第10話 王族の証明


 「黙れ黙れ、黙らぬか! こちらにおわす方が陛下でないという証拠がどこにあるか! 身の程を弁えろ愚民ども!」

 

 チャイバルは一転して擁護の立場に回った。大臣の大立ち回りにギントも何かを察して、お互い視線を合わせる。

 

 「目が小さいわ! 歯もギザギザしてる!」

 「人相が悪すぎる!」

 「詐欺師の顔つき!」

 「下品! 悪魔!」

 「は?」

 

 ギントが思わず素で反応してしまう。

 

 「それも全て証拠とは呼ばん! ええい、一体何をすれば貴様らは信じる!? 何をすれば!」

 

 その声に応えるように、証拠を見せろと声が上がる。王に向かって王である証拠を求めると言うことはすなわち──。

 

 「力を見せてみろー!」

 

 条件は揃ったとばかりにギントの悪い顔がさらに悪く歪んでいく。彼はこの時を待っていたようだ。

 

 「陛下、この場を収めるにはやはり王族の力を見せつけるしかありません!」

 

 そう言って同じくらい悪い顔をするチャイバル。彼もこの瞬間を待っていたようだ。

 

 「王族の力?」

 「はい。初代王の子孫であり覇道を往く者のみが使うことを許された特別な能力でございます。今こそソレを見せつける時かと!」

 

 そんな能力があるのかとギントは少し驚いていたが、表情でバレないように真顔を固定する。しかし眉が少し上がってしまったところをチャイバルは見逃さなかった。

 

 ──ふふふ、困っているのは見え見えだぞ? 陛下がその力に目覚めていないことは、この私が誰よりも一番理解している。どう足掻いたとて、ここでそれを証明することは不可能……! さあ、この状況をどう切り抜ける?

 

 「いいだろう!」

 「なに!?」

 

 しかしチャイバルの予想は裏切られた。

 

 「王族の力、今こそ見せようか! あの山を見るがいい!!」

 

 一キロ先に見える大きな山をギントが指さすと、見物人はおろかチャイバルたちも山の方に視線を移した。ギントがさらに念押しする。

 

 「本当に一瞬だから、瞬きするんじゃあないぞー!」

 

 一体何が起こるのか。

 見逃したくない人々はエビヌ山と呼ばれるその山に釘付けになる。

 遠くからでも分かるほどに、茶色い岩肌の露出した寂しげな山に、いまだかつて無いほど注目がいく。

 

 「……オークニ様ぁ」

 「ガッテンいくわよタミくん」

 

 小声の合図と共に足元からひょっこり顔を出す大国主がその両足首を掴むと、ギントは大きなシャボン玉に包まれた。その直後、地面に引きずり込まれる。

 

 ズボボボババババボボボ。

 

 時間にして約1秒。一キロ先のエビヌ山に到着。シャボンが割れる瞬間に受け身をとったので今度の着地は成功した。《遊走》特有の移動手段だった。

 

 「ふぅ、ぶっつけ本番だな……」

 

 そう言うとギントは、ふもとにある切り立った崖の下で山に両手を重ねた。

 

 

 ━━

 ━━━━

 ━━━━━━

 

 

 勇者の処刑を聞き、城を出る数分前。

 

 「山にいく」

 「やま?」

 「前にも言った通り、理解なくして信用は得られない。オレが突然、王を名乗ったところで信じる人はそんなにいないとみてる。中にはその力を証明しろと言ってくる奴もいるはずだ」

 

 ギントは民衆の心理状況を軽くだが読んでいた。自分が受け入れられないことを前提に話を進める。少しニヤケていることに大国主は気付いているがわざわざ指摘はしない。

 

 「だから、証明してやろうと思う。財宝魔法でド派手にな」

 「信仰に近道はないみたいなこと言ってなかったぁー?」

 「求められたら違うんですぅ」

 

 ジト目の大国主に反論を返すギントは、中身まで少女になってしまったみたいだった。

 

 「目の前で財宝が生まれれば、民衆は更なる奇跡を見届けたことになる。王様が声を取り戻したという奇跡につぐ、奇跡をな」

 「処刑台から見える山には、エビヌ山があるけど……そこでタミくんの力を見せるのよね? 何か心配だなぁー、そんな上手くいくかなぁ〜」

 

 スピネルが不安げな表情を浮かべるが、ギントがその肩を叩き安心させる。

 

 「皆の視線が山に逸れた瞬間に、オークニ様にはオレをエビヌ山に連れて行ってほしい。もちろん帰りも込みで信仰の消費が多くなるのは目を瞑ろう。とにかく今は、オレらしい表現で信用を勝ち取る!」

 

 《遊走》は信仰の消費をそれほど多くはないがしてしまう。いずれ入れ替わりの異能で元の勇者に戻りたいギントにとってそれは死活問題であるが、民衆の信頼を勝ち取るために多少の消費は覚悟する。

 また、声がバレるというデメリットも覚悟した。民衆に要らぬ期待をさせてしまうことが苦しい訳ではない。戻った後の王様のことを考えて、流石のギントでも心苦しくはなるのだ。

 

 「一つ疑問でーす」

 「はいなんでしょーか」

 「あの山には既にスピネルの採れる採掘場が幾つかあるけど、いまさら何を財宝化するっていうの?」

 

 大国主の名前の一部でもあるスピネル。そのスピネルが王都で最も採れる山が標高五百メートルほどのエビヌ山。王都の中にあるこの山は、通行の妨げになっており土地開発を目的に何度かきり崩す計画が組まれていたのだが、その都度、大量のスピネルが発掘され計画は中止になっていた。

 トレジャーランドの幾つかある都には、そんな山がいくつも存在している。山岳地帯にぽっかりと空いた盆地にある王国にとって、嬉しい悩みのひとつである。

 

 「実は……まだ決まってない。けど安心してくれ。本番に向けてすげーの考えておくから!」

 

 そう言って屈託なく笑うギント。

 

 「じゃ、楽しみにしよーおっと」

 

 大国主も期待を込めて幸せそうに笑顔を返した。

 

 

 ━━━━━━

 ━━━━

 ━━

 

 

 「王族の力って?」

 

 やるべき事はひとつだが求められている事とはたぶん違う。そんな不安に駆られた王様は、深呼吸したあとそんな疑問を少女にぶつける。山に触れた手が妙に冷たい。

 

 「大丈夫。國と一緒なら、君はもう──間違えない」

 

 優しく諭すようにスピネルはそう言うと、ギントの指に自分の手を重ねた。両手に熱がこもり始める。

 

 「そうだな。オレたちはきっと、二度と間違えない」

 

 間違いだらけの人生に終止符を打つために、今こそ全身に流れる魔力を注ぎ込む。

 

  山が音を立てて動き始める。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る