第27.5話 持ちつ持たれつ

 

 愛理を駅で見送った後、未だに名残惜しさを感じながら僕は、先輩とスカイツリーに向かって歩いていた。


 ――この名残惜しさは、一体……?


 僕は、ずっとぼんやりと考え続けている。


「はあ……」


 僕は、この感情の正体がわからずため息をついた。


「真琴君! 女の子と一緒にいるときにそんなため息ばっかりついてちゃダメだよー!」


 そう言われ、横を見ると先輩が頬を膨れさせていた。


「あ……すみません……」


 僕は、そう言われてもなお、少し心ここにあらずな声で言った。


「全く、もう……! そんなに愛理ちゃんがいなくなって寂しいのー? 私じゃ不満ー?」


 ――なんでこういうとき鋭いのかな……。


「いや……! そういうわけでは……! 全然寂しくないし、不満じゃないです……」


 僕が少し頼りなさげな声で言うと――


「またまたぁ! そう言って! 愛理ちゃんのことで何か悩みでもあるのー? さっちゃん先輩に話してみ!」


 ――先輩に相談か……。少しというかかなり心配だな……。


「いやいや、悪いので大丈夫ですよ! 大したことでも何でもないので!」


「遠慮しないでよー! これでも先輩なんだから! ご飯でも一緒に食べながら話そうか!」


 そう言って、先輩はズンズンと先に進んでしまった。


 ――これは、もうご飯行くコースだな……。


 こうなったら先輩を止めることはできないため、僕は諦めた。


***


僕と先輩は、せっかくここまで来たからと言い、オシャレなディナーをしようとしたが、価格設定がバイトをしていない高校生には少し厳しかったため、結局ファミレスでご飯を食べることになった。


「いやー! 後輩と一緒にご飯とか初めてだよー!」


 先輩は目を輝かせながらメニューを眺めている。


「あはは……どうせなら愛理も一緒ならよかったですね」


 ――あ、つい、また愛理のことを言ってしまった……。


 愛理と別れてからかなり経ったが、まだ名残惜しさは消えてくれない。


 僕が、そんなことを考えていると――


「そうだねー……! まあ、それはそうとして……! 突然だけど、真琴君って愛理ちゃんのこと好きなのー?」


 注文するためのタブレット端末を操作しながら先輩が言った。


 僕は、一瞬、突然の質問に固まってしまった。


 ――いやいや、そんなわけがないだろう……。


 異性を相手にしているのだから多少ドギマギしてしまう場面はあるが、それと恋愛感情があるかは別なはずだ。


 それに、好きになっちゃいそうだから気をつけようとか思ったことがないわけではないが、日々を共に過ごしていくうちにそれにも慣れたつもりだ。


「いや、まさか……! そんなわけないじゃないですか……! あはは……」


 ――うん、そんなことあるはずがない。


「えー、ほんとにー? 私は、てっきり真琴君は愛理ちゃんらぶ! って感じかなって思ってたんだけどなー」


 先輩は面食らったような顔を浮かべていた。


『ちゃんとその思いを貫いて永井さんと付き合えるようにこれからも頑張るんだぞ……!』


 始が僕に言った言葉が頭の中をリフレインした。


 ――僕には、心に決めた人がいるんだ……。僕が、永井さん以外の女の子を好きになるなんて、そんなことはありえない。


 先日の楽しかった永井さんとのデートでの光景が頭の中で流星の如く再生された。


「そもそも、僕好きな人がいるので!」


 必死に永井さんのことを考えていたせいか、僕は、このことは話すつもりがなかったのに口を滑らせてしまった。


 ――あ、ミスった……。


「えええええ! 真琴君好きな人いたのー!?」


 先輩が身を乗り出していた。


 様子を見るに完全に興味津々といった様子だ。


「ま、まあ……はい……」


「えー! ビックリだよー! 同じ高校の人!?」


 もう僕に好きな人がいるという情報を先輩は知ってしまったのだから、少し詳しく話したところであまり大した問題にならないだろう。

 

 僕は、諦めて大方のことを話すことにした。


***


 僕は、永井さんの名前を伏せはしたがだいたいの事情を話した。


「真琴君……好きな子と同じ高校に通いたくてそんなに勉強頑張ったなんて……意外とカッコいいところあるじゃん!」


 先輩は、もぐもぐと猫を彷彿とさせるロボットが運んできたハンバーグを食べながら言った。


「あはは……ありがとうございます……」


 ――意外とは余計な気がするんだけど……。


 僕がそんなことを考えていると――


「でもさ、そんなに好きな女の子と真琴君と愛理ちゃんたちは同じクラスなわけじゃん……? 普通、愛理ちゃんと距離を取ろうとしないかな? 好きな人に勘違いされたくないだろうし……」


 僕は、そう言われて、今まで自分が愛理と距離を置こうとしたことが1度たりともないことに気がついた。


「確かに、そうですね……。まあ、でも、愛理は友達ですし大切にするのは当たり前では……?」


 僕がそう言うと先輩は少し間をおいて――


「真琴君はさ、男女の友情って成立すると思う……?」


 そんなことを聞いてきた。


 僕は、少し考えさせられたが――


「はい……。すると思います……」


 今の自分の考えをまとめるとこう答えるほかないだろう。


 僕の答えを聞いた先輩は、いつになく真剣な顔で――


「じゃあさ、真琴君がその好きな子と付き合えたとしよっか……? その時も愛理ちゃんと今と同じ距離感で接するつもりなのかな……?」


 僕が今まで考えたこともなかった致命的な問題を突き付けてきた。


「それは……」


 僕は、言葉に詰まってしまった。


 確かに、僕が永井さんと付き合うことができたら愛理と今まで通りの距離感で接するわけにはいかなかくなるだろう。


 ――でも、愛理も大切な友達だ……。僕は、仮にそうなったとき愛理を遠ざけることができるかな……?


 僕が思考を巡らせていると――


「あはは……ごめんね……! ちょっと今考えるには重たい話だったね……!」


 先輩が少し困ったような顔を浮かべながら言っていた。


「いえいえ、僕もいずれ考えなきゃいけないかもしれない問題に気づけましたから……」


 僕は、あはは……。と、先輩に、少しぎこちなく微笑みかけた。


「後、1つ気づいたんだけど、いいかな?」


 先輩が急に思いついたかのような様子を見せながら言った。


「はい。いいですよ……?」


 ――一体何に気づいたんだろ……?


「真琴君さ、今、好きな女の子と愛理ちゃんを天秤にかけたとき決められなかったじゃん……? 普通はさ、即好きな女の子一択だと思うんだ」


 ――まあ……さっきも言われたけど、そうだと思う。


 先輩の言葉に僕は、無言で頷いた。


「それなのに2人を天秤にかけたときに、どうするか決められないってことはさ……」


 僕は、ごくりと生唾を飲んだ。


 そして――


「真琴君は、愛理ちゃんのこともきっとその好きな子と同じくらい大事に思っているんだと思うよ……? そのことには、ちゃんと気づいた方がいいと思うな……!」


 ――いやいや、何度も言ってるけど、確かに愛理は大切な友達だ。しかし、そこに恋愛感情なんてないはずだ……ましてや、永井さんは僕にとって唯一無二の替えの効かない特別な存在だ……そんな簡単に、愛理までもがその座に座るなんて……


 僕の頭が予期していなかった事態に茹で上がりそうになっていた。


「ごめんごめん! ちょっと踏み込みすぎたかな……?」


 先輩は、少し反省の色を顔に浮かべた。


「でも私の目にはそう見えたんだー。もしかしたら、私の言ったことは間違っているかもしれないし、合っているかもしれない。だから、心の片隅にでも留めておくといいと思うよ……!」


 先輩はそう言うと、ニコッと微笑みかけてきた。


「はい……そうですね……」


 僕は、まだ先輩の言ったことをうまく呑み込めずにいた。


 正確には、先輩の言っていることを認めてしまったら自分が同時に2人の人を好きになってしまっている状態であると認めることになってしまうため、僕は何としてでもそれを否定しようとしていた。


「ま、この話はここまでにして……私からも1つ相談があるんだけどいいかな……?」


 先輩が突然話を変えてきて僕は思わず面食らってしまった。


「は、はい……? いいですけど……?」


 ――先輩から僕に相談……? 一体何のことだ……? 今度の撮影のこととか……?


 僕は、この後、自分の身に起こる悲劇を予想せずに呑気なことを考えていた。


 そして――


「渡辺秀一君のことなんだけど……」


 ――あ、そうだった……。先輩、この前、秀一に気があるそぶりを見せてたな……。これ、やばいやつじゃ……?


「は、はい……。秀一がどうかしました……?」


 僕の杞憂は当たることになる。


「今度、一緒に出かけたいんだけど、真琴君と愛理ちゃんも誘ってダブルデートってことにしたいなぁー……。なんて思ってるんだけど、どうかな……?」


 さっきまでの優し気な雰囲気は完全に鳴りを潜め、先輩は、いつもの有無を言わせない圧を放っていた。


 ――やばいやばいやばい……! うまいことはぐらかして、秀一のことを守らないと……!


 先輩が僕たちが補習を受けていた教室を襲撃したときの秀一が先輩に怯えていた姿が脳裏をよぎった。


「そ、それは……僕からは……なんとも……。秀一に直接聞いてみてください……」


 ――秀一には、後で伝えておいて秀一を先輩に会わせないように立ち回ればなんとかなるはず……!


 そんな僕の淡い希望は、すぐに打ち砕かれた。


「えー、秀一君に1人で直接話かけに行くなんて恥ずかしいよー……! だからさ、真琴君に協力してほしいな……? もちろん協力してくれるよね……?」


 ――目が笑ってないよ……。もう、ノーなんていえない雰囲気だよ……。


 しかし、秀一のためだ。


 僕は、まだ粘ることにした。


「じゃあ、僕が秀一に都合のいい日を聞いておくのじゃダメですか……?」


 ――これなら、先輩を秀一に会わせずに予定が合わなかったと断れる……!


 しかし、僕のこの策略もすぐに打ち砕かれた。


「ダメだよー。それじゃ、真琴君がテキトーなこと言えちゃうもん! あー、相談のってあげたんだけどなー。それなのに協力してくれないって言うんだったら、また、お仕置きかなー」


 僕は、お仕置きという言葉に体を震わせた。


 そして――


「――ぜひ協力させてください……」


 僕は、完全に屈服した。


「うん! よかった! 真琴君ならきっとそう言ってくれると思ってたよ! これぞ、持ちつ持たれつってやつだね!」


 先輩が張り付けたような笑顔を浮かべていた。


 ――秀一……ほんとにごめん……。


 僕は、心の中で秀一に謝り続けた。


 




 

 

 


 

 







 




 






 


 



 





 

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