第29話 異変
俺の手のなかで、懐中時計の針の動きがピタリと止まる。
それも、長針と短針がピタリと重なりあうようにだ。
そして不思議なことに、普通の時計では止まらないはずの、1時の文字の上。寸分ずれることなく、二つの針が重なりあっている。
なぜかそれを見て、これから起こる異変を懐中時計が教えてくれているかのように、俺には感じられた。
そしてその感覚がまるで正解だったかのように、ダンジョンに異変が起こる。
最初に感じたのは、地鳴りだ。そして襲いかかってくる足元の激しい揺れ。
「地震?」「きゃぁっ」
俺は倒れそうになった早川をとっさに支える。
「まずいぞ。ダンジョンの『存在進化』だ。引き離される。みな、俺につか──ブハッ」
タロマロが叫んでいる途中で、ふと、その姿が消える。足元から飛び出してきた床材がタロマロの腹部に直撃。その体が高く吹き飛ばされていく。
そのまま、ダンジョンの構造が急速に組み変わっていく。先程まで床だったものが次の瞬間には、斜めの壁になる。
とっさに俺は早川をお姫様だっこすると、斜めの壁を滑り落ちていった。
◆◇
滑落が止まる。
「ここはどこだ? 早川? 早川っ?」
俺は腕の中の早川に声をかける。返事がない。意識を失っているようだ。いくら声をかけても目覚める気配がない。
「呼吸は、ある。滑り落ちている間には、どこもぶつけていないはずだが……」
そこで、俺は周囲の空気がどこか重く、呼吸が少し苦しく感じることに気がつく。
「もしかして、この空気のせいか?」
俺は今何をすべきか、必死に頭を巡らせる。
──遭難時の基本は動かないことだが、ここはダンジョンだ。助けは、来ない。であるなら、動くしかない。
俺はそっと早川を下ろすと、早川の持ってきた荷物を漁る。そこから取り出した小ぶりのブルーシートで早川の体を包む。
手頃な布がない。仕方なくハンカチを早川の口と鼻が隠れるように巻き付けて縛る。
カメラをバックバックパックにしまい。懐中時計は一度蓋を開けて確認する。
──針の位置は変わっていないか。やはり異変を伝えてくれたのかな。
俺は懐中時計を再びツナギのポケットへ入れる。
最後に、ピンクのバールは床へ。
そして、気合いを入れる。
「よいしょ」
ブルーシートに包んだ早川の体を片方の肩に担ぐようにして持ち上げる。
──意外と、なんとかなるな。これで片手は使えるか。
空いた片手にピンクのバールを持つと、俺は壁沿いにそって歩きだした。
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