第3話
「そうだなぁ、前に行ったお祭り楽しかったし、下町探索に食べ歩きも美味しかったね」
さすがに十年もここに来てるんだ、皇都の観光名所は大体行ったし、大抵の名物も食べ尽くしてる。そうだ、前に皇子つきで特別許可をもらって行った、近くの森へキャンプとかいいかも。前に穴場スポット教えてもらったし。
「あ、そいやマリーちゃんは元気かな?」
マリーちゃんは、皇都の下町にある、黒猪亭という宿屋兼食堂兼酒場の看板娘で、可愛いモモンガの獣人だ。クリクリした黒い瞳がとっても可愛い。物知りで、近隣のお出かけ観光スポットをよく教えてくれる。
町に行ったら大体はそこで食べてるから、常連みたいなものだ。
「あぁ、先日行ったが元気だった」
「へぇ、いいなぁ」
名物シチューの味を思い浮かべながら答えると、皇子は僕をちらりと見た。
「今度結婚するそうだ」
「えぇっ!?」
「相手は別種のモモンガらしい。めでたいな」
なんでもないことのように言うと、カプツェのカップに口をつける皇子。確かにめでたいけどさぁ。
「なんだ、まさか気になってでもいたのか?」
きゅぅと、皇子の形のいい眉が寄ったので、慌てて両手を振る。
「いや、そういうんじゃないけど」
別に彼女に恋してたとかじゃないんだけど、よく知ってる人にいつの間にか恋人ができてたり、結婚するとかって、結構衝撃受けたりするよね。最近友達に恋人紹介された時もそうだったし。
「前の召喚の時、今度夜景のスポットに連れて行ってくれるって、言ってたからさ」
でも、さすがに旦那さんができたら無理だよね。
「なに?」
「皇都の最近の隠れ人気スポットだって。すごいロマンチックな場所らしくて……皇子、どうかしたの?」
黙り込んだ皇子に、首を捻る。
「……明日までに夜景の素晴らしい場所をピックアップしておく」
「え?」
「解った、今夜だな」
「えぇっ!? えっと、そんな急でなくてもいいけど、皇子は夜景見たいの?」
僕と違っていつでも見れると思うんだけど。
「別に見たいわけではないが」
「なら、いいよ」
「そなた、見たいのではないのか?」
「皇子はさほどでもなさそうだし」
「別に……、そなたが行きたいなら、連れて行くにやぶさかではない」
むっつりと、不満げに口を引き結んで、そんなことを言われてもなぁ。
「うーん、行ってみたいとは思うけど。最近人気の百合乙女の丘だと、夜店も出てたりするらしいし。ランプが道沿いを照らしていて、恋人同士のデートスポットでもあるんだって。リンゴ飴を一緒に食べながら、手を繋いで丘に登ると幸せになれるとか、いかにもロマンチックだよね。でも皇子の好みに合わないなら、無理しないでいいよ」
恋人云々というより、ちょっと面白そうだなと思っただけだし。
リンゴ飴とかいかにも乙女チックだ。リンゴと言っても僕らの世界のリンゴに似た果実で、桃のように甘い匂いがする。飴をかけたら更に甘い。
恋人とのキスの味って、マリーちゃんは言っていた。さすがデートスポット。
とはいえ異世界人が城下に行くには許可が必要で、どうしても誰かと一緒ってことになる。僕の場合は皇子が担当してくれている。
もちろん手を繋ぐはないけど、硬派だろう皇子と二人ってのは合わなさそうだ。せっかくなら一緒に楽しみたいから、他の場所がいいかな。
しかしマリーちゃんからの情報を伝えると、皇子はボソリと言った。
「急に見たくなった」
「へ?」
「百合乙女の丘だな」
「え、うん。でも無理しなくても」
「いや、ぜひ行こう」
うんうんと、頷きながら、カプツェを飲む皇子。もしかして僕、ゴリ押ししちゃっただろうか。なんだか申し訳ない気持ちになる。
あんまり皇子に無理言うと、皇子の従者のセオドアさんが、冷たい視線を投げて来るんだよね。
そこで僕はふと気づいた。
「あれ、そういえば、今日はセオドアさんはいないんだね」
いつもべったりくっついてるのに、珍しい。
なにげなく、僕がそう言った途端、皇子のカップの持ち手がポキリと音を立てた。あぁっ、カップ本体にもヒビがっ!!
「おっ、皇子! 大丈夫!?」
ぽたぽたとこぼれ落ちる液体が、彼の膝と床を濡らしていくのを見て、僕は慌てて立ち上がって皇子のそばへと寄った。
「そなた、俺といるのに、なぜセオドアを気にする?」
「えっ? セオドアさん?」
いかにもお高そうな白いズボンに広がる染みに、熱くないのかとヒヤヒヤする僕なのだけど、皇子はまったく意に介する気はないらしい。
僕は立ち上がると、テーブルの上の白いナプキンを手に取って、皇子に手渡そうとそばに寄った。
「だってセオドアさん、いつも皇子のそばにいるだろ」
いつもニコイチ、ワンセットなのに、いないと珍しいから気になるのは当たり前と思うんだけど。
「俺のことは慇懃に『皇子』なのに、セオドアは名前呼びか」
うわ、なんかめんどくさいこと言い始めたよこの人。
「いいか、セオドアの名を呼ぶな。そして俺のことはりっ、リューとでも呼ぶがいい」
「えぇ~、……っり、りゅーさまっ?」
ギロリと睨まれて、勝手に言葉が出る。
「様はいらん」
「えぇ……?」
そう言われてもなぁ。
もう十年も皇子呼びだったし、今更な感じがする。
ナプキンを差し出したものの、受け取ってくれない。視線はずっと僕を見ていて離れないから、仕方なく彼の手を取ったのだけど、途端にビクッと震えが伝わってきた。
なぜか固まっている皇子をよそに、手を確認する。白くて長い指先まで優美だけど、剣を持つからかゴツゴツ固くて、僕より大きい。皇子が微動だにしないのをいいことに、思わず手を重ねてじっくり見てしまった。
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