第45話 強者感バチバチ


 「イタボォオオ!」

 

 地響きみたいな怒号が響き、僕たちの隠れていた場所が爆ぜるように鈍器で粉砕された。

 まともに受けてたら一発でお陀仏だったろう攻撃からユーシャがお姫様抱っこして助けてくれる。

 

 「お、お礼は言わないからな!」

 「……。」

 「おいおい、ほんとにいるじゃねえか」

 「オデガ見ツケタ、貴様ラハ黙ッテ見テイロ」

 

 大蛇の頭に乗る灰色のリザードマンと、大蛇の頭より体格の大きな緑の巨人、ゴブリンロードが僕たちを見下ろしている。

 

 「倒したもん勝ちだ! どきやがれー!」

 「ガルルルー!」

 

 さらに、背後から叫び声を聞きつけたと思われる荒くれ者やクロヒョウの群れがやってきて囲まれた。明らかにこの辺の者じゃない。絶望的な状況だけど、敵同士でいがみ合ってる今がチャンス。

 

 「走れユーシャ! そのまま早く!」

 

 ユーシャの戦闘経験は乏しい。けれどその肉体は魔王を倒した最強の器ならば──。身体能力だけなら誰にも負けないので彼女に全身を預けて、逃げの一手に全力を注いでもらう。逃げるにせよ戦うにせよ、悔しいが今の僕では足でまといだ。大砲一発でどうにか出来る状況じゃなかった。

 

 「ねえねえどこ行くの? あーあー緊張するなー話しかけるの。ってもう話しかけてるや!」

 

 変な女がポニーテールを揺らしながらスピードについて来る。歳は十五かそこらくらい。僕たちより三つ四つ上な感じ。華やかで清潔感ある見た目のせいか、敵っぽくないが得体が知れなさ過ぎて恐怖した。

 

 「振り切るんだユーシャ!」

 

 細かい路をするする抜けて追っ手を撒ききった。──かと思いきや、その少女が目の前の道を塞ぐ。どうやら先回りされたようだ。

 

 「ちょっと待ってよお話だよお話!」

 「アッチだ!」

 

 抱っこされながら逃げる先を指示する。しかし、どこへ逃げようとも少女に回り込まれてしまう。これは一体……。

 

 「……何か付けたのか?」

 「この辺は庭みたいなもんだから逃げてもムダなのー。何か付いてるとかじゃないよ」

 「あくまで語るつもりはないと?」

 「あの人らは撒けてもネフは撒けないよ。だってオジキとおんなじ勇者様なんだから!」

 

 腰に巻いたベルトと剣以外はただの金髪田舎娘にしか見えないが、彼女は自分のことを勇者だと堂々と騙ってみせた。やっぱり怖い。オジキって、アニキのことか?

 

 「フフ、俺らスネークブラザーズから逃げれると思ったか? このプリン共が」

 「しまった……!」

 

 少女を撒こうと来た道を引き返した所で、大蛇に乗った男と遭遇する。一本道だから挟まれたカタチだ。

 

 「もーしつこいなぁ君たちも。容赦しないからね!」

 

 少女は不貞腐れるように言うと、なんてこと無いただの剣をおもむろに引き抜いて僕たちを素通りすると、大蛇の露出する牙を斬り飛ばしてみせた。

 

 「シャ、シャーー……!?」

 「リッケルぅ! なんてことすんだぁこのアマ!!」

 

 大蛇たちは慌てふためいる。僕も驚いた。あんな細腕のどこからそんな力が。

 

 「ハァハァ……ミツケタド。モウ逃サナ……ぅ!」

 

 息を切らしてやって来たゴブリンロードに少女が躊躇いもなく大蛇の折れた牙を刺し込んだ。腹を抉られ悶え苦しむゴブリンロードは、毒によるものなのか、気絶したあと全身が瞬く間に溶けてなくなった。

 

 「や、やべえぞ逃げろ!」

 「キュウウ……」

 

 謎の大蛇と使役するリザードマンは戦意喪失。ゴブリン千人分の実力とウワサされるゴブリンロードは蒸発。遅れて追いついた荒くれ者らやクロヒョウたちは、少女を恐れて逃走を計る。たったひとりで追っ手を壊滅させた少女はにこやかにコチラを振り返るとお腹をさすった。

 

 「大蛇みてたらお腹空いちゃったなー、ネフはパンでいい! あー、その前にそっか。逃がしたげる!」

 

 肝の据わった我の強い娘なのは分かった。次は僕たちが逃げなきゃ。

 

 「おい、ユーシャ」

 「……。」

 

 ユーシャが女と見つめ合ったまま動かない。肩をタップする。

 

 「どうした……? 逃げるんだよユーシャ」

 「あれ? やっぱりオジキかぁ。元気そうでよかったあー」

 「知り合い、なのか?」

 

 静かに頷くユーシャの腕から一旦降りて、女の話を聞いてみる。

 

 「お腹を刺されてたから、何日か診てあげた仲だよ。大変ならウチに来てください。悪いようにはしませんから」

 

 ユーシャは僕に向けて強く頷いた。とにかく信じろという目だった。

 

 

 ☆

 

 

 ~パン屋~

 

 「ただいまおかえりおかえりただいま〜!」

 

 言われるがままに僕らは彼女の実家であるパン屋に訪れた。追っ手を気にしながら迂回してきたが、直線なら五分と掛からない距離にあるベーカリー。その工房の真ん中で血まみれのその人はいた──。

 

 「おかえりネフェッタ。キミに客人がいっぱい来てるすの。また恨みを買うようなことでもしたのかい?」

 

 なんだこの強者感バチバチの佇まいは!

 顔も鼻も丸い美味しいパンを作りそうな男が血まみれのフライ返しを持って微笑んでくる。よく見れば上半身には一切無駄のない筋肉がぎっしり詰まっているし、足元には沢山の人が転がっている。かなりの手練てだれのパン職人のようだけど……、なんなんだこの二人は!?

 

 

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