File16

 週末。


 終夜先生とオカルト部一同は、降魔市と隣接する鬼長刀市おになぎなたしに佇む、とある一軒家に辿り着いたところだった。少子高齢化が進む鬼長刀市では若者を呼び込むための都市開発が進んでおり活気づいていたが、町外れまで足を延ばすと景色は一変した。人々が発するノイズ、車が吐き出す排気ガス。若者たちに媚びを売った代償として失った緑や澄んだ空気が、此処ではまだ護られている。一同はイヌツゲの木でつくられた生垣をくぐり、平屋の古民家の玄関の前で緊張した面持ちをしていた。玄関まわりに取り付けられている木製の表札には「矢走やばしり」と刻まれている。

「皆、心の準備はできたかい?」

 終夜先生が小声で皆に確認した。皆、こくりと首を縦に振った。

「よし! では、オカルト部顧問として、大人の私が代表してチャイムを押そう」

 そう言った終夜先生の人差し指が緊張でぷるぷると震えていた。

「くっ! 私にあと少し勇気があれば」

 顧問を筆頭にオカルト部員たちは虎丸以外、皆、部の外ではコミュ障である。虎丸がチャイムを押せば済む話なのだが、それでは、終夜先生の面目を潰すことになる。微妙な雰囲気が漂う中、二家の肩に乗っていた美魂さんが終夜先生の肩にひょいっと飛び移って前足でチャイムを押した。美魂さんのおかげで一同の緊張がほぐれた。家の中から「はいー」という男性の掠れた声が聴こえてきた。パタ、パタン、パタ、パタンという、左右どちらかの足に力が入っているような足音が近付いて来て、引き戸が開けられた。

「やあやあ、これはこれは。ようこそようこそ! こんな辺鄙なところまでご足労頂いて申し訳ない。少し膝を痛めてしまってね。外出するのも一苦労なのですよ」

 頭髪の七割ほどが白くなっている好々爺然とした御老輩を見て一同はぽかんとした。元体育教師で降魔高校陸上部の顧問兼監督。弱小だった陸上部をスパルタ指導でインターハイ常連校にまで押し上げた御仁だと聞いていたので、ぶっちゃけビビッていたからだ。

「あ……あの、私、降魔高校の理科教師でオカルト部の顧問をしております、終夜 究一郎と申します。お忙しいところ、お時間を割いていただきありがとうございます」

(あっ、終夜先生、普通の人みたいに喋れるんだ)

 と、一同は心の中で総ツッコミした。

「いえいえ、そう畏まらずに。勤務していた会社も定年退職して子どもたちも各々の家庭を持って、今は婆さんと余生をのんびり過ごしている爺さんですから、時間は山ほどあるのですよ。立ち話もなんですから、皆さん、上がってくださいな」

 そう言って、矢走やばしり 陸三りくぞう氏は柔和な笑みを浮かべた。

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