第19話 身勝手なのはお互い様

 

 僕が学校を早退した後、4時間が経過していた。


「ほんとに最低だな……」


 僕は、生気を失った声で呟いた。


 ふと、時計を見ると、16時13分と表示されていた。


 ――ほんとは、今頃、永井さんにプレゼントを渡そうと忙しくしてるはずだったんだよね……。


 もう、僕に訪れることのない未来を想像し、僕は気を落とした。


 ――まさか、よりにもよって誕生日がこんな日になるなんて……。


『初恋、諦めようかな……』


 自分が帰りの電車で呟いた独り言が脳裏をよぎった。


 もう僕は、この初恋を諦めるべきなのはわかっているが、身勝手にもまだ、諦めたくないという気持ちが強く心に残っている。


 ――迷惑だよね……。でも、そんなことできない……。


 どこまでも身勝手な自分に自己嫌悪し、自業自得の結果だが、もう気がおかしくなりそうだった。


 ――今は、何も考えたくないや……。


 僕は、現実から逃れるために眠りにつくことにした。


***


『ピロン!』

 

 その通知音が聞こえると同時に僕は、目を覚ました。


 僕は、微睡みながらスマホに手を伸ばし、通知を確認した。


『体調を崩して早退したと聞いたが大丈夫か?』


 ――ああ、光瑠君にも謝らないと……。


 メッセージの送り主は光瑠君だった。


 僕は、眠い目をこすりながらも、スマホの画面に文字を入力していった。


『うん、もう平気だよ。今日の永井さんにプレゼントを渡す作戦なんだけど、決行できなくなっちゃった……ごめん……』


 ――光瑠君にもあんなに協力してもらったのに……。ほんとに、申し訳ない……。


 僕がそんなことを思っていると――


『そうか。元気なら今から瀬戸屋に来い。始と待っている』


 ――マジですか……。この感じはいかなきゃダメそうだな……。


『わかった。すぐ行くよ』


 そんな元気はないと弱音を吐きそうだったが、光瑠君や始にも協力してもらったため、ことの経緯をちゃんと話さないとなと考え、僕は、指示通り瀬戸屋に行くことにした。


***


 寝ぐせを直したり服を選ぶことすら億劫だったため僕は、制服に着替え、すぐに瀬戸屋に向かった。


 瀬戸屋に向かって歩いていると――


「あれ? 先輩? 何してるんですか?」


 すれ違いざまに声をかけられたので、後ろを振り返ると――萌々香がきょとんとした顔をして、僕の顔を覗きこんでいた。


「おお……萌々香か……。ちょっと色々あって瀬戸屋に行くとこなんだ」


 僕がそう言うと、萌々香は訝し気な顔をした。


「あれ? まだ学校終わって1時間くらいしか経ってませんよ? しかも、その寝ぐせ……誕生日プレゼントを渡す日なのに何やってるんですか!?」


 ――まあ、気づいちゃうよね……。


「うん、まあ、ほんとに色々あったんだ……」


「そ、そうなんですか……」


「うん、それじゃ、始たちを待たせてるから行くね」


 僕がそう言うと――


「私も行きます!」


 萌々香が僕を真剣な眼差しで見ていた。


「私だって、たくさん協力したんですから聞く権利くらいあるはずです……!」


 ――確かに萌々香にも協力してもらったし、話すべきだよね……。


「わかった。一緒に行こうか」


「はい」


 こうして、萌々香も瀬戸屋に行くことになった。


***


「で、何で萌々香も一緒に来てるんだ……?」


 始が呆れた顔をしながら言った。


「えー、何やら先輩が思い詰めていた顔をしていたので一緒に来ることにしちゃいました!」


 萌々香は、いつもの明るい声で言った。

 

「ったく……まあ、お前もプレゼント選びに協力してくれたみたいだしな……ほれ、座れ……」


 始がふてぶてしくも席に座るように促した。


「ありがとうございます!」


 僕は、いつも通りの2人のやり取りを見て少し心が軽くなったように感じた。


「えっと……こちらの方は……?」


 萌々香が光瑠君の方を見て言った。


「赤坂光瑠だ。霧崎と同じ高校で、霧崎の好きな人の幼馴染だ」


 萌々香は、しばらく固まった後――


「ええええええ!?!? 先輩の好きな人の幼馴染!? ライバルじゃないですか!?」


 萌々香が素っ頓狂な声をあげた。


「ライバルとかではないし、むしろ今日は協力してくれてたんだよ」


「もうわけがわかんないですよ……」


 ため息をつきながら萌々香が言った。


 そして――光瑠君がわざとらしく咳払いをしてから遂に本題へ入った。


「それで、お前をここに呼び出したのは、話したいことがあってだな……」


 ――何を言われるんだろうか……きっと怒ってるよね……


「ごめん……! 僕のせいで……僕が永井さんを傷つけたんだ……!」


「霧崎、落ち着け……。別にお前を責めるつもりなんてないぞ」


 ――え? なんで……? 全部、僕のせいなんだよ……?


 僕がきょとんとしていると、光瑠君が不愛想な顔を少し緩めて続けた。


「まあ、最初に葵と鈴音から話を聞いたときは、ぶっ飛ばしてやろうと思ったが、お前の鈴音の入れ込み具合を考えると、事情があったのではないかと思ったんだ」


「いや、これは、全部僕のせいだよ……」


 ――そうだ……全部僕のせいだ。僕が自分のことしか考えていなかったせいだ。


「霧崎……今回の1件は、確かにお前が原因の部分もあるが、俺は、鈴音だって同等に悪いと思っている」


 ――え……? 永井さんが悪い……? そんなことはありえない……。


 そんなことを考えている僕を他所に、光瑠君は続けた。


「まあ、無理もない。まずは、そこの2人に何があったのか話してやれ」


 光瑠君が始と萌々香の方を見た。


 ――あ、そっか……2人は今日のこと何も知らないんだよな……。


「そうだね……えっと……みんな、まずは、あんなに協力してくれたのにこんなことになってしまって本当にごめん……光瑠君はもう知っているみたいだけど、改めて僕の口から今日何があったか話させてもらうね」


 僕は、今日、何があったのかを話し始めた。


***


「先輩……やっちゃいましたねー……」


「俺が思っていた以上に状況が悪すぎるんだが……」


 萌々香と始は、同時にため息をついていた。


「僕もほんとに後悔しているんだ……」


 僕が、頭を抱えながら言うと――


「やはりそうか……」


 光瑠君が何かに気づいたようだ。


「どういうことだ?」


 始が怪訝な顔をして聞いた。


「まあ、端的に言うと――鈴音も霧崎も自分のことで精いっぱいだったということだ」


 ――どういうことだ……? 余計にわからない……。


「霧崎が倒れたとき応急処置を手伝っていた上条から聞いたんだが、霧崎は倒れたときかなり汗をかいていたらしい。いくら今日は、暑かったとは言え、普通に外を歩いてても、ワイシャツが湿る程の汗を俺は、かかなかった。おかしいと思わないか?」


 確かにおかしいとは思う。しかし、それが永井さんに関係してくる理由がわからない。


「確かに、満員電車に長時間乗っているときみたいに感じて、息苦しくて汗が止まらなくはなったけど……」


「そう、それだ。どうして、満員電車みたいだと思ったんだ……?」


 ――全然覚えていないな……。あのときは、自分の立場と永井さんの立場の違いを思い知らされて、ネガティブモードに完全になってたからな……


「ごめん……正直、考え事に必死で、そんなこと考える余裕がなかった……」


 僕がそう答えると――


「まあ、満員電車みたいに教室の空気が悪くて暑かったのは、鈴音のクラスメートが黒板の飾りつけが吹き飛ばないようにしていたせいなんだ」


「え……全然、永井さん悪くないと思うけど……」


「まあ、まだ続きがあってな……正直、鈴音は、教室の風通しが悪かったことにも気づいていたし、それを言おうと思っていたが、みんなに誕生日を祝ってもらっているうちに浮かれてそんなことは、どうでもよくなってしまったらしい。そして、そんな矢先に霧崎が倒れたんだ」


 ――そんなの、ただの事故だ……。永井さんのせいじゃない……。


「それで、霧崎が倒れたときに、上条たちが保健室の先生を呼びに行ったり、応急処置をしているときに、何もできずに見ていることしかできなかった自分が悔しくて焦ったそうだ。その結果、霧崎にカバンを持って行って、倒れて精神的にも不安定だった誕生日ムードでも何でもない霧崎に無遠慮に誕生日おめでとうと言った。というわけだ」


「……」


 正直、今の話を聞いても自分のせいでこの1件が起きたという考えは変わらないが、永井さんも焦ってしまい自分のことで必死になっていたということは理解できた。


「まあ、その……なんだ……霧崎は自分のしたことを後悔していると言ったよな……? さっき、鈴音に会ったとき鈴音もすごく後悔していたんだ……できたら、もう、関わるのを止めると言わずにもう一度だけでいいから鈴音と会って話してやってくれないか……?」


 光瑠君が真剣な顔をして、僕を見つめていた。


 ――僕は身勝手だ……それでも、後悔はもうしたくない……!


「――わかった……あんな身勝手な振る舞いをした僕でもいいなら、もう1度チャンスをください……」


 僕がそう言うと――


「鈴音と同じようなことを言うな……身勝手なのは鈴音も霧崎もお互い様だろ」


 不愛想な顔を少し緩めて光瑠君が微笑んできた。


「そっか……ありがとうね」


 ――光瑠君は、どうしてここまでしてくれるのだろうか?


 不思議に思って光瑠君に聞こうとした瞬間――


「良かったな! 真琴!」


「ほんとですよ! これは、絶対失敗できませんよ!」


 始と萌々香に遮られた。


「う、うん……! ほんとにお騒がせしてごめん……もう1度、頑張ってくるよ……!」


 そう言うと2人とも、親指を立てて僕に向けてきた。


 僕も2人に親指を立てて向けると――


「よし、それじゃ、ほれ、鈴音のとこに行くぞ」


 突然光瑠君が、僕の腕を掴んできた。


 ――え? 今から? 嘘でしょ?


 僕は腕を光瑠君にグイグイと引っ張っられながら、瀬戸屋から苦笑いをしながら手を振る始と萌々香に見送られ、その場を後にした。


 


 











 






 




 




 

 



 






 


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