第37話 無力感
僕は、教室に戻って、ようやく永井さんに拒絶されたという事実を現実のものとして受け入れることができるようになっていた。
しかし、僕は、未だに拒絶された理由がわからず、意気消沈したままだった。
――一体、何が原因なんだ……?
保健室の飯野先生の口ぶりだと僕に原因があるように思えるが、思い当たる節が全くなかった。
「はあ……」
僕は、ため息をついた。
「大丈夫……? 元気がないみたいだけど……」
ため息をつく僕に、愛理が心配そうな顔をしながら声をかけてきた。
「うん……大丈夫……。なんか、寝不足みたいでちょっと体調が悪いだけだから、気にしないで……」
僕は、そう言うと、自分でもわかるぎこちない笑顔を愛理に向けた。
「そう……。私には、精神的に疲れてるように見えるけど……。私でよければ、いつでも話聞くから……」
――永井さんのことで思い悩んでいるなんて愛理には、言えないな……。
愛理に好意を抱いている以上、他の女の子との人間関係のことを相談するなんてそんなことは、できない。
愛理が向けてくれる優しさが鋭いつららののようにそんな僕の胸に突き刺さった。
「う、うん……。ありがとう……」
罪悪感を感じながら僕は、愛理に言うと、そのまま机に突っ伏した。
――この問題は、できるだけ自分の力で何とかしないとな……。
今回は、前回のように光瑠君を頼ったりすることは、できないだろう。
僕がそんな風に思考を巡らせていると、机に置いておいたスマホの画面が光った。
『永井さんとなんかあった?』
ゆきちゃんからメッセージが届いていた。
僕が後ろを振り返るとゆきちゃんは、スマホを操作し続け、僕の方には目をくれなかった。
――愛理に勘繰りされないようにしてくれてるのか……。
僕は、ゆきちゃんの意図に気づくと、スマホに慣れた手つきで文字を入力した。
『ゆきちゃんには、お見通しか……。まあ、そんなとこだよ……』
僕がそうメッセージを送ると、すぐに返信が返ってきた。
『やっぱり……何があったの?』
『そろそろ授業始まるし、後で時間があったら話すよ』
僕は、自分のことを好きだと言ってくれているゆきちゃんに永井さんとの関係に関して相談するのは、気が引けたため『後で時間があったら』という断る際の決まり文句で、はぐらかした。
僕が、スマホをポケットにしまい3限目の現代文の授業の準備を始めると――
「ちゃんと私のこと頼ってよ……。まこちゃんの馬鹿……」
ゆきちゃんがボソッと呟いたのが聞こえた。
――そうは、言ってもな……。
僕は、そんなゆきちゃんの呟きを聞いても、ゆきちゃんの好意につけこむようなことは、できないと意見を変えなかった。
僕は、ゆきちゃんの呟きは、聞こえなかったことにしてそのまま、授業が始まるのを待った。
***
そのまま僕は、これから永井さんとの問題に対しどうすべきかを考え続け、ぼんやりと1日を過ごし、気づけば放課後になっていた。
昼休みも愛理やゆきちゃんのみならず、秀一や樹にも心配をかけてしまい、僕は、申し訳ない気持ちを抱えつつも、部活に顔を出していた。
「みてみて! この写真すごく良くない!?」
さっちゃん先輩が興奮気味に言った。
先日の浅草遠征で撮った写真をプリントアウトしてきたみたいで、先ほどから先輩がウキウキとしながら僕たちに写真を見せてきていた。
「そ、そうですね……」
僕は、自分の写っている写真を見て、気恥ずかしいと感じずにはいられなかった。
愛理もどうやら同じみたいで、あまり写真を見ないようにしていた。
「いやー、ほんとに2人ともありがとう! これは、私の今まで取った写真の中で間違いなくベストショットだよ!」
「それなら、よかったです! あ、さっちゃん先輩……ちょっといいですか……?」
愛理は、そう言うと、先輩と何やら2人でこそこそと話出した。
――2人で何をこそこそ話しているんだ……?
「あー、そういうことね……。そういうことなら任せて!」
先輩がニコニコと微笑みを愛理に向けていた。
「ありがとうございます……」
愛理が少し頬を赤らめながら言った。
「あの、2人で何を話していたんですか……?」
僕が先輩に聞くと――
「あー、真琴君は気にしないで! こっちの話だから! それより、次のテーマなんだけど……」
先輩は、あからさまに話題を逸らしてきた。
どうやら、僕に話してくれる気は、ないらしい。
――気になるけど、まあ、いいか……。
僕は、その後、ぼんやりと先輩の話を聞いていた。
「真琴君……? 大丈夫……? なんか今日ずっと心ここにあらずって感じだけど……?」
先輩が僕の顔を覗き込むようにしながら話しかけてきた。
――あれ? いつの間にか話が終わってる……?
ふと、愛理の方に目をやると、カバンを持って立ち上がっていたため、もう部活も終わったのだろう。
「あ……はい……。大丈夫ですよ……。すみません……」
「まあ、明日から休みだし、ゆっくり休むんだよ……?」
先輩がそう言いながら優しく微笑んできた。
「はい……そうします……。後、さっちゃん先輩……今日、部活終わった後、どこか寄り道してくって話、また今度でもいいですか……?」
申し訳なさを感じつつも、今の僕は、先輩の恋愛事情に構っている余裕は、なかった。
「さすがにそんなこの世の終わりみたいな顔をしている人に無理はさせられないよ……まあ、代わりに愛理ちゃんに来てもらうから大丈夫! 気にしないで!」
先輩がそう言うと、愛理が肩をビクッと上げた。
「え、私ですか!?」
「うん、そうだよ! もちろん来てくれるよね……?」
先輩が愛理に圧をかけていた。
――愛理……ごめん……。
僕は、愛理に心の中で謝った。
「わ、わかりました……行きます……」
愛理は、震えた声で言うと、泣きそうな表情で僕を見ていた。
――ほんとにごめん……。このお詫びは必ずします……。
「それじゃあ、私たちは、お先に失礼するよー!」
先輩が愛理の手を取ってぐいぐいと引っ張りながら部室を出て行った。
愛理たちが出て行くと、静けさが部室を支配した。
野球部の掛け声が外から聞こえてきた。
「僕も帰るか……」
特にわけもなく僕は、呟いた。
***
いつもは、さっちゃん先輩が部室の鍵を返すのだが、今日は、僕が部室を出るのが最後だったため、部室の鍵を職員室に返しに来ていた。
「失礼しましたー」
職員室に鍵を返し、下駄箱へ向かっていると――
「霧崎……?」
後ろから声をかけられた。
僕が振り返ると、光瑠君が立っていた。
「あ、光瑠君……」
正直、僕は、今、光瑠君には、会いたくないなと思っていたが、僕の願いとは、裏腹に出くわしてしまった。
「どうした……? そんな浮かない顔して」
「いや、ちょっと色々あってね……」
僕が、苦笑いをしながら言うと――
「鈴音と揃いに揃って、何を悩んでるんだか……」
光瑠君が少し呆れた顔をしながら言った。
僕は、一瞬、永井さんの名前が出て、心臓が跳ね上がるのを感じた。
「あはは……それじゃ、僕は、もう帰るから……光瑠君、部活頑張ってね」
僕が、ぎこちなく笑顔を作りながら言って、その場を立ち去ろうとすると――
「霧崎……もしかして、鈴音と何かあったか……?」
光瑠君が僕のことを呼び止めた。
「い、いや、そんなんじゃ……」
僕は、思わずたじろいでしまった。
そんな僕を見て、光瑠君は、ため息をついた。
「ったく……少しそこで待っててくれ、もう部活も片づけだけで終わりだから」
そう言い残し、光瑠君は、小走りで部室の方へ走っていった。
――結局、こうしてまた、光瑠君のことを頼っちゃうのか……。
自分の力で何とかしなければいけないと思いつつも、なりゆきとはいえ、結局、光瑠君を頼る形になってしまった。
野球部の掛け声と吹奏楽部の部員たちが奏でる楽器の音が鳴り響く校舎で僕は、無力感に苛まれた。
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