File34

 まだ、ただし子さんのことを思い出せない様子の恐田氏に江口が、

「恐田さん……コイツ、風速 正子っすよ! 風紀委員長で陸上部員だった。いちいち、俺たちのやることに首を突っ込んできた鬱陶しいヤツっす!」

 と言った。

「ちょっとまってよお。あの女なら、そこの屋上から飛び降りて死んだはず……」

 白桃が本校舎の屋上を見上げて指差した。

「ていうか、此処、空気薄くないっすか? 夜だから暗いのは当たり前なんすけど、それにしても此処暗過ぎっていうか、黒いっていうか」

「ち……ちがう……これ、暗闇じゃなくて、黒い蝶」

 ただし子さんが張った結界の内側は無数の黒蝶で埋め尽くされていた。白桃の悲鳴に拍子を合わせるようにして黒蝶たちが愉しそうに乱舞した。

「ひ……卑怯だぞ! 私の息子に罪はないっ! 復讐したいのなら私にすればいいっ!」

 ようやく、二十五年前の事件を思い出した様子の恐田氏が叫んだ。

「はあ。その言葉、熨斗つけて返すわ。直接、私に仕返ししないで私の親友の選手生命を奪ったヤツに言われても説得力ないんだけど。ていうか、『復讐したいのなら私にすればいい』って本気?」

 ただし子さんが、かったるそうに欠伸をしながら言った。

「ほ、本気に決まっているだろうっ! 我が子のためなら何だってできるっ!」

 微妙な間を置いて恐田氏が言った。

「へえ。いっちょまえの親みたいなこと言っちゃうんだあ。そっちのふたりも、恐田と同じ気持ちってことでいいのかな?」

「当然だろうがっ!」

「当然よ! 私がおなか痛めて産んだ子なんだからあ」

 3人の輩を、ただし子さんは、ゴミを見るような目で見てから、


「地縛霊術 其の六『生者の棺』!」

 と、呪文を唱えた。


 すると、恐田 狡毅像と、江口 一色と白桃 艶香像の台座の上に黒い棺が出現した。

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