第27話 浅草遠征 後編
「よーし! 遅くなったけど、浅草遠征始めるよー!」
さっちゃん先輩が拳を空に向け突き上げながら声高らかに言った。
「「……」」
僕と愛理は、先輩にお仕置きされ疲れ果てていた。
「もう! 2人ともごめんって……!」
「「はい……。さっちゃん先輩は悪くないので謝らないでください……」」
こんな普通なら絶対ハモらない台詞で、僕たちはハモっていた。
それは、さておき――
実際、僕たちにも今回ばかりは、先輩に対し後ろめたい気持ちがあるため、お仕置きは仕方なかったとも思い始めていた。
――それでも、あのお仕置きは……。
僕は、自分が受けたお仕置きを思い出して、また顔が青ざめてきた。
そんな僕を見兼ねてか先輩は――
「特に真琴君! そんなげっそりした顔しないでよー……! これでも、やりすぎたなーって反省してるんだから……! しかも、これから愛理ちゃんの可愛い着物姿が見れるんだから機嫌直そ……?」
――確かに愛理の着物姿を想像すると、なんか心にこう、グッと来るものがあるな……。
僕の好きな人は、永井さんだが、こればっかりは仕方ないと思う。
男子なら女子の着物姿を見て何も思わないわけがないはずだ。
――うん、きっとそうだろう……。
僕は、心の中で必死に弁明し続けた。
「まあ……それは、楽しみです……」
僕がボソボソとした声で言うと――
「だよねだよね! 絶対可愛いよね! 何せ私がプロデュースするからね! 可愛いって言わせてみせるからね!」
先輩は、興奮気味に目を輝かせている。
先輩のさっきまでの禍々しいオーラは完全に鳴りを潜めていた。
「ほどほどにお願いします……」
自分の着物姿が話題になっているからか、頬を赤らめながら愛理がボソボソと言った。
「任せて! それじゃ、行くよー!」
先輩は僕と愛理の手を引きながら走り始めた。
***
僕は、着物をレンタルできる店に入るなり、先輩に『男の子はやっぱり、黒一択でしょ!』と言われ、どの着物を着るかすぐに選び終え、着替え終わり、少しソワソワしながら着物に着替える愛理を待っていた。
正直言うと、僕は、生まれてこの方、身近な女子の浴衣姿は愚か着物姿も見たことがないため拭いきれない期待感を抱いていた。
――何度も言うが、決して愛理のことが好きとかそういうわけじゃない。
僕が好きなのは、永井さんであって、これとそれでは、話が違ってくる。
心の中でどこか言い訳がましいことを考えていると――
「お待たせ……」
愛理の声が背後でした。
僕は、声が聞こえるとすぐに振り返った。
「……」
想像以上の美しさに僕は、言葉を失ってしまった。
目の前に現れた愛理は、華やかな印象を与える白っぽい色の着物を着ていた。
さらに、ヘアアレンジもされており、頭にのせているトーク帽がその華やかさを際立てていた。
――何ですか? この絶世の美少女は……?
「ちょっと……何か言いなさいよ……」
その言葉で、僕は現実に戻ってきた。
僕が顔を上げると、愛理は、頬を赤らめながら少し俯いていた。
「あ、ああ! ごめん! すごく似合ってたからついボーっとしちゃって……!」
すると、愛理が少し不満げな顔を浮かべた。
「その……可愛いかどうか聞きたいんだけど……?」
――あれ……? この下り……永井さんと出かけたときもあったような……?
僕は、永井さんと出かけたときにもこんなことがあったなと思い出した。
――似合ってると言ったはずなんだけどな……? 女の子はわからない……。
そんなことを考えていると――
「可愛いなら可愛いって素直に言った方がいいよ!」
先輩が耳打ちしてきた。
――まあ、やっぱり素直に褒めた方がいいよね……。永井さんのときもそうした覚えがあるし……。
僕は、先輩の言葉に倣うことにした。
「うん……! めちゃくちゃ可愛いよ! ほんとに可愛くてびっくりしたよ!」
――言っててめちゃくちゃ恥ずかしいな……これ……。
永井さんのときは、ほぼ無意識に言っていたため、気恥ずかしさを感じなかったが、今回は、意識的に褒めたため気恥ずかしさで、僕は、顔から火が出そうになってしまった。
「そ、そう……! ならよかったわ……!」
愛理は、上機嫌な様子を見せた。
――そう言えば、最近愛理のツンデレのツン要素をほとんど見ていない気が……?
僕は、上機嫌な様子の愛理を見て、最近、デレの部分しか見ていないことに気づいた。
『私は、吉だったわ。なんか、素直になることが大切みたいなことが書かれてた』
いつぞやに愛理と一緒にお出かけで、恋みくじを引いたときに愛理が言っていたことを思い出した。
――いや……そんなことあるわけないよな……。
今、自分が考えたことは、流石に自意識過剰だろう。
「いやー、初々しいねぇ……」
先輩がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「「だから、違います!」」
愛理と僕の声が重なった。
――うん、この感じだ。いつも通りだ……。
僕は、さっきのは、やはり自意識過剰だったと結論付けた。
「あはは……ごめんって! それじゃ、そろそろ撮影にしようか!」
僕たちは、いよいよ撮影へ向かうことになった。
***
撮影をしに外へ出ると、僕たちは、かの有名な雷門の前など様々な場所で写真を撮っていた。
しかし――
「うーん、なんか納得いく写真が撮れないなぁ……」
先輩がぼやいていた。
「さっちゃん先輩、僕たちもどんな写真が撮れているか見ても……?」
「うん! もちろん!」
そう言って、先輩がカメラを手渡してきた。
カメラをチェックしてみると――
「僕の目からすると、どれもよく見えるんですけど……愛理もそう思うよね……?」
隣でカメラの画面を上から覗き込むように見ていた愛理に聞いた。
「ええ……全く問題ないと思うわ……」
やはり愛理も僕と同じように思っているみたいだった。
しかし、僕たちがそうは言っても、先輩は納得していない様子で――
「うーん、なんだろう……? ドラマがないというか……なんというか……」
ぼやき続けていた。
――ドラマがないか……何かいいアイデアがあればな……。
僕がアイデアを思いつけずに、唸っていると――
「あの……さっちゃん先輩……いいアイデアがあるんですけど……」
愛理が自信なさげな表情で言った。
「え! 何々!? 聞かせて!」
先輩が目を輝かせた。
「えっと……私と霧崎君は、大正時代に親同士が決めた許嫁と結婚させられそうになって逃避行をしようとしている恋人同士というドラマを描いて写真を撮ってみては……?」
愛理の提案を先輩がぽかんとした様子で聞いていた。
そして――
「めちゃくちゃいいじゃん……それ! それで行こう!」
そう言うと先輩は――
「じゃあ、2人とも早速だけど、そこに立ってお互いに背中合わせにした状態で両手を繋いでください! いやぁ……どんどん撮りたい構図が浮かんできたよ!」
――しれっと、手を繋ぐとか割とハードル高いこと言われているんだけど……
そんなことを考えていると――
愛理が僕の手に触れてきた。
「あ、愛理!?」
僕が驚いた様子で言うと――
「何よ……? 私に手を触れられるのは、不満かしら……? あくまで撮影のためよ!」
そう言って愛理が頬を膨らませた。
――あ、久しぶりのツンだ。なんか可愛いかも。
僕がそんなことを考えていると――
「今、絶対失礼なこと考えてるでしょう……?」
――いや、ほんとに何で毎回わかるの……?
「そんなことないよ。一緒に撮影頑張ろう!」
そう言って、僕は愛理の手を取った。
「お、準備できたー? それじゃ、撮るよー……」
こんな調子で、僕たちの撮影は順調に進んだ。
***
「いやー! 2人のおかげでいい写真がいっぱい撮れたよー! 満足満足!」
カメラで今日撮った写真を確認し、笑みを浮かべながら先輩は歩いている。
――満足してもらえたならよかったな……。
始めはどうなることかと思った浅草遠征だったが、僕と愛理が先輩にお仕置きを受けた以外は無事何事もなく終わることができた。
「ほんとにさっちゃん先輩、写真撮るの上手くてびっくりしました……! それに写真のモデルやるのも悪くないなって思いました!」
普段、あまり愛想がいいとは言えない愛理が比較的前のめりに話していた。
「そっかそっか……! それじゃあ、また今度の機会にお願いしたいな!」
先輩は満面の笑みを浮かべていた。
――先輩……普通に笑えるんですね……?
僕は、2人のやり取りを見て、そんな失礼なことを考えていた。
***
それから、数分歩くと駅が見えてきた。
「2人は、これからどうするのー?」
先輩が僕たちのこれからの予定を聞いてきた。
「私は、ちょっと疲れちゃったので帰ろうかなって思ってます」
愛理は心底疲れたような顔をしていた。
あれだけ走ったりしたのだから、当然だろう。
「そっかぁ……それは残念……真琴君は?」
先輩が僕の方へ体の向きをくるっと変えてきた。
「僕は、せっかく来たからスカイツリーの方まで歩こうかなって思ってます」
僕は、謎のここまで来る機会あんまりないし! という思考を働かせていた。
「お、いいね! 私も一緒に行ってもいい……?」
――え、先輩と2人きりってやばくない?
僕がふと愛理の方を見ると――
『諦めなさい』と言いたげな顔をしていた。
――ですよねー……。今日、これ以上先輩を傷つけたら大変なことになるからね……。まあ、もう大変な目に遭ったんだけど……。
そう思いつつも――
「いいですよ……。一緒に行きましょう……」
「わーい! じゃあ、早速行くよー! ライトアップされたスカイツリーも撮りたいし!」
そう言って、先輩はズンズンと先に進んでしまった。
「それじゃ! また明後日ね!」
僕は、振り返って愛理に声をかけた。
「ええ……! 楽しみにしてる……!」
愛理は、満面の笑みを浮かべた。
その後、間もなく、それじゃと言い愛理は、改札の方へ行ってしまった。
――名残惜しいな……。
人混みの中へ消えていく愛理の背中を見送りながら僕は、そう思ってしまった。
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