第11話 それは伝説の槍?


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 ほぼ全ての種族が魔法の才覚を持つとされる時代、その力を引き出すには一部の例外を除いて宝石が必要不可欠──。

 そのため宝石は武器や防具、アクセサリーなどに加工され、上流階級では富の象徴でありながら護身用としても親しまれるようになった。エビヌ山で採れるスピネルは火属性魔法の強化や制御に特化しているため、世界中で今なお大変重宝されている宝石の一種である。

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 ──王城書庫『魔法式宝石鑑定術初級編』より抜粋。

 

 ☆

 

 初めは鳥が飛び立つくらいだった。

 それが民衆の目から見ても明らかなほどに山が変化するまでそれほど時間は掛からなかった。

 処刑台まで響く地鳴りがしばらく続き、そして止んだ。

 

 「ば、ばかな……。信じられん」

 

 チャイバル大臣は辛うじて声を上げられたが、他の者は分かりやすく絶句した。おおよそ人間が為せる力業ではないと、空いた口が塞がらない。

 

 「よっと。大臣さんよぉ、これで良いか?」

 

 シャボン玉を割って処刑台に戻ってきたギントは、死角からチャイバルに話しかける。チャイバルを含めそこにいる全員が、ギントが居なくなっていたことに気付いていない。そんなことより山が二重螺旋構造になっている。それまでの面影もない前衛的で巨大な槍のようなオブジェに彼らの目が点になる。

 ギントはみんなの意識を引っ張るために声を張った。

 

 「きけ! 力無き王はもういない! この先、混沌の時代が訪れようとも、なあに心配には及ばないねえ。お前たちにはこのオレがついてるんだからな!」

 「「「……。」」」

 

 一時の沈黙のあと、誰かが気付く。

 

 「あ、あれは、おとぎ話に出てくるネプラントの槍じゃないか?」

 「世界を穿うがつっていう伝説のあの槍か!」

 「まさか実在していたとはのぅ。今日まで生きてきて良かったわい……」

 

 ──よ、よくわかんねぇけど、敬ってくれるなら良しとするか……。

 

 「だからその……、これからもよろしくな!」

 「「「おおおおおおおおお」」」

 

 ギントが真っ赤なマントを翻し、颯爽と壇上から降りていくと割れんばかりの歓声が遅れてついてきた。あまりに堂々としたその態度と威厳ぷりに、それはもう勇者の断頭式ではなく王様の覚醒演説会になってしまった。

 民衆は王様のいない壇上に向かって、何度も拳を突き上げ王様の素晴らしさを称え合った。

 

 ──王様らしい演説、出来てたよなオレ……? てか、大丈夫よなアレで。

 

 中には涙を流す者もいた。

 勇者をニッコリ見つめる金髪ポニーテールの少女もいた。

 またしても崩れ落ちる大臣がいた。

 チャイバルの作戦は失敗に終わり、ギントの作戦は大成功に終わったのだ。

 

 

 ☆

 

 

 縦に突き刺さる全長五〇〇メートルほどの槍に射し込む夕日に人々がうっとりしている間に、王様は自室へと戻っていた。書斎の椅子に腰掛ける王様の前で、爺やが優雅にハーブティーをカップに注ぐ。ほのかに甘い香りが部屋全体を包み込む。

 

 「この国に住む者なら誰もが読んだことがある英雄譚。その中に登場する大樹の武器、ネプラントを呼び起こすとは流石としか言いようがありません。陛下」

 「あ、うん。ありがとースゴイよねー」

 

 ギントは褒められて、何故か棒読みで応える。

 

 「本物は全然ちがうけどねー」

 

 大役を終えた大国主はベッドの上でゴロゴロしながら口にした。ちなみに勇者は牢屋の中に戻された。処遇は明日以降決定する。

 

 「フーフー」

 

 カップを持ち上げたギントが息を吹きかけ水面を揺らす。しかし余程熱いと感じたのか飲まずに置き直した。

 

 「良く分かんないけどさ……、あれはみんなの財宝ってこと? 財宝魔法のルールがイマイチ國には分からないのよー」

 「そうだな。ルールの共有もしておくか」

 

 ギントはそう言うと、財宝魔法の三つのルールについて語った。

 

 【財宝魔法三つのルール】

 ①形を変化させる場合、人や動物でない場合に限り、元の状態より付加価値が付いていること。

 ②材質を変化させる場合、人や動物でない限り、元の状態より希少価値があること。

 ③財宝を呼び出す場合、確実に所有しているまたは所持している可能性があること。

 

 いずれかのうち、どれか一つでも条件をクリアすれば財宝魔法は使用可能。魔法なので魔力を消費すること、強力なものほど消費する魔力も増えていくことも付け加え、さらに例外中の例外、宝石を使わずに発動できる能力であることも明かした。

 

 「元々価値のある山だ。それを超える付加価値を生み出そうと考えた時、ふとあの形がよぎったんだ。伝説に近づくのも納得だな」

 「よその人が見たら新兵器かなんかと勘違いされそー……」

 「外務大臣は説明責任に追われることでしょうね」

 「──爺や。それでさっきの話の続きだ。色々と経緯を聞かせてくれ」

 

 勇者の処刑騒動で保留となっていた件について、爺やはどこから話したものかと少し悩みながらもその口を開いた。

 

 「私の父は、記憶のない勇者でした」

 

 語られたのは一人の勇者と一人の女が出会い、男の子が誕生したというごくごく普通の話──。裕福とは程遠い暮らしをしてきたが幸せだった少年はある日、父親の失った記憶に興味を持った。

 

 「勇者になる前はどこで何をしていたのか。執事も駆け出しだった頃の私は、興味を持ち旅に出ました」

 

 親の教育もあり平民にしてはなかなかの上品さがあった男は、成人する前から様々な貴族家を召使いとして渡り歩き、いつしか『流れの召使い』として評判を呼んだ男は、トレジャーランドのバトラーまで上り詰めた。

 バトラーというのは執事たちの中で最も位の高い役職を指す。

 自ら希望し城の門を叩いてからわずか五年で成り上がったその男を『伝説の執事』と呼ぶ者は少なくない。

 

 「偶然か? この国にたどり着いたのは」

 「世界には勇者を名乗るものたちが一定数存在します。その中から父と同じ境遇の者を集めると、トレジャーランド周辺に多く点在することが判明しました」

 「ウワサ程度ならオレも言われたことがある。記憶のない勇者は大概トレジャー来るって話を」

 「この国の勇者は魔王を倒すまで帰国を許さないとされてはいますが、実際には少し違います。『勇者であることに必要のない記憶を奪われ国を追われる』それゆえに帰って来きようがないのです」

 「……マジかよ。チャイバルが頑なに本物と認めなかったのは、そうゆう背景があったからなのか……」

 

 頑なに認めようとしないチャイバルのしつこさを思い出し、ギントが少しため息をついた。

 

 「ジーヤちゃんはそれで、お父さんの真相にたどり着けたの?」

 「はい。父はこの国の王族であったことも分かり、当初の目的は完遂しました」

 「当初の目的? じゃあ今の目的はなんだ。なんの為にオレに嘘をついた」

 

 ギントが核心に踏み込んだ。

 

 

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