第144話 フリッツの外交無双

 王国歴163年4月20日 午前10時 シュトラント城 謁見の間にて―――


「本日は新シュトラント伯マヌエル卿にお目通りが叶いまして、これに勝る喜びはございません」


 頭を床につけんばかりにしてフリッツは拝謁はいえつの礼を述べる。


「フリッツ卿、3年前の婚約者の出来事は気の毒に思っていた。今日は久々に会えて嬉しく思う。して、何用か?」


「はっ。実は私、縁あって弟君レオンシュタイン様の旅に同行しております」


 マヌエル卿はやや眉をひそめ、警戒するような表情になる。

 隣に立っているマインラートは表情を変えずに、近くに屹立きつりつしていた。

 壁際には執事、警備のための騎士2名が並んでいる。


「北の帝国や王国にて、様々な修行を積まれております。特に王国において、グライフ公爵ウルリッヒ卿、ご子息ルドルフ様と交流をもつことができました」


「ほう、ウルリッヒ卿とルドルフ様に……」


 マヌエルやマインラートは、王国の一大勢力であるグライフ家との交流はシュトラントによい影響をもたらすと考える。


「実はウルリッヒ卿より新シュトラント伯就任のお祝いをいただいております。多忙の折、遅れたことを詫びるとウルリッヒ卿はおっしゃっておりました」


「何! ウルリッヒ卿から! そ、それはありがたいこと」


 椅子からやや腰を浮かせながら、マヌエルは答える。

 執事達にも驚きと喜びの輪が広がっていく。


「また、その慶事に先駆けて、レオンシュタイン様よりお祝いを預かっております。ウルリッヒ卿との交流を祝して、これまでの修行で得たものを差し出したいと」


「それは殊勝なことだ」


 フリッツは傍らに置いた飾りのついた木箱を開き、中身をマヌエルに見せ、


「小金貨30枚(約3000万円)でございます」


 と話し、執事に持っていくようにお願いする。

 執事はやや震えながら、木箱をマヌエルの横のテーブルに置く。

 マヌエルは驚いた様子でその金貨を眺め、


「どうやら立派に修行を行っているようだな」


 とねぎらいの言葉を発した。

 ただ、それは金貨に対するお礼に他ならなかった。


「はっ。全て兄上のおかげであるとレオンシュタインは申しております。そこで、マヌエル様にお願いがございます」


「何だ?」


「レオンシュタイン様は修行を終え、シュトラントに戻りたいと申しております。それというのも、レオンシュタイン様はウルリッヒ卿より王国外交補佐官に任じられる運びとなっております」


 マヌエルはやや不快げな表情を見せる。

 フリッツはそれを察し、へりくだる態度をさらに強める。

 と同時に、執事にウルリッヒ卿からの手紙を渡す。


「領土なしで外交補佐の仕事をいたしますと、シュトラントが無用のあなどりを受けないか心配でございます。シュトラント伯の名声に傷がついては一大事と、レオンシュタインはそればかりを心配しております」


 マヌエルは即答を避け、かたわらのマインラートに目を向ける。

 マインラートは、軽く頷き、首を横に振る。


「そのことについては即答はできん。明日、また来るように」


「はっ。本日は大切なお時間を使っていただき、誠にありがとうございました」


 頭を深々と下げると、フリッツは謁見の間を退出していった。

 マヌエルは執事に飲み物を持ってくるように命令する。

 

「マインラート。お前、どう思う?」


「レオンはどうでもいいですが、ウルリッヒ卿の不興だけは避けたいですね」


 ほぼ同じ考えにマヌエルは安堵する。

 執事から渡された文書には、レオンシュタインを外交補佐官に任じるにあたり、シュトラント伯爵の許可をもらいたいという内容が書かれてある。

 断るわけにはいかないが、自分の直轄領を与えるのは気が引ける。


 沈黙の中、執事が白ワインをもって戻ってきた。

 マヌエルはマインラートにグラスを勧め、自らもワイングラスを手に取る。

 マインラートはグラスを手に取りながら、昨日の一件を思い出す。


(レオンシュタインに領土を与えるような流れに……)


 §


 謁見の前日。

 屋敷に尋ねてきたフリッツは、小金貨5枚(500万円)をマインラートに差し出し、何とか修行を終わらせてほしいこと、小さくても領土が欲しいことを訴えてきた。


「なにとぞマインラート様のお力添えをお願いします。レオンシュタインに付き添っている者達は長旅に辟易しております。その日暮らしはもうたくさんでございます」


「ほう。そんなに不満が高まっておるとは……」


 内心の歪んだ喜びを隠そうと厳しい表情を作る。


「はい。ただ、ウルリッヒ卿の依頼があるため、離れるわけにもいきません。かなり親しく交流していたものですから。帝国からお金も……」


 そこで口を閉ざし、マインラートを見てニヤッと笑う。


「そこで、願いが聞き届けられましたら、さらに小金貨5枚を献上いたします」


「分かった。そうなるよう働きかけてみよう」


「ありがとうございます」


「ところで、フリッツ卿。俺に使える気はないか?」


 ワインをフリッツに手渡し、椅子に座るよう促す。

 フリッツはぎこちなく椅子に腰掛ける。


「とてもありがたい話ですが、レオンシュタインから離れてしまっては、お金が手に入りにくくなります。私もお金は欲しいですから。ただ、働くならマインラート卿のためにと思っております」


「うむ、これから親交を深めようぞ」


「あ、ありがとうございます」


 空中で乾杯をし、ワインを飲み干すと、フリッツは頭を床につけ、そのまま退出したのだった。


 §


「兄上、クリッペン村かエルプガウの町はどうでしょう。クリッペン村は犯罪者が送られる廃村、エルプガウには現在、盗賊団がはびこっております。どちらを与えても痛くはありますまい」


 マヌエルは満足そうにマインラートを眺める。


「それはよい。どちらも税は徴収できるしな。さすがはマインラートだ」


「お褒めにあずかり恐縮です」

 

 窓から太陽の光が差し込み、周囲の調度品がいっそう輝く。

 父親の時よりもさらに多くの絵画や彫刻が置かれており、芸術への造形が深いことが分かる。

 

「まあ、とにかく臨時のお金が入ったのだ。奴が来たら祝賀の宴でも開いてやるとするか」


「さすが兄上、お心が広うございますな」


 二人は顔を見合わせて、優雅に笑う。

 これによってレオンシュタインの帰国が決定した。

 次の日、そのことをマインラートより知らされ、フリッツは小金貨5枚を手渡し、深々とお礼をする。

 マインラートは、ほとんど何もせずに金を受け取ることになり、ご満悦だ。


 フリッツは、すぐにマインラートの屋敷を離れると、道中で喜びを爆発させた。


(我が事なれり!)


 宿に着くと、すぐにレネに向けて帰国するようにとの早馬を飛ばすのだった。


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 〇フリッツさんが大活躍! 

 彼は財務運営以外にも謀略、計略の才にたけています。

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