File38
―― 刹那。
「もう、やめて!」
という耳を劈くような叫び声が聴こえてきて、ただし子さんの意識がその声の主の方へ向いた。怪我による後遺症なのか左足を引き摺るようにして走る逸美さんが、ただし子さんの元に辿り着いた。
「正子、もうやめて。もうこれ以上、自分を苦しめないで」
「……逸美?」
「そうよ。逸美よ。すっかりおばさんになっちゃったでしょ?」
逸美さんは、そう言って微笑んだ。
「足……後遺症が残ったの? 私の所為で……私なんかと仲良くしていた所為で」
ただし子さんの目から水晶色の涙が零れて血の涙の痕を洗い流した。
「誰が正子の所為なんて言ったの? 私は、正子の親友であることを誇りに思っている。今でもずっと。唯一不満があるとすれば、そうね……私を、ううん、私だけじゃない。正子のお父さんお母さん、親戚の人たち、矢走先生、陸上部の仲間たち、正子のことが大好きだった人たちみんなを置いて、ひとりぼっちで居なくなっちゃったこと……私、すごく怒ってるんだから」
逸美さんの言葉を聞いた、ただし子さんから禍々しいオーラが消え、彼女は泣き崩れた。
「ねえ、正子。今から、私と一緒に走らない?」
「あの……俺っちも一緒に走ってもいいですか?」
いつの間にか、ただし子さんと逸美さんの後ろに立っていた虎丸が言った。
「おふたりの間に割って入ってすみません。俺っち、降魔高校陸上部とオカルト部を掛け持ちしている、虎丸 迅っていいます。ちょっと、練習中に怪我しちゃって……主治医には完治しているって言われているんすけど、怪我する前みたいに走れなくなっちゃって」
虎丸は俯き加減で頭を掻いた。
「そうなのね……それは辛いわね。それじゃあ、降魔高校陸上部OGと後輩みんなで一緒に走りましょうか」
ただし子さんの顔に笑みが浮かんだ。憑き物が落ちたような爽やかな笑顔だった。
「あの……二家さんっていったわよね? 酷いことしてごめんなさい」
ただし子さんは、二家に深く頭を下げた。そして、ゆっくりと顔を上げ、辺りを見渡し、
「オカルト部の皆さま、私を救ってくださりありがとうございました。良かったら、降魔高校 陸上部兼風紀委員長 風速 正子のラストランを見届けていただけますでしょうか?」
と言った。
「もちろんです!」
オカルト部一同の声がシンクロした。
終夜先生がスタートの合図をした瞬間、闇に包まれていた旧校舎グラウンドは立派な陸上競技場に変わり真夏のキラキラとした陽光がスポットライトのようにトラックを照らした。観客席からは、二十五年前当時の陸上部員と矢走先生、応援に駆け付けた生徒たちの溌剌とした声が飛び交っていた。首位でゴールを切った、ただし子さんが、そのまま駆け抜けるようにして青空に吸い込まれて逝った。
「無事成仏……できたんだな」
佐茂が言った。
「ところで、奴ら、どさくさに紛れて逃走したようだが、見逃すのかね?」
終夜先生が言った。
「まさか……私も、そこまでお人好しじゃないです」
二家が言った。
「アイツらが悔い改める筈ないから、ちゃんと手は打っておいたなの」
美魂さんが言った。
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