第2話 博多駅魔獣特区

 ユシリアが僕の家で暮らし始めてから1ヶ月が過ぎた。最初の頃は異世界から来た美少女…しかも勇者との同居生活に少しどころか、めちゃくちゃ心踊っていた訳だが…


「ユーシー、朝ご飯できたぞ」


 かつて父親が使ってた部屋をノックするが…返事は無い。仕方がないので一応、「…入るぞ?」と一言添えて扉を開いた。鍵は掛かって無くて、その先に広がっていた光景は…──。


「あ〜…朝ごはんね、ちょっと待って今良いところだからぁ…」


 カーテンの締切った薄暗い部屋でテレビとにらめっこしながら最近発売されたドラゴンハンターの新作をプレイしている一人の少女。この世界に順応した…いや、侵食された元・勇者ユシリアの姿だった。


「ユーシー、空のペットボトルはキャップと別に濯いで台所に置いといてって言ったよね?」


「あ〜?…うん、後でやる〜」


 部屋には散乱したペットボトルが幾つもあり、机の上には飲みかけのコーラとかポテトチップスの開いた袋…ダメだ、コイツ何とかしなきゃ…とは思うものの、僕もいきなり呼ばれてゲームを咄嗟に辞めれないのは知っているし…


「先に下に行ってるよ、その一狩り終わったら降りて来てね」


 僕はそのまま階段を降りて1階に向かう。そういえばユシリアのやつ、風呂入る時に洗うのが面倒だからと言って髪をバッサリ切ってしまった。


 せっかくの綺麗で長い髪だったのに勿体無い…それはともかく、ショートカットなったユシリアも凄く可愛いから異世界の神秘だ。


「あら築、おはよう。あれ?ユシリアちゃんは?」


「ユーシーは今やってる一戦が終わったら降りて来ると思うよ」


「もう立派なゲーマー女子だね、ユシリアちゃん」


 これは僕の5歳差の姉、茅野かやのきずな…ユシリアがこの世界に来た日に東京から仕事を辞めて帰って来た。しかも理由は結婚したからだ。


 仕事で海外にいる父親は姉ちゃんから何も聞かされてなかったので、仕事すっぽかしでも日本に帰って来ようとして母さんに止められたらしい。


 しかし、その肝心の結婚相手も今は海外に居るとかで、まだ僕達は一度も顔を合わせていない。


 結婚式だって挙げたらしいのに家族に顔合わせ無しとは…姉ちゃん、ロクでもない男と結婚した訳じゃないと良いけどさ。


「あのさ、姉ちゃんの旦那さんってどんな人?」


「ん〜?可愛いよ〜。てか急にどうした?お姉ちゃんが取られて嫉妬かぁ〜?」


「違うよ、父さんだって心配してただろ?」


「つまり心配してるの?…可愛い弟だなぁ、まったく」


 正直、奥さんに『可愛い』って言われる旦那さんってどうなんだ?…とは思うけど、うちの姉は昔からこうだ。


 テレビでどんなイケメンな俳優を観ても「この人、可愛いね」…だった。そういや姉の口から『格好良い』という言葉を聞いた事ない。


「おっはー…今日のご飯何ぃ〜?」


 そんな事を考えていると眠そうな顔をしながらユシリアが二階から降り来た。どうせ朝までゲームしていたか、朝早く起きてゲームしていたんだろう。


「おはようユシリアちゃん、今日はフレンチトースト」


「やったぜ、勝った!顔洗って来る!」


 そんな古いネットスラング何処で覚えたんだあの勇者…いや、父親がもう要らなくなったって言ってたパソコンをあげたから、それでネットサーフィンでもして知ったんだろうけど…


「そうだ、築、ちょっとユシリアちゃんと淀橋亀屋ヤドバシカメヤまで行って来てもらえる?」


「えっ、何で…何か用事とかあったけ?」


「いや、ユシリアちゃんのスマホを契約して来てほしいの。ほら、もうユシリアちゃんが来てから1ヶ月経つし…本当はもっと早い方が良かったんだけど、お姉ちゃんがド忘れてた!てへぇ!」


「マジで!?スマホ、私も遂に〜!やった〜!キズナちゃん神ッ!」


 連れてくの僕なんですけどね…──何て事があり、僕達は博多駅周辺の淀橋亀屋でユシリアのスマホを契約した。


 正直、戸籍すらないコイツがスマホの契約なんて出来るのかと思ったのだが…そこは勇者の不思議な力なのか、ポイポイ手続きが進んだ。


「何だよ、茅野ユシリアって…」


「ん、偽名?…それより念願のスマホ!げっちゅ〜!」


 そうやってワンピース姿でスマホを掲げて喜ぶ姿は普通の女の子って感じで、今は僕達の世界の服を着ているからかも知れないけど…そこに居るのは勇者ではなく、無邪気な一人の少女だった。


 でも、この子は普通の人間じゃなく勇者で…魔王討伐の最中で命を落とした少女だ。


 剣聖の家系に産まれて色々あったのかも知れない。だから異世界に行きたい…なんて、そんな僕の我儘わがままに付き合わせるべきじゃないんだろうな。


「…どっか飯でも食べに行くか?」


「良いねぇ!私、トンカツが食べたい!」


「揚げ物か…じゃあ、サ○テンだな。じゃあ駅の方に…」


 僕達が昼飯の店を決めた途端、周囲に紫色をした禍々しい魔法陣が出現したのだ。そして、それは一つじゃなくて…


「なっ、何だ!?…ユーシー、これってお前が来た時と一緒か!?」


「キズク、違うよ…これは召喚陣だ。それも、とびっきり最悪なタイプのやつだ」


 そう言った瞬間、召喚陣から虎の様な怪物が現れる。周囲から人々の困惑の声が上がる…知っている、これは魔獣だ…異界の生物だ。


「ユーシー、逃げるぞ!早く!」


「ちょっ、キズク!?…私は勇者で…皆んなが…──」


 そんなユシリアの言葉も聞かずに彼女の手を引いて僕は駅の方に走り出す。後ろから悲鳴が聞こえる…それに背を向けて全力で逃げた。大丈夫だ、振り返るな!ここから離れれば良い…


「嘘だろ…何だよ、これは……」


 しかし、駅方面にあったのは人が魔獣から逃げ惑う地獄絵図だった。地面に既に食われた死体も転がっていて、胃から酸っぱいものが込み上げてくるが…それを必死に抑えた。


「そうだよ、向こうに逃げれば…」


「無理なんだ…」


 そう言って、手を引いて再び走り出そうとした僕の手をユシリアが振り払う。ユシリアの表情は暗く、それはまるで諦めてしまったかの様で…


「何が無理なんだよ!少なくとも駅から離れれば…」


「それは、無理なんだ…人が少過ぎるの…」


「はっ?…何を言って…」


 そう言って再び地獄絵図に目を向ける。地面に転がっている骸、逃げ惑う人々…──気付いた。


 来た時の人の数と比べると死体を含めてもその半分程度も居ない。それに、ある場所を境に死体は転がっていなくて、それどころかやけにその手前にだけ死体が多いのだ。というか…


「普通に人が歩いてる?…」


 その死体より先には大勢の通行人が歩いている。死体を見て悲鳴を上げるどころか気付いてもいない様だ。それと死体の方向に歩いて来た人や向かって来る車は…


「消えた?…何だ!?どうなってるだ!?」


「…結界だよ、ここはコインで言う裏なんだ。強制的にこの駅周辺に裏世界を作ったんだ…そこに、私達は引き摺り込まれた」


「…つまり僕達は閉じ込められた?」


「うん、外にいる人間はコインの表…コインの裏に居る私達の事は認識できないし、結界に触れても表側の地面を踏む…」


「ユーシー、どうにか出来ないのか!?…勇者だろ?魔法みたいなので結界を…」


「無理なんだ…私は賢者の家系じゃない。使えるのは得意だった隠蔽や詐称系の魔法くらい…」


 つまり、完全に僕らは積んでいた。どうすれば良いんだ…このままじゃ僕達はここで死ぬ。幸いにも、今は魔獣はまだ僕等の方に気付いていない。


 いや、待て…何を悩んでいるんだ?ユシリアは勇者だ、結界が破れずとも、魔獣の方を倒してしまえば…──しかし、僕は彼女を見て気付いてしまった。


「っ…何だよ、それなら最初からそう言えよ!」


「えっ…待って、何で!キズク!?」


 僕は魔獣の群れの方に走った。だって、彼奴…震えてたんだ。本当は怖くて怖くて仕方なかったんだ!…


 勇者とか剣聖とかである前にあの子は人間で…一人の女の子なんだ!なのに、さっきも…



 …なら、もう僕のやるべき事は一つしかないだろ!男ってのは剣や魔法の世界、そして…──英雄ヒーローに憧れてしまうものなんだから!


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!…僕はここに居るぞぉぉ!!!」


 全力で叫んだ僕の方に魔獣の注意が全て向かう…でも、これで安全にユシリアや皆んなは逃げる事が…とは行かなくても、隙くらいは……


「あれ?…何で魔獣が僕の方を見て全員固まってるんだ?」


 そう僕が疑問を口にすると、それを合図に魔獣達は一斉に僕の方へと走って来る。


 …いや、これはおかしいだろ!?僕、何かお前らに恨みを買うような事をしたか!?…だが、その隙に人々は駅内へと逃げて行く。


「ははっ…しゃあ!死ぬ気で逃げてやろうじゃないか!」


 僕は全力で魔獣の群れに突っ込んだ。きっと多分、僕は死ぬ…でも、生きてても役に立たない僕が最期に誰かを救えるかも知れないなら悪くない人生だった。


「勇敢な青年、君に敬意を払おう…」


 …──その時、知らない誰かの声がした。


 第2話 博多駅魔獣特区ビースト・ゲート《END》

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