3日目②:家電の旅と初めての喧嘩
午後から俺はりんどうに家電の使い方を教えていた
「とりあえず、そのリモコンの、赤いボタンを押してみて」
「はい。わ、てれび、でしたっけ?映りました!」
初めて見るものばかりで、あふれ出る好奇心を彼女は抱きながらテレビを再びじっと見つめた
「現代は凄いですね・・・「ちゃんねる」というものを変えるだけで、この箱の中で色々なものが見られるなんて。しかも、箱の方もこんなに薄々・・・昔はでかくて重くて画質が悪くて白黒だったのに・・・」
「他にもあるぞ。例えば、テレビの下のこれ」
「これは何でしょう」
「番組を録画するもの。レコーダーだ」
「で、では・・・今、この番組も「れこおだあ」で録画、できるのですか?」
「ああ。例えばこの番組」
「こ、これは・・・!」
チャンネルを変えた先は、お料理番組
りんどうが好きそうな番組の方が、例としてよさそうだったからだ
「・・・はんばあぐ、とは。牛肉を細かく切って、小判状にして焼き上げたもの。洋食というのですか・・・これは未知のお料理です」
テレビ全体が見えるほどの近い位置で彼女はその料理番組の釘付けになる
今朝の体操番組以上の興味があるようで、目がきらきらしている
やはり日本産まれ?日本育ち?だし、彼女は和食しか知らないのかもしれない
洋食は言う通り、未知なお料理なのだろう
しかし、これは教育上よろしくない
いや、そもそも教育とかするような関係ではないけれども・・・とりあえず
「とりあえず、もう少し離れてみようね・・・」
「わー・・・」
テレビとゼロ距離になっていた彼女の胴体を持って、テレビから距離をとらせる
そこそこの距離を保って、二人揃って正座してからお料理番組を見続ける
「部屋を明るくして、テレビから離れてみてください。りんどう」
「むー・・・わかりました。で、夏彦さんはこの、はんばあぐが食べたいのですか?」
「君の作るハンバーグは気になるけど、とりあえず、このリモコンの録画ボタンを押します」
彼女の目の前で録画ボタンを押す
「・・・これで、何を?」
「番組を見終わってから話すよ」
作り方に興味があるようだし、詳しいことは番組の後で
見やすいようにソファーに二人して座って、ハンバーグが作られていく様子を見る
「牛肉があるなら作ってみたいのですが・・・今夜、どうですか?」
「いや・・・買いにいかないと牛肉はないね。夕方に買い出しに行こうか?」
「いえ。まだ家に色々とあるので先に消化してしまいましょう。今日は豆腐とひじきの和え物と、後はマグロの刺身でどうでしょう。今朝の釣りたてです」
マグロを釣れる付喪神とは?鮭の他にもマグロまで釣ってきたのか
しかも・・・あれ、彼女自身が釣ってきたなら、まだそのままのマグロなのか?
まさか家で捌く気なのか・・・?
「り、りんどうに任せるよ」
「では、それと他に残り物で色々作りますね」
彼女は笑顔でそう答える
まるでそれが当たり前と言わんばかりの表情だ。うん、何も聞かないでおこう
「しかし、牛肉はどこに買いに行けばいいのでしょう」
「スーパーとか、精肉店とかに売ってるよ」
「まあ。既に捌いてあるのですか?農家さんに交渉して牛を購入し、いかに捌くか考えていたのですが・・・」
「・・・今の時代、既に肉になって売られてるよ」
捌くところから考えている、トンデモ付喪神に頭を抱えつつ、俺は番組を黙ってみていた
しばらくするとエンディングが流れ始めて、番組にくぎ付けになっていたりんどうが一息吐いた
「終わってしまいましたね・・・」
「りんどうは、ハンバーグの作り方全部覚えた?」
「いいえ。全然です。材料を混ぜるところまでしか・・・詳しい所は全然」
「さっき、録画をしておいたんだ。だからね」
リモコンを操作して、録画した先程の料理番組を再生する
「おお!これが録画!先程のハンバーグの作り方が何度でも見れるのですね!」
「そうだね。他にも気に入った番組があれば録画しておくけど・・・」
「で、では!この番組を!次の回?を録画しておいておください!」
「わかった。録画予約しておくね」
番組を探して、彼女の注文通り録画予約をしておく
おお、この番組毎日あるのか・・・これは、彼女の料理のレパートリーが増えそうだ
他にも彼女が見そうな料理番組がある。それも録画しておこう
海外の料理番組か・・・確か、この番組、覚がとんでもなく面白がっていた、ダイナミックなお菓子作りをするお料理教室番組だったような・・・まあいい。録画しておこう
「凄いですね!家電!」
「他にもあるよ。これとか」
丸い円盤状のものをりんどうの前に出す
仕事が忙しくて、掃除がまともにできない我が家の掃除番だ
仲良くしてくれたらいいのだが・・・
「・・・この丸いのは?」
「お掃除ロボット」
「・・・これが、お掃除を?」
怪訝そうな顔でお掃除ロボットを覗き込む
「まあ見ててよ」
説明するより見てもらった方がいいだろう
俺はお掃除ロボットを床の上に置いて、電源を入れる
すると、お掃除ロボットはゆっくりと部屋を掃除し始めた
「・・・これで、掃除ができてるのですか?」
「できてます。そんなこんなものがって、疑いの眼差しで見ないの」
「・・・埃、取れてませんよ。掃除舐めてるんです?」
「舐めてません」
「・・・隅の掃除が甘いです!ああ、物の後ろをしないとは!怠けていますね!」
ロボットの後ろを付けて、掃除の杜撰さを指摘する姿はまるで面倒くさい上司のそれ
その姿に、東里の姿を重ねてしまい、それを振り払うために頭を勢いよく振った
「夏彦さん!こんな奴に任せていては、埃がほこほこ積もってしまいます!」
「ほこほこ・・・」
「雑巾と箒を!私が見本というものを見せて差し上げます!」
「ないよ」
「ええ。そうですか!え、ないんです?」
「ないよ・・・全部それに任せていたし」
「な、んてこと・・・」
衝撃すぎて、彼女はその場に座り込んでしまう
「そこまでショックだった?」
「ええ。衝撃的過ぎて意識が飛びそうでした」
「・・・今度、買いに行こうか?」
「はい!お外用と、廊下用と、畳用と・・・」
「せめて二つにしなさい」
流石に外と内は分けた方がいいだろうけど、畳と廊下を分ける必要はないだろう
・・・どれも、同じではないか?
「なにおう。夏彦さん、お掃除舐めてますね?こんなものに頼ってる時点で舐め舐めのなめってると思いますけど!」
「舐めてません。箒一本しか買わないよ」
「そんなの横暴です!抗議します!ご飯の量減らします!」
互いに睨みあいながら、互いの主張を口に出す
それが俺と彼女の初めての喧嘩。三日目にして早速喧嘩してしまうが・・・
まあ、黙って内心を打ち明けないよりははるかにマシだ
喧嘩というのは、互いの主張を理解するうえでは最適な手段だと俺は思っている
だから、ここはきちんと彼女になぜ箒がそれぞれ必要なのか問わなければならない
理解できるまで話し合うことが大事なのだ
・・・まあ、先にそうしていたら彼女を怒らせることもなかったのだが
「・・・わかった。ではりんどう。なぜ箒がたくさんいるのかな?」
「お外用とお家用は分けなければ汚いですよね。それに、箒にも色々と種類があるのです。穂先が長いもの、短いもの。硬いもの、柔らかいもの・・・不適切なものを使えば、例えば板が傷ついたり・・・畳が毛羽だったりします」
りんどうはゆっくりと俺に理由を伝えてくれる
怒りを抑えて、冷静に。彼女の言葉を聞くだけで、彼女の掃除への情熱を俺は少しずつ感じていた
「そんなことを起こさないためにも、最適なものに替えるべきなのです。だから・・・」
「・・・わかった。ごめんね、理由も聞かずに二つにしろだなんて」
「私こそ、機嫌を悪くして失礼な事を沢山・・・ごめんなさい」
話しているうちに彼女の中の怒りも収まったのだろう。俺たちは互いに頭を下げて謝る
「今度、りんどうが欲しい箒を買いに行こう。俺じゃわからないから、君も一緒にね」
「ありがとうございます、夏彦さん」
「こちらこそ。うちの事考えてくれてありがとうね」
初めての喧嘩は短かったけど、これで終幕
少しだけ、りんどうという少女の事も知れたと思う
そして彼女もまた・・・
「・・・話をちゃんと聞いてくれる人なんだ。彼となら、上手くやっていけそう」
それから俺たちは、他にも家電の使い方を一通り教えるために家中を回る
洗濯機に、湯沸かし器に、ポットに・・・目覚ましに、俺がつけている通信端末まで
ここで生活するのなら、彼女の為に端末を一つ契約してもいいかもしれない
うちには固定電話がないから、もし帰ってくるのが遅くなる際、彼女へ連絡ができないから
きちんと連絡がつくようにしておくべきだろう
彼女にとって暮らしやすい環境も整えなければならないなと考えつつ、他の家電も紹介する
しかし、どんなものより彼女が驚いたのは・・・
「炊飯器!これが炊飯器なのですね!現代のご飯炊き!機能沢山!」
「ああ。今晩はこれで炊いてみよう。気にいるといいのだけれど」
「現代は簡単にご飯が炊けるのですね・・・。楽しみにしています!」
やはり彼女の関心は、台所周辺の方が強い
本当に家事が好きなのだろう。洗濯機にも凄く興味を持っていたし
・・・入りそうになったのは、流石にどうかと思ったけど
「次はこれ。これは?」
「IHコンロだよ。さっき説明した電気の力で、火を使わずに、料理ができる釜戸でいいのかな。朝、使わなかった?」
「・・・これ、火を使わないのですか?」
「君は一体どんな風に朝食を作ったのかな・・・?」
台所のIHコンロに再び衝撃を受けていた。火を使わなくても料理ができると驚いていた
「自前の炎で・・・」
「炎出せるんだ・・・」
急にドラゴンっぽい所を垣間見て、改めて付喪神でありドラゴンなんだなと感じる
人とは違う、別の生き物。生きてきた年数も段違いだろう。俺の年齢に桁を一つ足したと言われても驚かない
しかし、どこか彼女は人のようで・・・放っておけないのはなぜだろうか
三日目は穏やかに通り過ぎる
夕飯は炊飯器でご飯を炊いた
彼女もお気に召すほかほか感だったようで、炊飯器は彼女にとって一番のお気に入り家電になった
その様子が可愛らしく思いながら、俺は一つ溜息をついた
覚から不穏なメッセージが端末に届いていたから
「・・・明日は、出勤かな」
予定を変えなければ、少し厄介なことになりそうだ
明日の事を考えるたびに、気が重くなる
それでも、明日は不条理にもやってきてしまう
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