地獄の門の鍵

猫又大統領

読み切り

昼飯どき、監房にいつものダルそうな足音ではなく軽快な足音した。

「数年前に地獄からきた直後に捕まった。ドジなかたってあなた?」そういうと彼女は微笑んだ。

「そうみたいだな」俺が鉄格子の中から答えた。

 彼女はスープとパンを差し出すと微笑みながら帰った。

 それから次の日もまた次の日も来て、昼食を出すついでにいつくかの質問をして帰って行った。

 彼女の質問に答える時は俺も彼女のことを聞いた。彼女の名前はユリカ。本人曰く、没落貴族でその少ない権力を使ってここまでたどり着いたそうだ。

 地獄に興味があるようで、図書館に所蔵されていた地獄に関する書籍は一通り読んだと豪語していた。

 俺はそんな彼女に聞かれるがまま、地獄に伝わる体術や人間の肉体では決して行うことができない攻撃方法などを教えた。これからの人生で決して役に立たないはずなのに、関心しながら聞く彼女が面白かった。

 この時間がちょうどいい暇つぶしになっていた。だが、終わりは突然やってきた。

 

 俺は広場での公開処刑が決まった。

 しかし、俺のことを処刑出来るかどうかはまだ分からないらしい。俺には剣、弓、槍などは全く聞かない。切り落とされても再生する。俺の弱点は攻撃的な能力が全くないということだ。だから人が作った簡素な檻からも出られなかった。

 執行日、広場の中央に急きょ建てられた柱へ手足を縛られ固定された。

 広場で俺はユリカを探した。たくさんの群衆が俺に罵声を挙げていた。その中にユリカはいなかった。その事実に安堵した。

「ようやくこの日が来たぞ。化け物め」白衣を着た男がぎょろりとこちらを見ながらいった。

「お前はたしか、俺を切り刻んだり、焼いたり、色々してくれたヤツだったよな」

「覚えておいてくれて嬉しいよ」

「あの時より少しは上達したか? 刺激が弱いと笑ってしまうから頼むぜ」

「ああ、今回はお前が持っていた地獄の門の鍵をを削り取って通った矢じりをお前に打ち込む」

 そういうと、男は矢を持ち矢じりで俺の肩を刺した。

「くっっう」痛みが走った。俺の肩に確かに矢じりは刺さった。

「成功だ。いい表情だ。観客が喜ぶ!」


 兵士が弓を構えた。

 俺は目を閉じた。

「ハハハハ、矢を放て! 化け物おひとり様、地獄にお帰りでぇぇぇえす」白衣の男の声が響いた。

 俺に痛みはなかった。

 代わりに観衆の悲鳴が聞こえた。

 目を開けるとユリカが俺の前でいた。ユリカは俺の手の紐をナイフで切ると、倒れた。真っ赤に染まる背中には矢が刺さっていた。

 ユリカは手足から消え始めて何も残さず消えた。

「どうなっているんだ」と、白衣の男は群衆から詰め寄られていた。

「大丈夫です。僕の右手を見てください。まだ地獄の門の鍵があるので、また矢を作って今度こそ――」白衣の男は言い終わる前に群衆の一人から殴られた。

 偶然、俺の足元に鍵が転がった。

「地獄へ連れ戻しに行けばいいんだ」俺が足の紐を外しながらいった。

「まて、お前、あ、あの子が戻ってきたら殺されるじゃないかっ! 地獄にいったものは化け物になるんだろ」白衣の男が取り乱しながらいった。

「怖いのか、なら今すぐに死ねばいい。それなら殺されることはない」俺はそういうと普段は隠している尖った牙を見せた。

 俺は鍵を手のひらにのせ、そして、強く握った。血が出るほど、強く。強く。手のひらの血がやがて地面に滴ると、どこからともなく、赤黒い煙が四方から集まりだした。その煙は徐々に扉の形へと変化した。

 扉は重い音を立てながら開いた。

「まだ鍵を回していない」俺は恐ろしくなった。それは向こう側から数百倍の力の差を感じた。

 扉からゆっくりと緑色の巨体が姿を現した。

「この世界に我々が出向くことはない。そういう契約をユリカ様とした。お前も同意しろ」緑色の巨体の化け物が俺にそういった。

「ユ、ユリカ? ユリカを返してくれ」

「お前がユリカ様を助けたんだろ? その時からこの世界と我らの世界の均衡は崩れた」

 地獄からこの世界にやってきすぐに、俺は溺れていた子を助けた。その時、俺もだいぶ水を飲んでしまって弱っていた所を捕らえられてしまった。

「ユリカ、俺が助けた子?」

「怖い。お前は怖くないのか。もうどうすればいいのか……分からない」緑色の化け物はいった。

「ということで、戻ってきました。自力でね」彼女の変わらぬ声がする。

「え、ど、どうや――」涙が溢れた。

「そんなに泣かなくても。教えてもらった通りに地獄で殴る蹴るしただけよ」

「戻ってっ……きた」俺は嬉しくてたまらなかった。

「戻ってきたよ……」そういって監房で最初にあった時と変わらない微笑んだユリカを見て、少し怯えた。

 地獄での時間は異なる。この世の一瞬が地獄では百年、千年。地獄から帰還した彼女はいったいどのくらい地獄にいたのだろう。孤独だったのだろう。苦しかったのだろう。何故微笑んでいられるのだろう。

「どうしたの? 化け物って強い女の子は嫌いなの? こんなになっちゃった責任とってよ」

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