暦応3年(1340年)

最終話 三男の元服と6本の矢、そして高麗との海上戦の対馬沖海戦

 さて、時は流れて年が明けて暦応3年(1340年)になり、難波宮もだいぶ賑わってきた。


 江口や神崎から流れてきた遊女が多く集まる地域もあり、治安維持の名目で遊郭屋は新町遊廓と呼ばれる場所へとまとめることとなった。


 日本各地の津や湊は開放され、街道も整備され、お互いが自由に行き交い交易が盛んになった。


 船の技術の発達により蝦夷地のアイヌや琉球、中国に逗留しているアラビアのペルシャ商人や東南アジア、インド地域にも交易の手は伸びることになり、香辛料や砂糖、綿なども全国的に流通するようになったぜ。


 そして農業も合鴨を用いた農作の方法がだんだんと広まり、稲の収穫高が上がるとともに合鴨を食べることで飢餓に苦しむものも少なくなったはずだ。


 さて、三男の虎夜刀丸も北畠顕家が烏帽子親となって無事元服した。


 そして長男や次男の時と同じく今回の式もどこの貴族だと言うような盛大な式になったのはもちろん言うまでもない、北畠顕家もまあ満足そうだ。


 北畠顕家が勤める烏帽子親により烏帽子をつけた虎夜刀丸は俺の名から正の字を北畠顕家より顕の字をもらい正顕と名乗ることになった。


 まあ、これもいい名前なんじゃないかな。


 さて、元服が済んだら出仕のための科挙を受けることになる。


「兄達が主席で大変だと思うが、まあ力まずにいけ」


「はい、わかっております」


 まあ、こいつも兄達と同じく英才教育を施された身だ。


 きっと主席を取ってくるのだろうと思ったが正顕は次席だった。


「申し訳ありません……。

 父上や兄上の名を汚してしまいました」


「いやいや、次席なら十分だろ」


 ちなみに主席を取ったのは北畠顕能きたばたけあきよし、北畠顕家の弟だ。


 嫌がらせかと思わないでもないが、相手も相当努力したんだろうな。


 めぐり合わせが悪かったと思うしかなかろう。


 さてさて、科挙で次席となった俺の息子だが、三男ということもあり上二人ほど婚約を結ぼうという勢いはなかった。


 これも北畠顕能に人気をかっさらわれたといえる。


「お前さんの兄達にも聞いたがお前さんが結婚したい相手が

 いるなら俺はその意志を尊重するがどうだ?」


「であれば……」


 と息子が名を挙げたのはやはり乳母子で一緒に育ってきた南江正忠より遣わされた南江家の乳母子の娘だった。


 上二人の兄弟の妻に比べれば地味だがそもそも河内の俺の行動を最大限に補助してくれたのは南江正忠で俺にとっての最大の恩人でも在る。


「ああ、いいんじゃないか。

 南江正忠もいままで苦労して俺を支えてくれたからな。

 きっと喜ぶだろう」


「ではそうしていただけますでしょうか」


 俺は南江正忠に事情を伝えると彼は喜んで受け入れてくれた。


「はは、多聞丸が小さい頃より貢献してきたかいが有ったというものだ」


 うれしそうに笑っていう南江正忠。


「ああ、あなたが居なければいまの俺はなかったと思う。

 ほんとうに感謝だ」


 俺も彼に笑い返して南江正忠の娘が正房に嫁入することが決まった。


 やはり輿を連ねての嫁入り道中が行われ、祝言を上げて式三献、初献、雑煮が出たあと、祝言が終了すると、いよいよ床入となって翌日は色直しの衣裳に着替え、俺と対面することになる。


 まあ、今回は俺も顔見知りなのだが。


「お義父様、お義母様、不束者ですがこれからもよろしくお願いいたします」


「ああ、こちらこそ息子をよろしく頼むぞ」


「ええ、こちらこそよろしくお願いしますわ」


 こうして俺の家族にさらに一人新たな人間が加わったわけだ。


 俺は小さな頃に住んでいた玉櫛荘の家を再建させ、正顕たち夫婦はそちらに移り住んだ。


 因みに息子の北の方は北畠顕家の娘になった。


 これも政略結婚だが南江正忠とは家格が違う以上正妻は譲らざるを得なかった。


 西の方としては佐々木道誉の娘を、東の方としては南江正忠の娘を娶ることになった。


 東北と近江方面の実力者とも縁を結んでおくためだが、政治的理由での政略結婚で望むものを正妻にできなかったのは正直すまないと思う、だが俺の立場ではどうにもならんのだ。


 しばらくして、九州鎮守府より中央朝廷へ重大な連絡が入った。


「なに?高麗が戦艦100艘をもって対馬に侵攻しようとしているだと?」


「は、対馬の漁師よりの報告であります。

 まずは間違いはないかと」


 今上帝は少し考えた後俺に指示を下した。


「正成よ、そなたに高麗の水軍の迎撃を命じる。

 早々に水軍を率いて対馬に向かうが良い」


 俺は跪いてその勅命を受けた。


「は、かしこまりてございます。

 直ちに向かい侵攻を食い止めてみせましょう」


 今上帝は満足そうに頷いた。


「うむ、任せたぞ」


 こうして俺は水軍を率いて高麗の水軍の迎撃に当たることになった。


 朝廷ではこのときに備えて俺が作った艦載砲を搭載した軍船を建造していた。


 その数はおよそ30隻、それに加えて旧来的な大型和船が30隻。


 この船団には名和長年の遺児である名和長生や名和義高、大内弘直や厚東武実、河野通盛、土井通増・得能通綱・忽那重清・祝安親といった瀬戸内にて水軍を率いていた連中も同行している。


 5隻を一つの戦隊として、6つずつに分けたものにそれぞれが提督として乗船している。


 船の数では負けているが装備ではこちらが勝っているはずだ。


 艦隊は堺を出港して、博多の湊で補給を受けた後、対馬へ向けて北上している。


 このまま行けばそのうちに敵船団にぶつかるだろう。


 やがて敵船団が見えてきた


「さあ皆いくぞ、日本の興廃はこの一戦にありだ。

 皆奮闘せよ」


「おおー!」


「総員、戦闘配置につけ!砲撃準備開始!」


「はっ、砲撃準備開始!」


 確実に命令が伝わるように手旗信号で命令が伝えられていく。


 こちらが接近しているのに気づいた敵船団がこちらへと向かってきた。


「敵船砲撃範囲に入りました!」


「よし、敵船に照準を合わせろ!」


 砲手たちが火薬、おくり、砲弾、おくりをつめ、砲身を砲手が長年の訓練で得たカンで角度を調整する。


「砲撃準備完了しました!」


「よし、全艦、砲撃を開始せよ、撃て!」


 一隻12門の艦砲が轟音をあげ火と黒煙を吐き出し、鉄の砲弾が敵船へと飛来した。


 その反動で船が大きく揺れ、黒煙で視界が悪くなる。


 煙がはれた時、高麗の船団の何隻かが砲弾の命中により大きな損傷を受けているのが見えた。


「敵船、2隻の撃沈を確認!」


 しかし、敵船はまだ突っ込んでくる。


「総員、銃撃戦及び白兵戦準備!」


 相手側に艦載砲はないらしいが、それゆえに向こうは白兵戦を仕掛けてくるのは間違いない。


 そしてこちらへ突っ込んでくる船から炎をまとった木製の大きな矢のようなものが放たれた。


 銃筒チョントンを用いた皮翎木箭ピリョンモクチョンだ。


「ちっ、火箭か、奴らも火薬を手に入れてたとは」


 新造軍船はローマン・コンクリートを塗ってあるから大丈夫だが、旧式な和船には火矢対策が施されていない。


 また帆に火が付けばやばいのは間違いがない。


 性能的にはこちらの艦載砲や火縄銃のほうが勝ってるとは思うが、あまりあなどれないな。


「敵がこちらに接舷する前に火縄銃で弾をぶち込め!」


「はっ」


 舷側で火縄銃を構え敵の接舷攻撃前に少しでも数を減らしておくしかない。


 火縄銃の有効射程に入ってきた敵に鉛玉を受け取ってもらおう。


「敵、射程に入りました」


「まだだ、もう少しひきつけて……撃て!」


 火縄銃の火蓋が切られると、引き金が引かれ銃は鉛玉を次々に吐き出した。


 ”ぐわ!”


 敵の甲板上の兵士たちがパタパタ倒れてゆく。


「総員白兵戦用意!来るぞ」


 敵船が接舷して、剣や刀、槍を持って熬る兵士が切り込んできた。


 こちらも刀や薙鎌などで応戦し撃退する。


 やがて乗り込んできたものたちは一掃され、敵船が逃げようとする。


「よし、全艦反転、右舷砲撃戦用意!」


「はっ、砲撃準備開始!」


「砲撃準備完了しました!」


「よし、全艦、砲撃を開始せよ、撃て!」


 ふたたび一隻12門の艦砲が轟音をあげ火と黒煙を吐き出し、鉄の砲弾が敵船へと飛来した。


 その反動で船が大きく揺れ、黒煙で視界が悪くなる。


 そして、煙がはれた後には敵船が砲弾の直撃を受けて沈んでゆく様子が見えた。


 結果として対馬沖の海戦では我々が勝利した。


 しかし、無傷というわけにはいかなかった。


 旧式船のうち5隻が火箭による攻撃で燃え失われた。


 しかし、敵側の船も10隻ほどは沈んだはずだ。


「やれやれ、なんとか勝ったか」


 燃えた船から逃げ出した者たちを拾い上げた後、対馬で一息ついてから俺たちは堺に戻った。


「なんとか高麗船団を撃退いたしました」


「うむ、大儀であった」


「とは言え撃退しただけなのでまたやってくるでしょうな。

 しかも、こちらよりは原始的とは言えあちらも火器を使ってきました。

 厄介なことになるかもしれません」


「そうか、では対策を急いで進めてくれ」


「は、承知いたしました」


 追い払っただけとは言え勝利は勝利として参加したものは褒賞を受け取った。


「うむむ、我らも水軍を操れるようにならねばならぬな」


 新田義貞が悔しそうに言った。


「まあ、これからも高麗との戦いは続くだろうから

 そうしてくれると助かるぜ」


 この戦いがきっかけで、全国的に水軍への志願者が増えた。


 俺達の高麗との本格的な戦いはこれからだな。


 そして息子がすべて元服したのを機会に俺は家督を子どもたちに譲ろうと考えた。


 俺は息子三人と弟の正季、正家、正氏を赤坂村に呼んだ。


「皆よく集まってくれた、そろそろ俺も年だし隠居して

 正護へ家督を譲ろうと思っている」


 集まった皆が顔を見合わせているが俺は構わずに続けた。


「今の楠家が在るのは今上陛下と先帝がおられたからこそである。

 故にお前たちはその恩を忘れずに今後も一致団結して

 皇家に仕えていってもらいたい」


 俺は、1人1本ずつの矢を渡した。


「皆矢を折ってみよ」


 それぞれは不思議そうにしながらも矢を折ってみせた。


「では正護、矢を6本重ねて折ってみよ」


「は、しかし、其れは無理では」


 正護が実際に折ってみようとしたが折れなかった。


 俺は其れを見ていった。


「うむ、一本の矢であればたやすく折れるが

 6本であれば容易には折れぬ。

 同じくそれぞれがバラバラでは容易に敵に討たれようが

 まとまれば容易に討たれることはない。

 唐の時代よりも昔の大陸にいた吐谷渾阿豺とよくこんあさいと言うものは同じようなことを親族にやらせてみせたそうだ。

 そして元の開祖チンギスハンも同じことを言ったそうだ。

 我ら楠木は源氏のように身内で相争うことなく、皆が心を一にして力を尽くして社稷を堅固にし楠家と朝廷を守っていくのだ。

 良いな」


 皆は俺に平伏していった。


「は、必ずや末代までこの教えに従う事を誓います」


「ああ、これで俺も安心して隠居できるな」


 俺がそう言うと皆が顔を上げていい笑顔で笑った。


 そしてまず正護が言った。


「何をおっしゃいます、父上はまだまだお若い。

 隠居などというのは早すぎますぞ」


 次に正季が言った。


「だいたい、我々に仕事をおしつけて自分だけ楽をなさろうと

 いたすのはいかなるものでしょうか、兄上」


「え、俺隠居しちゃダメなの?」


 トドメとばかりに正房が入った


「はい、当然です。

 だいたい帝もお許しにならないでしょう」


 俺はため息を付いた後皆に言った。


「そうか……まあ、もう少し頑張るわ。

 お前たちに平和な世を残せれば

 俺は十分と思っていたのだがなぁ」


 まあ、仕方ない、もう少し頑張るとしようか。


 だが、俺たちの日本での戦いは終わり、このあと日本国内は長きに渡り平和な時代を過ごすこととなったんだ。


 願わくば平和が少しでも長く続くように願おう。

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