第46話 最愛の人


 「もーパパー。客人はこっち。その人たちはただの迷惑なヒトだよー」

 「ん? いつぞやの刺されたお方。お元気そうでなによりですの」

 

 ユーシャはパパさんと目が合うと軽くお辞儀した。詳しく聞くとどうやら、腹を刺された状態で倒れていた所を介抱されたらしい。そうとも知らずに逃げ回っていたことをまずは謝罪し、彼女を助けてくれてことをお礼した。手を付けずに取っておいた準備資金を渡そうとするも、受け取れないと言って逆に返された。

 パン屋の娘も、気にしないでと喋りかけてくれる。

 

 「パパは世間のブーム的なモノに興味はないから。大丈夫、狙わないよ」

 「知ってても狙わないすの。彼らから事情はだいたい聞いているしね」

 

 そう言いながら店主はモノみたいにヒトを拾って、息があるのを確認したら床に落とした。

 

 「でもなんでここがバレてたんだろ? 匿うつもりでおじき連れてきたのに」

 

 パン屋の娘が小首を傾げるのとほぼ同時くらいに、武装した荒くれ共が軒先に集まりだした。

 

 「見つけたぜ! ここが勇者を名乗る女の店だ。探して殺せ!」

 「あははそうだった……。公に勇者してたんだった」

 

 ついうっかり……。みたいな顔で彼女は軽く笑う。もちろん恩は感じてるけど、付いてきて大丈夫だったのかと心配にはなる。

 

 「おいおいマジかよ、ついてるぜオレら。目標の男まできっちり揃ってやがる」

 

 ユーシャに気付いた荒くれ共が舌なめずりしながら武器を片手に店に侵入する。一人ひとりは大したことなさげだが、なんとも数が多い。工房は何十人も入れるほど広くはないし混戦は必至だ。

 

 「キミ、ちょっといいかい? この騒ぎで二階の妻が起きてるかもしれないすの。しばらく手が離せそうにないから、もし起きてたら机に置いてある薬を飲ませてあげて欲しいすの。行けるかい?」

 「わかりました。ユーシャ……さんはこっちを任せます!」

 「……。」

 

 ユーシャが強く頷くのを見届けたと同時に、僕はパパさんにお願いされた通りに階段を駆け上がった。

 

 ──人前でのユーシャの呼び方、決めとけばよかったな……。

 

 

 ☆

 

 

 ~ママさんの部屋~

 

 階段から一番近い部屋のドアが少し開いている。何となくそこだと思って声をかけてからゆっくりとドアを開くと、上体を起こした状態で窓辺を眺める温和そうな妙齢の女性の姿がそこにあった。

 

 「……奥さん?」

 

 外は曇っているはずなのに神々しく照らされていて顔がうまく見えない。輪郭は娘さんにそっくりなのに、なんだか別世界にいる妖精のようで近付きにくい。一度呼吸を整えてから目の前まで歩みよると、僕じゃないと言いたげなその瞳と触れた。

 

 「あ、あの、旦那さんに言われて、様子を見に……」

 

 ひとしきり事情を説明したあと、机にある薬と持ってきた水を飲ませる。花に水をやる感覚に近かった。

 階下から斬り合い、殴り合う音がドカバキと聞こえてくるが、女性は無関心というかまるで聞こえていない様子。ユーシャも無口だけどそれとはまた別の──……自分の世界を身にまとった女性。近所で爆発が起きようとも、たぶん動じない気がする。

 しばらくすると女性はまた、窓辺を眺めるだけの美しい草木に戻った。

 

 「じゃあ、僕はこれで」

 「ギ……ント……」

 「……え?」

 

 去る背中に、奥さんはそれを口にした。遅れて鳥肌が立つ。

 

 「……ばか……ギント……」

 

 唐突に、思考がハジける音がした。

 つい最近それをどこかで聴いた、いや……見た覚えがある。

 

 手紙だ! ペンダントの手紙。

 アニキが最後まで売らず、ユーシャリアが大切に仕舞っていたそのペンダントの中には、三人の少年少女が肩を並べるイラストと『ばかギント、ネフェリ、エレク──』と名記された一枚の紙が大事に折り畳まれていた。

 アニキを『ばかギント』と呼べる人物は限られていて、それはこの紙をどこかで見たことある人か、あるいは元からそう呼んで・・・・・・・・いたか・・・のどちらか。

 どちらにせよその呼び方ができる同格以上の存在はおそらく世界にふたりしかいない。

 

 ──エレク……は、男の名前だから、多分この人は。

 

 「……ネフェリ、さん?」

 

 奥さんの瞳が初めて僕を中心に捉えた。波風立たない感情に一石投じられた気がした。

 

 「えっと、その」

 

 アニキの大切な人。今まで名前は知らなかったけど、この人がそうなのだと確信する。

 

 ──生きてた! 生きてたんだ! アニキには死んだと聞かされていたけど、実のとこ生きてた! おそらく多分、きっとそう、大きなすれ違いがあったんだ!

 こうしちゃいられない。なにか、なにか伝えないと。

 

 いてもたってもいられない僕は咄嗟にペンダントを見せた。

 

 「僕はアニキの……勇者ギントの子分です! 彼、生きてます。世界を救って、貴女に会うために帰ってきたんですよ! ……良かった。良かったホントにお互い生きてて。ほんとうに……!」

 

 アニキの全て。アニキの生きる意味。

 そんな彼女の左手を強く握ると、自分のことのように嬉しくて思わず涙がぽたぽたと垂れた。

 

 「……。」

 

 ネフェリさんは何も言わず僕の涙を拭ってくれた。その表情はすごく優しかった。家庭を持っているようだけど、この際どうだっていい。生きてくれてるなら会わせることが出来るのだから。

 

 「ひとまずアニキに会いましょう! 会えますよね? まだ会ってないですもんね!」

 

 立て続けに質問した僕も悪かったけど、ネフェリさんはたくさん言葉を詰まらせるように静かに首を横に振った。渡したペンダントからおもむろに紙を取り出すと丁寧に開いた。

 

 「え……、ペンですか?」

 

 要求されたので机の上のペンを渡すとその紙にスラスラと何かを綴り始めた。

 かなり書く。長文だ。

 

 「その、会ってはくれないんですか?」

 「……。」

 

 待っている間、少し冷静になる。どう見ても会えない理由なんて分かりきってる。身体は不自由みたいだし昔との容姿のギャップもあるだろう。それになにより、旦那さんの存在もある。会うことを躊躇って当然だ。勝手な都合を押し付けたことを知り、僕は反省するしかなかった。

 

 「ごめんなさい。その、考えなしに軽率な発言ばかりして……。ネフェリさんにも、ネフェリさんの大事な生活がありますもんね……。アニキ宛ての手紙ということであれば任せてください! この命に変えても、必ずやこの僕が責任をもって──」

 

 その時、路上から爆発音が響いた。

 かなり近い。建物が揺れるほどの衝撃に思わずよろめくと、背後のトビラがバン! と激しく開かれた。

 

 

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