第47話 二人目の仲間、ネフェッタさん。


 「んー! んん、んんん〜〜」

 

 トビラが勢い良く開かれて、パンを咥えた娘さんが現れる。何か言いながら僕をまっすぐ見てくる。そのタイミングで手紙の入ったペンダントを奥さんに返され、娘さんが咥えたパンを丸呑みにした。

 

 「逃げよう国外に! 一緒に行きたいでしょ!?」

 「はい?」

 

 話が見えない。ついてけない。

 

 「ママー、ちょっと借りてくねー。お留守番任せるからー。勇者してきます。それじゃあね!」

 「あ、ちょっ、いきなり!」

 「イイからイイから。ほらいくよー」

 

 強引に手を引かれ、階段を仕方なく駆け降りる。最後に見えたネフェリさんは窓辺をじっと眺めていた。さながら、城に囚われたお姫様のように虚ろげな顔で──。

 

 

 ☆

 

 

 ~パン工房~

 

 「うわ……」

 

 一階に戻ってまず僕が見たのは、襲撃を退けてヘトヘトに座り込むユーシャと、モップで店中の返り血を掃除する元気な旦那さんの姿だった。ネフェッタさんに話を聞くと、ならず者たちは裏口のゴミ捨て場に捨ててきたとか。さっきの爆発音は爆発ではなく、いっぺんに投げ捨てた時の音だというのが分かった。なんというか、たくまし過ぎる親子だな……。

 

 「ヨイショっと」

 「それは?」

 

 ネフェッタさんが大きな袋を担ぎ出したので聞いてみた。

 

 「パン!」

 

 案の定。というか、パンと剣だけ持って家を出る気か。

 

 「パパー、ママのことお願いね」

 「途中で投げ帰ってきたら怒るすの」

 「そんなことしない。美味しいパンに誓って!」

 

 ネフェッタさんがクロワッサンを咥えながら笑顔でサムズアップする。

 ようやく話が見えてきた。彼女は僕たちが国外に逃げるのを手伝ってくれるらしい。けど、どう考えても彼女にとってリスクでしかない話を素直に頷くことが出来ない自分がいる。

 

 「娘さん、僕たちと居るとかなり危険です。止めなくていいんですか?」

 

 僕たちと関わり続けることは命を狙われることに等しい。それを容認するのは娘さんを死地に送り出すようなもの。味方は一人でも多くいて欲しいが、何かあった時の責任は取れない。だから確認しておく必要があった。

 

 「大丈夫すの。至らぬ点があれば構わず切り捨ててください」

 

 その意思はログネー地方伝統のログネパンより堅かった。あの歯が欠けるやつ。でも僕も下がる訳にはいかない。

 

 「確かに娘さんは強いですよ!? でもどんなヤツが命を狙いにくるか分からないしそれに僕らが娘さんをおとりに逃げる可能性だってある訳じゃないですか! 大事な娘さんを他所にやるっていう観点からもここは一度苦心して拒んでも、なお折れない娘さんを思い悩み抜いて答えを出してからでも遅くは」

 「はいはい。じゃあ行ってきまーす!」

 

 ネフェッタさんに無理やり外に連れてかれる。

 

 「親子揃ってきかん坊だなぁ!?」

 「あまり迷惑をかけないすのー!」

 「はーい!」

 

 新たな仲間に調子を狂わされながら、僕たち三人は北の国境へと向かった。なかなか気持ちを切り替えられない僕を、ユーシャだけは慰めてくれた。

 

 

 ☆

 

 

 ~城下街~

 

 「ケッ。じいさん、さっさと逃げな!」

 

 大きな岩に押し潰された露店の中から、おじいさんが荒くれ者たちの手によって救出された。外に投げ出された拍子に腰を打ち付けたおじいさんは、お礼も言えず苦しそうに悶えていた。

 

 「いてて……」

 「グズが」

 

 そんなおじいさんにあろうことか荒くれ者が舌打ちをする。仲間たちが露店から大量の金品を自前の袋に詰めて出てくる。

 

 「書き入れ時だオマエら。さっさと次の店行くぞ!」

 

 火事場荒らし。

 顔面蒼白になるおじいさんは気付いた。彼らは善人などではなかったのだ。

 

 「ま、待ってくれ……!」

 「あ?」

 

 逃げられる前にリーダーらしき男の足にしがみつく。他の連中はすぐ隣の露店を荒らし始めていた。

 

 「そ、それを持っていかれたら、ワシは一文無しじゃ……。頼む! ほんの少しでいいから、置いていってはくれんか?」

 「図に乗んじゃねぇぞジジイが! 命があるだけありがたいと思え!」

 「ひぃい!」

 

 胸ぐらを掴んで持ち上げられた、その時だった。

 

 「不良債権キーック!」

 「ぶぼぇ!」

 

 突然意味のわからない単語を発しながらドロップキックしたネフェッタさんに吹き飛ばされ、男が即気絶した。おじいさんは無事だ。

 

 「勇者だ!」

 「やべぇ逃げろー!」

 

 やっぱりと言うか、火事場泥棒するようなヤカラは根性が無いので一人やられると一目散に逃げていった。

 

 「へッ! 根性なしが! へッ!」

 

 ネフェッタさんはえげつない顔であっかんべーをする。

 

 「立てますかおじいさん」

 「問題ない……ひとりで立てる」

 

 おじいさんは僕の呼びかけに露骨に警戒しながら立ち上がり、目を逸らした。勇者と知ってあからさまに不服そうな態度を取る。

 

 「スマンが、離れてくれるか……。仲間だと思われたらそれこそ終いじゃ」

 「そう、ですよね。行きましょう勇者さん、ネフェッタさん」

 「おじいさんおぶってあげようか!? 大丈夫?」

 「え、いやワシは……」

 

 ネフェッタさんがおじいさんの両手を掴み、親切を押し売りしだす。

 

 「話聞いてました? 僕らも急いでるんですから、さっさと行きますよ」

 

 放っておくと余計なことばかり首を突っ込みかねないので、急いで引き剥がす。

 

 「元気でねー! おじいさん!」

 

 何とも言えない表情で手を振り返すおじいさんと別れたあと、僕たちは再びネフェッタさんを先頭に走り出した。

 二人に比べるとカラダが小さく歩幅も少ない僕を気遣ってか、肩車しようとしてくるユーシャだったけど、恥ずかしいしネフェッタさんを本筋に戻すのが大変なのでそこは遠慮した。

 

 「ちょっと来てー!」

 「今度はなんですか?」

 

 思ったそばからネフェッタさんが寄り道に走る。彼女のあとを追い掛けると下半身を大岩に挟まれ、うつ伏せに倒れる女の人を発見した。

 

 「大丈夫。今助けるから。二人とも早くぅ!」

 

 ユーシャが呼ばれて慌てて助けに入る。

 

 「いくよ、せーの!」

 

 大部分に乗っかる大きな岩は勇者が力を合わせても、どうやら持ち上がらないらしい。僕は冷静に二人の間に入って、先に女性の安否を確認した。……もう冷たかった。

 

 「しばらく休ませてあげましょう。彼女のためにも……」

 「ごめんね。ごめん」

 

 ネフェッタさんがくち惜しそうにそこから離れる。それは僕たちに対する謝罪ではなかったけども、ただのわからず屋ではないと分かっただけでも有り難かった。

 

 「ねぇ、子供の泣き声。聞こえない?」

 「いえ、特には……」

 

 聴こえるような聴こえないような。遠くで爆発音や民家の燃える音が響くので、気のせいのようにも思える。その程度の音にネフェッタさんは敏感に反応した。

 

 「あっちの路地裏の方だ! すぐ近く!」

 

 パシッ──。

 

 今にも走り出しそうなネフェッタさんの腕を僕は掴んだ。

 我慢の限界だった。

 

 「いい加減にしてください!!」

 

 

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