第145話 領土をもらってしまいました
王国歴163年4月22日 午前10時 シュトラント城 謁見の間にて―――
ついに、この日がやってきた。
レオンシュタインは、これまでの旅が全て懐かしく思い出される。
帰ってきて自分の何かが大きく変わるというわけではなかった。
体重は80kgまで減少し、ティアナに言わせると顔つきも以前よりは精悍な感じ……に見えるらしい。
多くの素敵な人たちと出会い、素晴らしい体験をしたのは確かだった。
「レオンシュタイン、前へ」
シュトラント伯マヌエル卿が
一歩前に足を踏み出し、見慣れたシュトラント城の大広間を見渡す。
正面にマヌエル卿が立ち、その傍らにマインラート卿と執事、護衛の騎士が2名、目に入ってくる。
さらにメイドなど、城で働いている人たちも、興味津々で見つめている。
「これまでの修養、誠に天晴れである。そこで、私からレオンシュタインに領土を
周囲から歓声が上がる。
マインラートは手に2つの巻物を用意していた。
「クリッペン村かエルプガウの町か選ぶが良い」
後ろで控えているレネの口がクリッペンという形を示していたことから、レオンシュタインは即答する。
「クリッペン村を拝領いたします」
あのような寒村、エルプガウよりも遥かに劣ると、周りから嘲るような苦笑が聞こえてくる。
けれども、レオンシュタインは良さそうに見えるところには必ず落とし穴があると固く信じていた。
それが、この旅で得た教訓の一つだった。
「分かった。それでは、クリッペン村をお前に下賜する。現在の村長とすぐに交代し、領主として日々励むがいい」
そう言い渡し、巻物を手渡すと、マヌエルはゆっくりと立ち去って行った。
それに伴い、観客たちも三々五々、広間から退出していく。
城の中でレオンシュタインに祝福を述べたのは、門番のおじいさんだけだった。
その後、レオンシュタインは村長の任命書などの書類を執事から受け取り、レネと共にみんなのいる控え室に戻ろうとした。
すると、目の前にマインラート卿が立ち、通路を塞ぐ。
「レオン、お前に頼みがある」
レオンシュタインはレネに先に行くように話す。
自分たちを害しておきながらと思ったが、顔には出さずに返答する。
「さて、どのようなことでしょうか?」
「ティアナのことだ。実はティアナを側室に迎えようと考えている」
やはり、そのことかとレオンシュタインはうんざりする。
「兄上、以前、ティアナから返答があったと思うのですが」
その場をうろうろと歩き回り、自信のありそうな顔つきでマインラートは答える。
「いや、あれは旅先でのこと。今であれば、その苦しさが身に染みているに違いない」
相変わらず、自分の妄想に基づいた話を展開している。
レオンシュタインに近づき、目を見据えながら強い口調で話しかけてきた。
「お前からもティアナに言い含めてほしい。これは、説得料と領主になったお前への
ずしりと重い袋が手渡される。
「中を確認するがいい。小金貨10枚が入っている」
ケチな次兄殿にしては思い切った額だ。
何のことはない、フリッツからもらったお金が全て入っていた。
レオンシュタインはマインラートを下から見上げる。
「兄上、ティアナには私から話します。ただ、こればかりは本人の気持ち次第ですので」
すると、マインラートはニヤリと笑いながら、
「そこを何とかするのがお前の役目だ。必ずティアナに申し渡せ」
そう話し、その場を立ち去ろうと2、3歩進んだところで足を止め、
「そうだ。最近、クリッペン村までの道中には盗賊が多いと聞く。気をつけて行くのだぞ」
思い出したように付け加えると、その場を去っていった。
(さて、どうしたものか)
クリッペン村までの道中には、マインラートの意を受けたものが手ぐすねを引いているようだ。
ティアナも断ることが決まっているため、面倒事が避けられない。
(やれやれ)
重い気持ちを抱えながら灰色の回廊を進み、仲間の待つ部屋に戻っていった。
ドアを開けると、レネ、ティアナ、イルマの顔がそこにあった。
「レオン、お疲れさま。で、どうだった?」
ティアナは浮かない表情に気付いたのか、心配そうに話しかけてくる。
他のみんなも同様だった。
「ん?」
部屋の中をよく見てみると、飲み物や食べ物に全く手をつけていない。
「なぜ食べないの?」
そう尋ねると、イルマとティアナが答えてくる。
「いや、ティアナがね。この食べ物を給仕した女のことをよく覚えていてね」
「うん、あいつはマインラートの手先だったと思う。だから、何をされるかわからないよ。用心しなくちゃね」
3人で話し合った結果、そう決めたらしい。
レオンシュタインは溜息をつくと、巻物を机に置きながら、
「レネから聞いた? クリッペン村の村長になったんだ」
と話した。
イルマとティアナは頷きながら、とても喜んでくれた。
「良かったのかな? クリッペン村で」
レネの方に顔を向け、レオンシュタインは尋ねる。
「エルプガウの百倍はマシでございます。エルプガウには評判の盗賊団が
レネは相変わらず淡々と答え、すぐにこの場を離れようと進言する。
「話は馬車の中でいたします。ここでは聞かれたくない話もございますので」
レネはそう答えると、すぐにドアを開け、スタスタと控え室から出て行った。
レネを追って歩いていく中で、レオンシュタインは先ほどの会話を思い出す。
「そうだ、ティア。実はマイン……」
「ストップ! それは道中で聞くから」
「いや、実はマインラート……」
「レオンシュタイン様、当然、その場で断ってくださいましたよね」
ティアナの目が咎めるようにレオンシュタインを見つめる。
「え、いや……」
「正直にね」
ティアナの手からパリパリという乾いた音が聞こえてくる。
「二人とも、その話も後です。すぐに馬車に乗りましょう」
中庭に出て、馬車を待機させている所へ急ぐ。
しかし、門の横にマインラートが手勢を率いて待っていた。
軽装の騎士10名と弓兵3名が控えているのが見える。
「レオン。先ほどの話はどうなった?」
「兄上、どうしてそんなにティアナにこだわるのです? 兄上には相応しい家柄の姫君がいくらでもいるでしょう」
しかし、マインラートは顔色を変えて反論してくる。
「レオン! お前、隠しているな。ティアナが絶世の美女であることを。そのような美女は私にこそ相応しい!!」
すると、横からティアナが口を挟む。
「全然ふさわしくないよ。それに、私はこの旅の間、ずっとレオンシュタインと同じ部屋で眠ってきたよ。その意味がわかるでしょ?」
平然と言い放つティアナに、マインラートはやや
「レオンシュタイン。お前は年端もいかない少女に……」
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