File32

「あの……2年A組の風速かぜはや 正子まさこさんでいらっしゃいますですか?」

「そうですけど、私に何か用ですか?」

「はい。私、降魔高校2年C組の二家 霊音といいますです。今日は、あなたさまとお話をさせていただきたくて参りましたです」

「へえ。私とお話しねえ。あなた、霊能者でしょう? しかも、本物の。私が二十五年前の今日死んでから、何人か自称霊能者とか自称陰陽師とかは来たけど、本物とお会いするのは初めてよ。私を成仏させに来てくれたんでしょうけど、まだ成仏するわけにはいかないの。やり残したことがあるのよ」

 怒りと悲しみが綯交ぜになったような微笑みを二家に向けながら、ゆっくり立ち上がると、ただし子さんの姿が先ほどまでの生身の人間と見間違うほどの姿から青銅色の銅像へと変容した。

「あの……姿を変化させることができるですか?」

「そうね。二十五年も地縛霊やってたら、いろいろできるようになるわよ。これは私の霊スキルの中でも難易度が高いスキルだから、生者の姿に変化するのは練習中と特別な時だけ。これから浅からぬ因縁があるお客様がいらっしゃる予定だから、少しだけこっちの姿で一休みね」

 二家と話しながら、ただし子さんは本校舎の方へと歩いて行った。

「特別な時が近いですか?」

「ええ、そうね……特別ゲストがそろそろいらっしゃる頃かしらね。丁重におもてなしして差し上げないとね。此処で見物していてくれても構いませんけど、私の邪魔をするようでしたら……コロスカラ」

 二家は、ただし子さんを見てギョッとした。ただし子さんのまわりを無数の黒蝶が螺旋状になって取り囲んでいたからだ。ただし子さんの美しい切れ長の目は狂気に支配されたピエロのように嗤っており、形の良い唇の両端は針金のように細く長くなり、しなった弓のように頬の辺りまで伸びていた。旧校舎の敷地内全域に広がるほどの瘴気に耐え切れない弱い霊たちは敷地の外へと避難するほどだった。身の危険を感じた二家は、白魂くんに目で合図を送った。

「おいっ! 待て! ここから先は危険だ!」

 体育館跡地の方から終夜先生が制止する声と複数人のものと思われる足音が聴こえてきた。

「あら、お客様がおいでになったようね」

 そう言いながら、ただし子さんは台座から飛び降りた。

「おいっ! キサマが息子を攫った犯人なのかっ? 頭がイカれてやがるのかっ? 早く息子を返せっ! こんな真似をして、ただで済むと思うなよっ!」

 パジャマ姿の恐田 狡介氏が、物凄い力で二家の胸倉をつかんだ。小柄な二家の踵が地面から浮き上がった。霊感がない恐田氏の視界には生者の二家しか映し出されていないのだ。

「ち……ちがいます」

 二家は、やっとのことで声を絞り出した。娘同然の相棒が理不尽に暴力を振るわれ激怒した美魂さんが、恐田氏に飛び掛かり首筋をガブリと噛んだ。恐田氏はギャッと情けない奇声を上げ仰向けに倒れた。

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