第29話 愛理と遊園地デート 後編


「「はあ……」」


 僕と愛理はベンチに座りながら深いため息をついていた。


 調子に乗って絶叫系のアトラクションばかりに乗った結果、2人とも乗り物酔いしてしまったのだ。


 そして、まだ乗っていない絶叫系アトラクションは残すところジェットコースターのみとなっていた。


「まだ私は、いけるわよ……」


 愛理がいつもより少々青ざめた顔をしながら言った。


 ――いやいや、どう考えてもやめておいた方が……。


 そんなことを考えつつも僕は――


「僕もまだいけるよ……」


 くらくらする頭を押さえながら言った。


 絶叫系アトラクションの目玉であるジェットコースターを前に敵前逃亡を図るなど言語道断だ。


「本当に大丈夫……? 顔色が悪いけど……」


 愛理が心配そうな顔をしながら言った。


「う、うん……本当に大丈夫……! そういう愛理こそ顔色が悪いけど……」


「え、ええ……! 大丈夫よ……! きっと光の当たり方のせいよ……!」


 僕も愛理も意外と見栄っ張りなのか、両者一歩も退かない攻防を繰り広げていた。


「「……」」


 僕と愛理は無言でお互いの顔色を窺っていた。


 お互いに『少し休憩してからジェットコースターに乗ろう』とどちらかが言うのを待っているのだ。


 正直、自分でも不毛な戦いをしていることはわかっているが、ここまで見栄を張っておいて、今更、少し休憩しようなんて、決まりが悪くて言えなかった。


 そんな時だった――


「お兄ちゃんたちこれあげる!」


 僕と愛理は驚いて顔を上げた。


 顔を上げると、僕たちの前に5歳くらいの男の子が飴を僕たちに差し出しながら立っていた。


「え、私たちに?」


 愛理が呆気に取られながら言った。


「うん! なんか喧嘩してたから仲直りしてほしいなーって!」


 男の子は、天使のような笑顔を浮かべながら飴をグイグイと前に差し出してきた。


「そっか……ありがとうね……!」


 そう言うと、愛理は男の子に微笑みかけながら飴を受け取った。


 そんな様子を見てると――


「はい! お兄ちゃんも!」


 男の子が僕にも飴を差し出してきた。


 ――全く……こんな見ず知らずの小さい子供にも気を遣わせるなんてね……。


 僕は、心の中で反省した。


「ありがとう!」


 僕がそう言うと――


「うん! ちゃんと仲直りするんだよ! 言いたいことはちゃんと言わなきゃだめってママが言ってた!」


 変わらず笑顔を浮かべながら男の子は言った。


 特に喧嘩をしていたわけではないが、問題の本質をこんな小さな子供に見抜かれていたことに僕は驚いた。


「そうだね……! そうするよ……!」


 僕がそう言うと、男の子は『うん! じゃあね!』と言い残し、母親と父親の元へ駆けて行った。


「「……」」


 少しの沈黙の後――


「あの子の言う通りね……。私、少し休みたいわ……」


「うん……。僕も休みたい……」


 あの男の子が僕たちに言った通り、ずっと言いたかったことをお互いに言った。


 ――こんな簡単なことをできなかったなんてな……


 僕がそんなことを考えていると――


「それじゃ、さっきよさげなカフェみたいなところ見つけたからそこで休みましょ」


 愛理は、微笑みながら言った。


「うん……! そうしよう!」


 僕も愛理に微笑み返した。


「それにしても……あなたも結構子供っぽいところがあるのね……」


 ふふっと僕をからかうように笑いながら愛理が言った。


 ――うう……恥ずかしいな……。


 決まりが悪くて、僕が顔が少し熱いのを感じながら頭を抱え込んだ。


「ごめん、少しからかいすぎたわ……」


 僕が顔を上げると愛理が少し困ったような表情を浮かべていた。


「でも……」


 愛理の表情が綻んだ。


 そして――


「そういうところ可愛いと思うわよ」


 愛理が、僕の顔を下から覗きこむようにしながら言った。


 ――ふぇっ……!? 可愛い……!?


 人生で可愛いなどと言われたのは、幼稚園のときを除くと初めてだったため、気恥ずかしさが一気に押し寄せてきた。


「そ、それは、喜んでいいのかな……?」


 僕は、さっきよりも顔が熱いのを感じながら俯いて言った。


「え、ええ……いいんじゃないかしら……!?」


 ――そこは、自信持って答えてほしいな……


 心の中で苦笑していると――


「ぼさっとしてないで、早く行くわよ……!」


 愛理に手を引かれた。


 ――どうしても、意識してしまうな……。


 さっきまでは、絶叫系アトラクションに乗って気を紛らわすことができていたが、こんな風に接触すると簡単に現実に引き戻されてしまっていた。


 そんな僕を他所に、愛理は楽しそうに笑顔を浮かべながら歩いている。


 ――多分だけど、僕はもう……。


 楽しそうに歩く愛理の横顔を見て、僕が目を背けている感情を認めざるを得なくなってきていることを実感した。


***


 僕たちは、カフェで少しお茶をして体力を回復させ、ジェットコースターに乗った。


 僕たちが、ジェットコースターを乗り終えたころには、僕たちが帰る予定の時間が近づいていた。


「結構いい時間だけど、どうする?」


 僕が聞くと、愛理がしばらく考えるそぶりを見せた。


 そして――


「えっと……あれに乗りたいわ……」


 愛理はおそるおそる言いながら、指をさしていたのは観覧車だった。


 僕は、茜色に染まりだしている空を見上げた。


 ――観覧車か……結構綺麗な景色を見れそうだな……。


「うん……! いいよ……!」


 僕がそう言うと、なぜだかはわからないが、愛理がホッとしたような顔をしていた。


「それじゃ、行きましょ!」


 愛理が少し嬉し気な様子を見せながら先に進んでいった。


***


 観覧車がゆったりとした速度で回っている。


 茜色の光が観覧車の窓から差し込み、僕たちをも茜色に染め上げていた。


「「……」」


 そんなどこか幻想的な空気感が漂う観覧車の中で沈黙が支配していた。


 ――密室に2人きりになるの完全に忘れていた……


 どうしても愛理のことを意識してしまい、何を話そうか全く思いつけない。


 僕が、何を話そうかぐるぐると思考を巡らせていると――


「ね、ねえ……1つずっと聞きたかったことあるんだけどいいかしら……?」


 何か心を決めたかのような表情をしていた。


 ――愛理が僕に聞きたいこと……? 何だろ……?


「うん。いいよ?」


 僕がそう言うと、愛理は少し間をおいて――


「霧崎君って永井さんと仲いいの……?」


 真剣な顔をしながら言った。


「え……?」


 僕は思わず呆けた声を出してしまった。


 ――なんで愛理がそれを……?


「ほら、霧崎君が倒れたときに渡辺君が鞄持っていったはずなのに、永井さんが飛び出した後、渡辺君が入れ替わりで帰ってきたから……」


 ――ああ、なるほど……。そういうことか……。勘がよすぎない……?


 事情を理解して僕は――


「うん。中学生のとき、塾が一緒で知り合いだからたまに話したりはするよ」


 愛理に、永井さんとかなり親しい仲だと話してしまうと愛理が気を遣って僕から離れていってしまうかもしれないと思い、僕は、咄嗟に親しい仲であることをぼかした。


「ほんとにそれだけ……? 好きだったりしないの……? あんなに可愛いんだし……」


 ――嘘をつくのは、心苦しいけどほんとのことなんて言えない……


 僕は、嘘を重ねた。


「うん。ほんとにそれだけだよ……。仮に僕が永井さんが好きでも相手にされないって……!」


 愛理に嘘をつき、自分の永井さんに対する気持ちにも嘘をついてしまったせいか心の中にドロドロとした罪悪感のような感情が湧いてきた。


「そう……」


 愛理がなぜかホッと息をついたように見えた。


「う、うん」


 僕たちがそんな話をしている内に観覧車は頂上を通り過ぎようとしていた。


「綺麗ね……」


 観覧車の窓から見える景色を眺めながら愛理が言った。


「そうだね……」


 そうは言ったものの僕の目には、美しいはずの景色が罪悪感のせいか、沈んだ色のフィルターがかかって見えてしまっていた。


 罪悪感を感じながらも、そのまま僕たちは、他愛のない話をしたりして観覧車が開始地点の戻るまで過ごした。


***


 観覧車を降りた後、僕たちは、まっすぐ駅に向かった。


 そして、今、僕たちは、既に乗り換えも終え、各々の最寄駅に向かう電車に乗っている。


「ふう……」


 僕は、もう後は帰るだけだとほっとし、息をついた。


「疲れたわね……」


 愛理もどうやら疲れているみたいで、少し眠そうな声をしていた。


「そうだね……」


 ――僕もだんだん眠くなってきた……


 その後、会話もなく電車に揺られていると――


 愛理が僕の肩にもたれかかってきた。


 驚いて愛理を見ると、すやすやと息をしながら寝ていた。


 ――いやいや、マジですか……? これは、まずいと思うんですが……


 そう思いつつも僕は、起こすのも悪いと思い、そのまま愛理の寝息を聞き続けていた。


 ――薄々分かってはいたけど、もう認めざるを得ないな……


 僕の肩にもたれかかりながら眠る愛理を見て、僕は、自分が目を背け続けていた感情がもう無視できないところに来てしまっているのを感じた。


 僕は、愛理のことを恋愛的な意味で好きになってしまった。


 永井さんのことを追いかけて同じ高校にまで来たというのに、愛理のことまで好きになってしまったのだ。


 ――これから2人とどう接すればいいんだろう……?


 今の僕は、どうすればいいのかどんなに考えてもその答えに達することはできなかった。


 ――今、考えても仕方ないか……。


 僕は現実から逃れるように今の心地良い空間に身を委ねることにした。


 そして――

 

 眠気が限界を迎え、僕は、意識を手放した。


 それからしばらく経って、僕の意識が戻ったときには、電車は既に僕と愛理の降りる駅を通過していた。

 



 




 


 








 


 




 



 






 



 




 


 



 




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