第51話 あたしが次期聖女と呼ばれていた頃 9



「チャー、ルズ……」

「グレイス様……」


 チャールズの髪や服は酷く乱れ、目つきも鋭く殺気立って荒々しい。

 彼はあたしの服の状態と胸元を見て途端に真っ青になり、自分の上着を脱いであたしにかけた。


「申し訳ございません!! 俺は、俺は二度までも貴方を……!!」


 泣きそうな、悔しそうな表情で俯いた後、彼は立ち上がり、転がる男たちを拘束し始めた。


「チャールズ!! ラビ!!!」


 ギルバートが神殿の中に駆け込む。彼もチャールズと同じくらいボロボロの姿で、あたしを見て心底ほっとしたように表情を緩め、駆け寄った。


「すまないラビ!! 俺がもっと早く気づいていれば……!!」

「ギルバート……」


 大袈裟ですねえ、別にどこも痛くないし大丈夫ですよ、と笑うと、彼は泣きそうな顔であたしを抱き締めた。


 ああ、温かい。


 そっと目を閉じて彼の体を抱き締めると、自分でも驚くほど安心するのを感じた。


「ふふっ、大丈夫ですよ、本当に。だから泣かないで、坊ちゃん」

「泣いては、ない……」

「助けてくれてありがとうございます」


 ギルバートは悔しそうに顔を上げ、黙々と手際よく男たちを拘束するチャールズへ視線を向けた。


「あいつどうなってるんだ。武器もないのにどうやってあいつらを気絶させた? 自分よりデカイ男が二人だぞ」

「あたしも知らなかったですけど、何か学んでるんでしょうねえ、多分」

「……クソ、狩猟も剣術もあんなにやってきたのに……」


 悔しそうな顔は酷く子どもっぽい。それが何だか愛らしい。

 自分がまだたった16歳だってことを、ギルは忘れている。その年齢にしては、彼は十分過ぎるくらい大人びているのに。



「次は、俺がちゃんと守る。どんな奴からもお前を守ってみせる」



 黄金色の瞳は、真っ直ぐあたしを映してそう宣言した。


 ああ、くすぐったい。あたしには勿体ない言葉だ。

 でも、何だか今は、それをもっと聞いていたい気もする。あたしはコツン、と彼の胸に額を当て、「良い気分ですねえ」と笑った。



「私に気安く触らないで!!!」



 その時、シャーロットのキャンキャン声が響いた。

 見れば、男たちを拘束し終えたチャールズが、シャーロットの手に縄をかけるところだった。


「あんた、この私に何てことを……!! 離して!! ちょっと!! 離しなさい!! これは命令――――――」

「お前がまさかこんなに愚かな人間だとは思わなかった」

「ッ……」


 チャールズの剣幕に、シャーロットは言葉を詰まらせる。


「俺はお前を一生許さない。如何なる理由があろうとも、お前はやってはいけない一線を越えてしまったんだ」

「わ、私は、ただ――――」

「言い訳なら裁判所でやれ。声も聞きたくない」


 容赦なく縄を巻かれ突き放されて、シャーロットはとうとう言葉を失った。

 顔面蒼白の放心状態で、彼女は連行されていった。



――――――――

――――――――――――――



 部屋に戻ったあたしは、ギルバートから事の詳細を聞いた。


「侍女の一人がシャーロットに手を貸したんだ。金をチラつかされてな。お前の食事に遅効性の薬を仕込んだと供述した。それでお前が眠っている間に、二人組とシャーロットがお前の部屋に侵入した」


 チャールズはその時の足跡からシャーロットの犯行と断定。

 即座に彼女の客室に乗り込み、そこで睡眠薬の余りを発見。侯爵と男爵にも知らせ、侍女が口を割り、大勢の手で捜索が行われ、怪しい男二人組を見たという証言も得られ、そしてあたしを発見するに至った。


「悔しいが、ここにいると目星をつけたのはあいつだ」

「一体どうやって? こんな場所あたしも知りませんよ」

「シャーロットは、お前が聖女であることに不満たらたらだったらしい。もしかしたら彼女なら、その力を自分に移させようと考えているのではないか、と。ならどこか神殿に連れ去った可能性があるが、普通の神殿じゃ人の目があって難しい」

「それで……。大当たりですね」

「ああ」

「あの男達は? よくあんなの雇ってられましたね」

「あれはお前と知り合ったうちに街で見繕って雇ったらしい。ただのごろつきだ。まさか侯爵を相手取ることになるとは思ってなかったんだろうな」


 あたしと知り合ったうちに、か……。じゃ、聖女云々がなくてもあたしに痛い目は遭わせてやろうと思ったってことだ。怖い怖い。そこまでやるか普通。


 着替えて医者に体を診て貰って、どこにも異常がないとわかってからも、ギルバートは不安そうな表情のままだし、過保護ってくらいあたしの傍を離れない。


 チャールズと侯爵は、男爵と共に警備隊に事情を説明し、シャーロットとあの二人組を牢屋にぶち込んだ。今は諸々の手続きやら何やらで慌ただしくしているようだ。



「……ねえギルバート。お願いしたいことがあるんですけど」

「何だ? ……何か嫌な予感がするんだが」

「ふふ、わかります? ねえお願いします。こんなこと頼めるのはギルだけなんで」


 そう言ってパチッとウインクすると、「お前は……」と彼は仕方なさそうに微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る