第144話 同人誌を売ろう②


「そりゃイケメンは好きだよ。でも同じくらい可愛い女の子も好きなの。あとね、これが一番大きい理由なんだけど、好きだからこそ描けないこともあるんだよ」


「どゆこと?」


 秋名の言葉の意味が分からず、俺は首を傾げる。

 

「自分の実力では理想を描き切れないんだよね。わからない?」


「わからない」


 それはクリエイターにしか分からない感情なのかもしれない。創作活動未経験な俺からすれば好きなものを描けばいいじゃんとしか思えないから。


「まあ、私の変なこだわりってことだよ」


 そう言った秋名は、まるでなにかを諦めたようにどこか遠い目をしていて。

 けれど、口元にはわずかな笑みが浮かんでいて楽しそうにも見える。彼女の感情が読めなかった。

 

 そんなことを話していると、遠くの方から柚木がこちらへ向かってくるのを見つけた。


 あれは、柚木……だよな?

 

 そろり、そろり、とまるで城に侵入する忍者のような歩き方をツッコむべきなんだろうけど、それよりも衝撃的な光景がそこにあった。


 柚木は俺に見られたことに気づき、恥ずかしそうに顔を覆った。そして意を決したようにこちらへやってくる。


「……なにそれ」


「……」


「コスプレ」


 俺の疑問にだんまりの柚木の代わりに秋名が答える。


 柚木はオレンジを基調とした白いラインの入ったチアガールのような衣装を着ていた。

 腰回りに生地はなく、おへそがちらりどころかドドンと見えていらっしゃる。


 ひらひら揺れるスカートの下には黒のスパッツを穿いている。

 セパレート衣装なので上半身と下半身以外は基本的に肌が露出している。上の服もノースリーブなのでなおのことだ。


 それだけでなく、シルバーアッシュのカツラを被っているので一瞬だと柚木とは思えない。

 よく見るとカラコンを入れているのか瞳の色も違う。


 俺はよくこの女の子を柚木くるみだと判断できたものだと、我ながら感心してしまった。


「コスプレ?」


「そ。『アイドリンク!』の月瀬アリスちゃんのコスプレ」


「ああ」


 なんか見たことあるなと思ったら、さっき同人誌をぺらぺらめくったときにちらっと見たキャラだったのか。


「なんでコスプレ?」


「くるみにはこのコスで売り子をしてもらうから」


「コスプレをする理由を訊いてるんだけど」


「ほんとは陽菜乃も一緒にコスプレしてもらうつもりだったんだけどね。残念ながら体調崩しやがったから」


「無視かよ」

 

 もし陽菜乃が今日この場にいたら柚木と同じようなコスプレをさせられていたのか。

 彼女はそれを了承していたのだろうか?

 いや、これは着ようとしないだろうな。


 そして、そんな日向坂陽菜乃の思考を理解していない秋名梓ではない。


 つまり。


 今日、この場で言うつもりだったな。

 グイグイ押せば多分折れるだろうから。


 ……恐ろしいな、秋名。


「一人はさすがに恥ずかしいんだけどね」


「志摩、やっとく? 一応、陽菜乃用の衣装はあるんだけど」


「入らないだろ」


「入ればするのか?」


「しない」


 男のチアガール衣装なんて誰が見たいんだよ。そんなやつがいたとしたら、よほどのもの好きか。


 あるいは極度の変態だ。

 


 *



 最初のうちは秋名が手本を見せるように店番をしていたが、自分の目当てのものを買いに行きたいということで旅立ってしまった。


 残されたのは俺と柚木。


 柚木のコスプレがいい感じだからなのか、それとも秋名の作品の評価が高いのか、そこそこお客さんが立ち寄ってくれる。


 客対応は柚木に任せて、俺はお釣りやらなんやらを担当する。


 並んでるのは男性ばかりで、柚木にでれでれしてるのでこれはやっぱり柚木目的かもしれないな。


 まあ、可愛いのは確かだし。


 それからしばらくの間、そういう時間が続いた。さすがというかなんというか、柚木は並んでいた列をしっかり対応していく。


 少しは面倒になったり、疲れたりしそうなものなのに、最初から最後まで笑顔を絶やさずホスピタリティの精神を忘れることはなかった。


 ようやく列がなくなった頃には、秋名が準備していた同人誌は残り数冊程度にまで減っていた。


「……これは晩飯くらいじゃ割に合わないな」


「あはは、まあ」


 柚木はなんともいえない笑顔を浮かべる。これだけの仕事をさせられたにも関わらず見返りを求めないとか天使かな?


「楽しかったし」


「コスプレはもう恥ずかしくないのか?」


「うん。さすがにずっと着てたら慣れちゃった。似合ってますね、とか可愛いですね、とか言われると悪い気はしないし」


 それでも若干の恥ずかしさがこもったように頬を赤く染める柚木だったが、その表情に曇りはない。


 いい子だな、と思う。


 みんなが彼女のことを好きだと言う理由がなんとなく分かる。というか、世の中に柚木くるみのことを嫌いだと言う人間はいないだろう。


 老若男女。


 誰もがきっと、彼女に心惹かれるのだ。


 柚木の笑顔には、それだけの魅力がある。


 と、俺は改めて思わされた。

 

「どうしたの? なんか、じっと見られてるような気がするんだけど?」


 考え事をしている間、どうやらぼーっと柚木のことを見てしまっていたらしい。


 柚木はもじもじと肩を揺らしながら顔を背ける。頬を赤くして、ちらちらと俺の様子を見てくる。


 考えていたことを正直に話すわけにもいかないので、俺は言葉を詰まらせてしまった。


「いや、なんでも」


「なんでもないのに、隆之くんは人のことをじっと見るの?」


 柚木は訝しむようにこちらを睨む。

 

「……いや、まあ」


「なんであたしのことを見てたのかな?」


 不安げに。


 瞳を揺らしながら。


 今度はじいっと見つめてくる。


 そんな目を向けられると、変なことは言えないし適当なことを吐くことも阻まれる。


「……柚木はいいやつだなって考えてただけだよ」


 いろいろ端折ってそれだけを言う。

 間違っていないし嘘でもない。心からの言葉であることも確かだ。


 けど、それを言葉にするのは照れくさくて、俺は頭を掻きながら視線を逸らした。


 すると、柚木は一拍置いてからゆっくりと、躊躇うように口を開く。

 

「……それってどういう意味で?」

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