File31
「あっ! 正子が走ってる! 正子は二十五年前のあの日から、ずっとずっと、独りで練習をしていたんですね」
トラックを走っている親友の姿を見た逸美さんの目から涙が零れ落ちた。
「『にひゃくごほん』何本目ですかね?」
虎丸が言った。ただし子さんの練習を観察する虎丸の目は、いつになく真剣だった。スランプ中で思うように走れない虎丸に、ただし子さんの走りは、走りたいという気持ちに火を付けたようだ。
「『にひゃくごほん』?」
二家と美魂さんが虎丸に尋いた。
「ああ、ごめんさ。ただし子さんの走りに見入ってたさ。『にひゃくごほん』っていうのは、200mを5セット走る練習なんさ。シーズン中だから練習量より質を重視してるみたいだね。俺っちは、シーズン中は『にいぷらいち』つまり、200mプラス100mを3セット走るさ。この練習に入る前にはドリルとダッシュ練習やってた感じですかね?」
虎丸が嬉しそうに逸美さんに尋いた。
「あっ、はい。インハイ前は、ドリル、ショートダッシュの後に『にひゃくごほん』を5セットやっていました。5セット終わったら、筋力トレーニングしてダウンって感じでした」
逸美さんが答えた。心なしか、逸美さんも嬉しそうに答えた。
「ということは、『にひゃくごほん』の練習が終わって、ダウン? を終えたら、ただし子さんに話し掛けても大丈夫です?」
二家が虎丸と逸美さんに尋いた。
「はい。大丈夫だと思います」
逸美さんが笑顔で答えた。暫くの間、一同は、ただし子さんが走る姿を見つめていた。風を切りながらひた走るその姿は凛として、できることなら、彼女から走ることを奪いたくないという思いと、彼女の人生を滅茶苦茶にした輩への憤りが一同の心に湧き上がった。
「そろそろ頃合いですね」
ストレッチをするただし子さんを見て、二家が意を決したように言った。
「とりあえず、おふたりは、ここに隠れて待機していてください。私がピンチに陥ったら、この子をおふたりのところへ向かわせるです」
二家が制服のスカートのポケットから取り出した御守りが真っ白なハクセキレイに変化し、
「ボクの名前は
と言って二家の頭の上に止まり、羽をぱたぱたと広げた。
「よろしくね。白魂くん」
虎丸と逸美さんが白魂くんの愛らしい仕草を見て目を細めた。
「二家、美魂さん、白魂くん、無理はするなよ。ただし子さんを救いたいという想いはひとつだってこと忘れちゃ困るさ」
虎丸の言葉に逸美さんも強く頷いた。
「はい! 忘れてないです。じゃんじゃん頼るですから覚悟してくださいです」
そう言って、二家と美魂さんと白魂くんは、ただし子さんの元へ向かった。
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