第6話

 部屋の窓の向こうを、白くて大きな鳥が横切った。

 異世界ものの話を読むと、月が二つだったり、空の色が違っていたりするみたいだけど、この世界の月も太陽もひとつだし、季節もある。空や海の色は、たまに違うこともあるけれど、今は青だ。


 季節も四つじゃなくて九季だったりする。一年もそれに沿って九ヶ月だし、うるう年ならぬうるう週がある。

 他に違うとしたら、星座くらいだろうか。詳しくはないけれど、オリオン座の三つ星らしいのはあるから、星自体は同じかもしれない。


 つらつらと、そんなことを考えながら、僕は時間が経って、すっかり冷めてしまったカプツェを飲み干した。

 皇子はあれで律儀なやつで、滅多に僕との用事をすっぽかしたことはない。


 むしろ異世界にいる間は、睡眠時間と執務時間以外は、僕とずっといるんじゃないだろうか。たまに僕も仕事に着いてこいって言われるから、執務する彼の横で、本を読んでたりする。

 邪魔じゃないかと思うんだけど、異世界人の面倒を見る必要があるのだそうだ。特に僕はよく召喚されるから、仕方ないから直々に面倒を見てやると言われている。


 迷惑かけてると恐縮なんだけど、おつきの人たちやセオドアさんから、僕が隣にいたら張り切るから、ずっといてくれてもいいとか言われたことがある。

 別に僕の方が見張ってるわけじゃないんだけど。


 僕のいない時の皇子を知らないから、張り切り度合いはわからない。いつも通り僕以外には笑顔だし、僕には不機嫌そうなのは解るけど。


「アオイ様に良いところを見せたいんですよ」


 ギャビーはそう言うんだけど、皇子ってばもしかして僕に張り合ってるんだろうか。まさか。

 むぅ。

 仮にそうなら僕に拘らず、他にも友達作ればいいのに。

 前にそれとなく伝えたら、「そなた以外はいらん」と返事が来た。妥協しすぎだと思う。


 僕らは住む世界も違うし、ずっといられるわけでもないのにさ。

 ずっといるわけじゃないから、僕がいなくなったら、独りになるじゃないか。


 ……あれ? 僕の方は元の世界に戻っても、殆ど時間は変わらないけれど、こっちの世界って、僕が戻ってくるまで、どれくらいのブランクがあるんだろう。


 こてり。首を傾けてみるけれど、計算は苦手だ。まぁ、別に僕が気にすることでもないか。

 お茶を淹れてと言ったからには、皇子は冷める前には戻ってくるつもりだったはず。


 にも関わらず、戻ってこないのだから、なにか急な用事ができたのだろう。ならまだ当分、戻らないに違いない。

 淹れておけ、なんて言うから、せっかく淹れてあげたのに。ぶー。


 扉を開けて辺りを見渡す。よし、誰もいないな。

 さすがにさっきの今のことだ。まだ安西たちは城内にいるはず。


 ――別に会いに行ってもいいよね? むしろ、なんで僕だけ最初に離されたのか。まぁ、調べなくてもチートなしだと判ってるせいだろうけど。省かれる無駄の僕。悲しみ。

 この九十九回の巻き込まれ召喚の中では、まったくの知らない人もいたけど、知り合いや友達だっていた。


 特に最初の召喚で一緒に喚ばれた田中は、十回くらい勇者やってたんじゃないかな。

 もちろん田中は、毎回戻ったら異世界のことは忘れるんだけど、なぜかこっちの世界に再召喚されると記憶は戻るらしい。久しぶりだなと、いつもあっさり受け入れていた。滅茶苦茶順応力が高い。

 皇子とウマが合うのか、よくつるんでたし。


 どっちかというと、皇子の方からの声かけの方が多かったかも。

 特に僕と話をしていたら、必ず割って入って来るんだよね。田中はヤキモチだなんて言ってたけど、別に二人の仲を邪魔したりなんてしないのに。


 僕はチートもなく弱っちいし、田中は強いからだろう。性格も明るいし、誰からも好かれるタイプだから当然だ。

 僕もチートがあれば、皇子とも対等になれるんだろうか。田中みたいに。


「はぁ……」


 ため息しか出ない。

 僕はなんでここに召喚されちゃうんだろう。

 ギャビーに聞いたら打率――じゃなかった、召喚率九割らしいから、運がないとしか思えない。

 せめて僕じゃなくて、田中なら良かったのに。



「本田!」


 確かいつも、異世界人が集められる広間があったはず。

 そう思ってやって来たのは、元僕の部屋があった、城門に近い宮殿のひとつ。五つある宮殿のうち、主に行政を司る緑の宮だ。

 ここで働く行政官の行き交う緑の宮殿の門をこっそり潜り、見つけた部屋の扉を、これまたこっそり目に開くと、中にいた安西が気づいてくれた。


「いつの間にかいなくなっていたから、心配したよ」


 人が五十人くらい集まれそうな広間の中央に立っていた安西は、僕を見てホッとした表情を浮かべた。


「ごめんね、他のみんなは?」


「本田くん!? 良かった。無事だったのね」


 安西の隣に立っていた、セミロングの髪の美女が僕を見て破顔した。


「青山さんも来てたんだ?」


「うん、世界を救ってくれって……私武器なんて持ったことないんだけどなぁ」


 青山さんは、同じ大学のサークルメンバーだ。男ばかりと思っていたけど、彼女も召喚されていたらしい。

 ハキハキした口調のサッパリしたタイプで、学内でも人気の美人。去年のミスコン一位だった。

 そして、僕の憧れの人だったりする。


「俺もゲームでやるくらいだな」


 くしゃり。安西は自分の髪に手を入れて掻き回した。さっきは落ち着いてると思ったけど、そんなわけないよね。困惑して当然だ。

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