第123話 エンジョイSUMMER⑨
昼前になり、さすがにお腹が空いてきたということで、女子に留守番を任せて俺と樋渡は買い出しに向かっていた。
海の家は中で食べることもできるが、テイクアウトも可能らしい。
焼きそばやカレーライス、フランクフルトと様々なものが売っているそうだ。
「志摩はなに食べたい?」
「焼きそばかな。こういうとこで食べる焼きそばは不思議と美味しく感じる気がする」
「分かる。祭りとかと一緒だよな。雰囲気は二番目に大事な調味料だぜ」
「一番は?」
「空腹」
「ああね」
と、雑談を交わしながら向かっていたときだ。
「あれ、優作?」
と、後ろから樋渡の名前が呼ばれる。
陽菜乃は樋渡くんだし、秋名は樋渡だし、柚木は優作くんと呼ぶので、本日のメンバーで彼を優作と呼ぶやつはいない。
はてさて、一体誰なんだろうと後ろを振り返る。
金髪ロング。
バッチリ決まったお化粧。
引き締まったボディラインをアピールするようなビキニ。
俺はこの人を知っている。
二年生になってから見かけることはなかったけど、去年俺に構ってくれた数少ないクラスメイトだ。
「なんだ、麻美らも来てたのか」
野中麻美。
一年のときに同じクラスだったギャル子さんだ。基本的に誰に対しても壁はなく友達は多い。
陽菜乃や秋名とも仲が良かったし、雨野さんとはマブダチのレベル。樋渡ともクラスメイトだし面識はあったのだろう。
いや、下の名前で呼ぶのだからそこそこ仲が良かったのかな。
「まあね」
野中さんと一緒にいるのは俺の知らない顔二人。類は友を呼ぶという言葉があるように、ギャルの友達はやはりギャル。
つまりマブダチであるはずの雨野さんがいないのだ。
「どした?」
俺がキョロキョロしていることに気づいた野中さんが怪訝な顔で訊いてくる。
「いや、雨野さんはいないんだなって」
「ああ。今日は一組の集まりだからね」
なるほどね、と俺は頷く。
クラスの集まりならいなくて当然か。
「てことは他にも来てんのか?」
「うん。男子と女子、合わせて十人ちょっとくらいかな。クラスの半分くらいは参加してるよ」
「そうなんだ。一組ってことは平野とかも来てんのかな。あとで顔見に行くか」
「あんたらは男二人で海?」
「んなわけないだろ。女子もいるよ」
ふうん、と意味深に言いながら野中さんは俺の方を見た。そして、なにがおかしいのか、ふへっと笑う。
「陽菜乃や梓か」
「正解」
「なぜ俺を見た?」
「あんたの女子の友達がそれくらいしか思いつかなかった」
俺が悔しい思いをしていると、野中さんの後ろにいたギャル友が「行かなくていいの?」と野中さんに声をかける。
「あ、そうだった。おつかいの途中だったんだ」
「あ、僕らもだ」
まさかの遭遇にお互いすっかり目的を忘れてしまっていた。それを思い出したところでお開きとなる。
野中さん御一行と別れた俺たちは海の家で焼きそばを人数分購入してみんなのところへ戻った。
「遅かったじゃん」
戻ったところ、秋名が不貞腐れたように唇を尖らせていた。
「一組のやつらとたまたま会ってさ。クラスで来てるらしいぜ」
それぞれの前に焼きそばを置きながら樋渡が言うと、秋名たちは「へえー」と驚いたような声を漏らした。
「たまたま日が被るなんてすごいね」
柚木も一組に友達がいるのか、「あとで見に行こっかなー」と言っている。
そんな話題を続けながら、各々焼きそばを食べ始める。
至って普通の、どこにでもあるソース味の焼きそば。キャベツと豚肉が入っていて、紅生姜が添えられたオーソドックス焼きそばなのに、やはり通常より美味しく感じる。
外で食べるというシチュエーションがそうさせるのだろう。
お昼ご飯を食べ終えたところで、樋渡と柚木は一組の連中を探しに旅立ってしまい、俺と陽菜乃と秋名が残された。
「私もちょっと散歩してこようかな」
おもむろに立ち上がった秋名がそんなことを言う。
「ひとりで行くのか?」
「食後の散歩は私のルーティンワークなのさ」
「してるとこ見たことないよ?」
格好つけて言った秋名に陽菜乃が冷静なツッコミを入れた。確かに俺も見たことないな。
「ちょっとそういう気分なのさ。そういうわけだから、志摩は陽菜乃についててあげなよ。こんなかわいい子が一人でいたらナンパの格好の餌食だしね」
「それを言ったらお前も一人だろ」
容姿だけで考えれば、秋名だって十分にレベルは高いと思う。一人でいたら普通に声かけられそうだけど。
秋名は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするが、すぐにいつもの調子に戻る。
「なんだよ、志摩にしてはお世辞が過ぎるじゃん」
「……ナンパ野郎は初見ではお前の中身までは見透かせないからな」
からかわれたので、俺はひねくれた言葉を返すことにした。その返事に満足したのか、秋名はニッと笑う。
「じゃあ大丈夫だよ。一言話せば中身が伝わるだろうからね。とにかくあとはよろしくー」
ばいちゃ、と手を振りながら秋名は行ってしまう。
まあ、ああいう性格だし、ナンパされてものらりくらりと切り抜けてしまうんだろうけど。
そんなわけで、俺と陽菜乃が二人取り残されてしまう。
「えっと、二人きりになっちゃったね?」
あはは、と笑いながら、けれどもどこか弾んだような声色で陽菜乃が言ってくる。
「そうだな。どうしようか」
そもそも海に来る機会が全然なかったので、海の楽しみ方というものが分からないでいた。
なんとなくみんなとはしゃいでいたから楽しかったけど、なにかをするかと提案するには俺の知識は乏しすぎる。
そんなわけで陽菜乃に尋ねてみることにしたのだけど、すると彼女はにこりと笑って俺の足に手を置いた。
突然触れられたことで俺はどきりと驚き、彼女の方を見る。
「な、なに?」
「二人きりだし、さっき言ったお願い、きいてもらおうかな?」
白い歯を見せながら、この海に似つかわしい太陽のような笑顔で陽菜乃はそんなことを言ってきた。
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