第12話 もう一人の財宝使い


 「なんの為にオレに嘘をついた」

 「今は一人の召使いとして、陛下に仕えることこそが最大の喜び」

 「御託はいい。さっさと答えろ」

 

 爺やはまるで、王様を古くから見守ってきた腹心的な立場で近付いてきた。そんな風を装ってまでわざわざ近付いたのには何か特別な理由があるはずだとギントは問い詰める。

 『嘘はお互い様』

 そういう逃げ道は使わせない。

 そうならないために自分たちの事情や境遇についてあらかじめ話しておいたのだから。

 

 「……ウソ、ですか」

 

 爺やの持つ透明なティーポットが廊下側から夕日に照らされ、部屋中を赤く染めあげる。そのせいでモノクルまで怪しく光を反射し、表情がうまく確認出来ない。

 

 「確かに、私には目的がございます。しかしながらそれも、単なる老いぼれの酔狂。語るほどのものではありません」

 

 爺やは穏やかに笑う。

 

 「じゃあさ、オレの代わりにこれ、飲んでくれないか?」

 

 ギントはそう言ってカップを持ち上げた。二人は目を合わせない。

 

 「……。」

 「紅茶は嫌いか? それとも、オレに入れた・・・・・・紅茶だから飲めないとか」

 「ハーブティーでございます」

 「は、ハーブティーでも何でも! 毒味出来るかって聞いてんだコラー!」

 

 ギントは少し照れたように顔を染めて、癇癪を起こした子供のように腕を振る。そのままムスッとした表情のまま座り直す。

 

 「毒味も出来ねぇ茶を入れた奴の言葉なんか信じるかってんだ」

 

 何も起こらないまま夕日が沈みきって部屋からこもるような暑さがだんだんと抜けていく。冷めていく温度感とただならぬ緊張感が相まり、ゴロゴロしていた大国主もさすがにヤバそうだと起き上がり二人の様子を背後から見守る。

 

 「……。」

 

 爺やは何も言わずカップを手に取ると、中身をポットに移し返した。

 

 「え、飲まないの?」

 

 不安そうに呟く大国主。ギントはその行為に何の反応も示さない。

 

 「私には見届ける義務がある。この国の王を名乗るのに、あなたが相応しいかどうかを──」

 

 その時、爺やの持つティーポットの中の液体の色がみるみる濃い緑色に変貌した。

 

 「にぇま!? うそでしょジーヤちゃん!」

 

 ハーブティーはより高級そうなお茶に姿を変えた。

 

 【財宝魔法三つのルール】

 ②材質を変化させる場合、人や動物でない場合に限り、元の状態より希少価値があること。

 

 茶葉やお湯は人や動物を含まないので、財宝魔法ルール②に遵守される。

 

 目の前のハーブティーがグリーンティーに変わったことで毒が入っていたかどうかは分からなくなってしまったが、一つだけ明確に分かったことがある。

 

 「じ、ジーヤちゃんも、財宝魔法が使えるの?」

 「おいおい、冗談じゃねーぞ……」

 

 爺やにも同じく財宝魔法が使えることが分かった。それは何よりも大きな衝撃となって二人を包む。

 

 「覇道を往く者のみに許された力──だったか? てことはお前、王座を狙ってるのか?」

 

 『初代王の子孫であり覇道を往く者』

 その抽象的な概念はチャイバルが口にしたセリフだが、それが正しければ王族の中でもトップを目指す才覚者のみに与えられた能力──。それが財宝魔法と言うことになる。それはつまり、目の前にいる執事は執事で止まるつもりは無いことを意味した。

 

 「それは半分正解で、半分不正解でございます」

 

 どこか観念したように爺やはそう言うと、自ら続きを語り始めた。

 

 「降って湧いた王座への道──。私にはこれが、記憶のないはずの父から息子に託された『意識外の復讐心』だと悟ったのです」

 「意識ガイの復讐シン?」

 

 小首を傾げる大国主。爺やが続ける。

 

 「この国に行き着いたのも、王族の血を引いていたことも、全て運命だとしたら──。王になることもまた運命さだめだったなら──。そう思い始めた頃、この能力は目覚めました。であれば私のやる事はただ一つ。王になり父を犠牲にした者達に復讐してやることだと、そう思ったのです」

 

 ティーポットのお茶が宙を舞い、八の字を描いてポットに戻っていった。大国主だけが感嘆とした声をあげる。

 

 「本来は然るべきタイミングを見計らい王座を乗っ取るつもりでした。しかし私よりも数手早く、貴方がたがそれを成功させた。それも一滴の血も流さずに……」

 「それって、タミくんが入れ替わる瞬間にあの場に居たってこと?」

 「遠くで拝見しておりました。しかし確信したのはその後。私の嘘を看破できない貴方を見て入れ替わったのだと悟ったのです」

 

 爺やが嘘をついたのは入れ替わりが本当に行われたのかを確認するためだった。つまり、あえて自分たちの正体をバラす作戦に出たギントの行動は大した意味をなさなかったのだ。

 

 「それからは、しばらく様子を見ることにして現在に至ります。私の代わりに『理想の王』を貫いてくれれば、それに越したことはございませんので」

 「はっ、理想の王ねえ……。毒入り紅茶で殺そうとしといてよく言うぜ」

 「相応しくないと判断した時は、陛下であろうと排除します。せいぜい私に殺されぬよう有能を貫いてくださいませ」

 

 爺やは目の前で小さなスプーンを鋭いナイフに変えてみせた。

 

 「イカれてるなお前」

 「貴方がどこの誰であっても良いのです。私の欲を満たす器であれば」

 

 ギントは深くため息をつくと、毒入りハーブティーの真相に気付く。

 

 ──そうか、これはテストだったか。

 カップを返された時は真実を話し、気付かず飲んでしまった時は毒で殺す。王としての才覚をはかるテスト。

 何が様子を見るだバカヤロー。既に始まってんじゃねぇかよ、選別が。

 

 「しんど……」

 「今なにか?」

 「いや、なんでも」

 

 爺やに逆らうのはマズイ気がする。

 今の実力ではおそらく大国主と協力しても歯が立たない。この前のようにいつの間にか背後に立っている隠密性能もそうだが、財宝魔法を持っているというだけで敵に回すのは恐ろしいと思えた。

 

 「一つ、私からも質問をさせてください。何故陛下は勇者以前の記憶をお持ちなのですか?」

 「あーオレにもそこがサッパリなんだ。オークニ様は?」

 「國の加護的なラブラブ超パワーが効いたのかもね♡」

 「ありがと♡」

 「左様ですか……」

 

 二人がふざけ合ったので、爺やは追求を諦めた。

 

 「てか、ちょっといいか? 気付いちゃったんだけどさ、話の流れ的に財宝魔法=王族の力ってことじゃん? オレってさ、……まさかそーなの?」

 

 ギントは自分の正体に迫ろうとしていた。

 

 

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