューもありません。

 ただ、学校は取材の対象になりますので、もしテレビ局のクルーに声を掛けられても、絶対に東領家中学校の名前を出さないようにしてください。いいですね」



 クラス全体に「はい!」の声が響く。

 煌だけやや遅れてそう告げると、隣から秋葉が声を掛けた。


「カイザー、入学4日目で有名人じゃん!

 ロボットになれるだけでも羨ましいのに、ここまで有名になるなんてさ」


「ま……、まぁね……。

 マスコミに流れて、どうなるかは俺にだって分からないよ」


 煌は、秋葉に返すと体を震わせ始めた。

 見ず知らずの人からも知られる存在になることは、煌には当然、経験がなかった。

 このとき既に、煌には嫌な予感しかしなかった。

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