2日目②:思い出す過去と帰路の途中

これから三時間の間バスに揺られる

山間部は細道、そして緩やかなカーブだらけ


行きは音楽を聴き続けて退屈を紛らわせていたが、今は彼女がいる

流石に彼女を放置して音楽を聴く・・・なんて真似はできないだろう

端末を操作して、まだ起動していた音楽アプリを終了させる


この端末には高校時代の先輩の一人の弟さんが作ったらしい曲しか入っていない

どうやら、どこかのゲームに使われているらしい

しかし残念ながら俺はゲームの類は苦手で、その曲が実際に使われているゲームは、金策手段でもやったことはない


プレイリストに表示されている「九重ここのえ」から、連想できる人の事を思い出す

あの学校に似つかなかった、とても優しいあの人の事を


「・・・一馬かずま先輩、元気かな」


最近、また入院してしまったらしいが、家庭環境も落ち着いて、ストレスでぶっ倒れたわけではないらしい

純粋に、喘息で入院したとか。幼少期かららしいが、どれだけ酷いんだろう喘息・・・


「一馬さんとは、どちら様なのでしょうか?」

「一馬先輩は、九重一馬ここのえかずま先輩。俺の高校時代の先輩で、あの高校には似つかないほどに、優秀で、人間性が出来上がった人」


「夏彦さんの高校時代?どんな感じだったのですか?」

「出身は沼田高校、略して沼高ドブコー。ひらがなで名前さえ書いておけば、どれだけ素行不良でも入試合格できるレベルの高校だよ」

「・・・え」

「昔、少しやんちゃしててね」


「やんちゃ・・・とは」

「・・・昔、荒れてたとか、不良でしたとか言った方がわかりやすい?」

「そうなのですか?・・・少し、意外でした」

「そうかな?」

「ええ。あの、夏彦さん、廊下をバイクで走って、釘バットで校舎すべてのガラスを割ったりしました?」


典型的な不良のイメージを持ち出されて若干困惑するが、流石にそんなことはしたことはない

そんな、いかにも不良なことはできなかった


「いいや。校舎中の窓に、喧嘩売ってきた奴を干したことはあるけど、流石にガラスは割ったことはないよ」

「それも大概では?」


りんどうの、無感情の目が若かりし頃の俺の過去を傷つける

・・・うん。不良時代はある意味黒歴史だし、自分から話したわけだから・・・自業自得だけど、心の傷は意外と深めだ

もう少し真っ当に生きておけばよかった

誰に話しても、恥に感じない、そんな過去を持てるような生き方をしておけば・・・

じいちゃんとも、普通の祖父と孫として関われたのだろうか


「他には何をしてました?」

「これ以上は・・・」

「わかりました。これ以上は聞きません」

「助かるよ・・・」

「しかし、荒れていた夏彦さんと、その九重さんという方はどういう接点なのですか?正直、正反対という言葉がぴったりかと思うのですが・・・」

「俺が、弟に似てたんだと。それが、俺が一馬先輩に面倒見られるようになったキッカケ」


りんどうの前ではプライバシー的な問題もあるだろうから、話さないけれど・・・


深参ふかみは好きな事で一番になれる。双馬そうまは何やらせても一番になれる。一方、僕は何をやっても平均。同じ三つ子なのに理不尽だよね・・・』

『だからかな。双馬は何でもできるからこそ、何でも自分で抱えちゃうんだ。そして一人で静かに擦り切れているんだ。そこが、君とよく似ている気がしてね』

『・・・僕は血の繋がった弟相手に何もできずにいたんだ。彼が限界を迎える間まで、何もしてあげられなかった。気づくこともできなかった』

『今度こそ、って思って君に声をかけたんだよ。どうしても放っておけなくてね』


こういうのは「罪滅ぼし」というのだろうか、と彼は言った

彼にできなかったことを、似ている俺で果たすのはおかしいことだと思っている

しかし、また何もしないわけにもいかなかった

一馬先輩はそう言って、後輩である俺の面倒を見てくれた

実の兄のように、家族のように

血を吐きながら毎日、俺が当時一人暮らしをしていたアパートまで押しかけ、学校に引っ張っていった

大学進学してもそれは変わらず。俺が就職するまで毎日それは続いたのを懐かしく思う


それを面白がって見ていたのが枯葉野郎こと一葉拓実かずはたくみ

枯葉のように枯れ切った人生観を持つ彼もまた、一馬先輩に確保されて面倒見られた挙句更生させられた人間

彼のいる場所ではまともな人間のように振る舞った枯葉野郎

しかし残念ながら裏では俺の喧嘩相手。なんという道化っぷりであるか。むしろ軽蔑さえ覚えた

そんな彼の相手をしていた俺自身にもだけれども


・・・そんな彼が本格的に変わったのは高校三年生の時

夏の初めに、拓実先輩に恨みを持っていた連中が、彼の双子の兄を監禁し、暴行した事件があった

学校も何もかも違ったのに、彼らはお兄さんを一葉拓実と思い込んで暴行を加え続けた

結果、脊髄を損傷したお兄さんは一生車椅子生活を余儀なくされたという惨たらしい事件

その日から彼は変わった

・・・不良という存在と関わらなくなったのだ


その為、まだ更生しきっていなかった俺は彼のその後は人伝でしか聞いていない

一馬先輩の話だと今は小学校で教師として教鞭を振るっているそうだ

予想の斜め上だったが、まあ、上手くやっているようで安心はした

あの人の事は苦手だが嫌いではないから・・・ちゃんと生きていてくれて嬉しいのだ


「思い出したら会いたくなってきた。久々に連絡を取るのも悪くないかも」


今ならきっと、一馬先輩だけじゃない

あの枯葉野郎とも・・・きちんと話すことができるかもしれないから


「いい考えだと思います」

「うん。その時は家の事任せていいのかな?」

「はい!料理に洗濯にお掃除に!何でもお任せください!」

「・・・そこまで任せていいものなのかな」

「ええ。夏彦さんの健康を守るためですので。当然でしょう?」


自信満々に胸を張る彼女

しかし、たとえ彼女が付喪神であっても、その姿は少女なのだ


「その考えはおかしい」

「え」

「君だって、一人の女の子なんだ。家事をしてくれるのはありがたいけど、働くのが楽しいってどうなの?他にはないの?やりたいこととか」

「え、私・・・付喪神なんですけど。夏彦さんの健康が一番嬉しい事象なので、働くのは辛くないというか、付喪神としての義務なのですが」

「鏡見る?君は女の子。付喪神でも俺にはそうとしか見えない」

「は、はあ・・・?」

「その扱いが嫌なら、人に見えない姿になってもらわないと」

「そ、そんな無茶な・・・」


彼女の困惑が伝わってくる

何を言っているんだと言わんばかりに目を見開いて、不思議そうに俺を見る

俺も、自分でも思っている以上に言葉がすらすら出てきて驚いているが、俺の口はまだ閉じることはない


「やりたいこと、してみたいこと、何だって言っていい。俺は家事の代価に君がやりたいことの支援をする」

「なん、で・・・・」

「何かをしてもらったら何かを返す。当然じゃないか」

「そう、ですか・・・では、やりたいことができたら夏彦さんに相談しても?」

「うん。そうしてくれると嬉しい」

「そう、ですか・・・ありがとうございます。できたらすぐに相談しますね、夏彦さん!」


さっきとは一転して、嬉しそうに頬を緩ませるりんどう

それがとても可愛らしくて、無意識に手を彼女の頭に置いてしまう

今日はとても撫でやすい。邪魔なアレがないからだろうか


「・・・そういえば、角は?」

「今まで気が付いていなかったんですか!?そんなもの生やしてたら花籠の店でツッコまれてますよ!?」

「熱いツッコミをありがとう。で、どう隠したの?」

「付喪神パワーで、隠しています」

「なるほど」


彼女の撫でやすくなった頭を撫でる

ああ、ふわふわでこちらが癒される。なぜ頭を撫でたらこんなに心が和やかになるのだろう

そういう成分を頭から出しているのだろうか


「あ、あっさりな反応ありがとうございます。しかし、こう・・・鈍感なところとか、あっさり信じるところとかむしろ不安を覚えるのですが・・・!」

「周囲からも言われるけれど、そうだな・・・難しいこと、深く考えたくなくて」

「要するに面倒くさいと」

「ああ」

「・・・しかし私にとってはわりと都合がいいのが憎らしい」


彼女の声は、バスのドアが開く音と重なって俺には聞き取れなかった

その音と共に、別の乗客が乗ってくる

少しずつ、都会に近づいている証拠かもしれない


「他のお客さんが来るから、これから話すのはなし。迷惑になるからね」

「はい。夏彦さん」

「降りるときは教えるから」

「はい。お願いします」

「・・・料金は子供料金でいいのかな?」

「一応、私はこれでもじゅうろ・・・えふん。これでも立派な大人なので!大人料金でお願いします・・・!」

「了解。お金用意しておくね」

「ありがとうございます」


バスでの帰路はまだまだ続く

このバスの後で、乗り換えがいくつかあるからだ


「ねえ君、小学生でしょう?子供料金でいいよ」

「なにおう!私は大人ですよ!だから大人料金を払うのです!」


最初の乗り換えの時に運転手さんからそう言われ、不服そうに料金箱へお金を投入していたりんどうを宥めた後、合間に昼食を摂る

それから、再びバスの移動に戻り・・・それを繰り返して、俺たちは自宅へ到着した


家に辿り着いたのは、夜七時

その日は適当にスーパーの総菜で済ませ、晩御飯は俺にとって「通常通り」になっていた

彼女曰く、栄養バランスも何もないですし!味付けきついですし!と酷評の総菜

カップ麺に至っては「・・・私が手打ちしたうどんの方がおいしい」とのこと

うどんの手打ちできるのか付喪神よ・・・


夕飯にひたすらキレた彼女が全てにおいて本気を出すのは、次の日の朝の事

俺はとんでもない付喪神のご主人様になってしまったことを、改めて痛感することになるのだ

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