第18.5話 霧崎君と私の誕生日(永井鈴音視点)
今日は、私と私の好きな人――霧崎君の誕生日だ。実は、ささやかながらも、霧崎君に誕生日プレゼントも用意している。
――こんなの初めてだから緊張する……。
私は、好きな人にプレゼントを贈るなどしたことがないためものすごく緊張していた。
――どうやって渡そうかな……? 学校だと目立って嫌がられるだろうし、かと言って呼び出すのもすごく恥ずかしいし……。というか、誕生日プレゼントをわざわざ用意して、人目につきにくいところに呼び出すなんてもうほぼ告白だと思う……。
そんな弱気なことを考えていると――
『ピロン!』
スマホが通知を受け取ったことを知らせた。
『今日の放課後予定空けといてくれ。部活終わったらうちまで直行してくれると助かる』
光瑠君からのメッセージだった。
――光瑠君から、メッセージが来るなんて珍しい。
もしかしたら、葵ちゃんと光瑠君でサプライズのバースデーパーティーでも開いてくれるのかもしれないと予想した。
『わかった……! 部活が終わったらすぐ向かうね……!』
私は、そう返信すると、学校に行く準備をし始めた。
***
私が学校に着いて、教室に向かっていると、やけにいつもより廊下が静かなことに気がついた。
――なんでこんな静かなんだろう……? 今日って実は、もうゴールデンウィークで学校お休みだったり……?
そんなありえないことを考えながら、教室に入ると――
「「「鈴音ちゃん! お誕生日おめでとう!」」」
クラスでよく話す女の子3人組が声を揃えて言ってきた。
私は、驚きのあまり思わず固まってしまった。
私が面食らっていると――
周囲にいたクラスメートが男女関わらず、私のためにハッピーバースデーの歌を歌い始めた。
そして、呆気にとられながらも周囲を見渡すと、自分の机の上にたくさんのお菓子があり、黒板も私へのお祝いのメッセージや可愛らしいデコレーションが施されていた。
――ほんとにみんなに愛されているな……。
周囲の人に恵まれているなと私は思った。
やがて、みんながハッピーバースデーの歌を歌い終わった。
「みんな……! ほんとにありがとう……! こんな風にお祝いされるの初めてだからすごく嬉しい……!」
私がそう言うと、みんな安心したような顔をしていた。
「鈴音ちゃん誕生日おめでとう!」
「クラスで1番早い誕生日なんじゃない!?」
彼女の言う通り、私は、クラスで1番早い誕生日だ。しかし、このクラスには、もう1人誕生日を迎えたクラスメートがいる。
そう心の中で噂をしていると、スライド式の教室のドアが開く音がした。
そして、霧崎君が教室に入ってきた。
すかさず『誕生日おめでとう!』と言いに行きたかったが、ここでは、人目が多くて霧崎君の迷惑になるだろう。
そう思って、今、目の前にいる友人たちとの会話に戻ったが、しばらく経って霧崎君のことが気になって霧崎君の方を見ると――
私は、霧崎君の様子がいつもと違うことに気がついた。
彼は、いつもならクラスメートの中野君や私と同じ部活に所属している渡辺君に話しかけるのに、彼らのことなど一瞥もせずに、着席して何か考え事をしていた。
――あれ……? 霧崎君、なんか顔色悪いような気がする……。
私がそう思った瞬間――
霧崎君が席から崩れ落ちるように大きな音を立てて倒れた。
――え……。
私は、驚きのあまり声も出すこともできず、固まってしまった。
周囲にいたみんなも、私と同じみたいだ。
私とみんなが呆気に取られている中、すかさず動いたクラスメートが3人いた。
「秀一! 今から、保健室の先生呼んでくるから真琴の様子を見ていてくれ!」
中野君が叫びながら、廊下へ走りながら出ていった。
「わかった!」
そう言って、渡辺君が霧崎君の下へ駆け寄った。
「霧崎君!? 聞こえる!? 霧崎君!?」
上条さんが、意識があるかどうかの確認をしていた。
「反応はあるわ……! とりあえず、脱水症状かもしれないから、ブレザーを脱がせて、ネクタイを外して! できればワイシャツも!」
「わかった! 俺一人じゃちょっと難しいから手伝ってくれると助かる!」
そう言って2人が応急処置を進めていた。
やがて、中野君が保健室の飯野先生を連れて教室に戻ってきた。
開口一番に先生は「この教室、風通しが悪すぎよ……そりゃ、こんなんじゃ倒れるわよ……」と呆れた顔をしながら言い、近くにいたクラスメートたちに窓を開けるように指示していた。
女子生徒たちは狼狽えながらも窓を開け始めた。
すると――
黒板を明るく飾っていた装飾が崩れ外から入ってきた風で吹き飛ばされ始めた。
――あれ……? もしかして……私のせいで……?
そんな私を他所に先生と中野君と渡辺君が3人がかりで霧崎君を担架に乗せ、保健室に運んでいった。
私が呆然とその様子を見ていると、気づいたときには涙が出ていた。
――私のせいで……霧崎君が……。
「鈴音ちゃんのせいじゃないよ……! 私たちが今日は結構熱いけど、少しの間だしいいかって思って勝手に窓を閉め切っちゃっていただけだから……ほんとにごめんね……」
――違う、私のせいだ……。
正直、私は、教室が満員電車に乗っているときみたいに暑くて少し息苦しいなと思ってはいたが、みんなに誕生日を祝ってもらっているうちに浮かれてしまいそんなことなどすっかり忘れてしまっていた。周囲への配慮を欠かしていたのだ。
私がそんなことを思っていると――
「あなたたちは、本当に自分たちのことしか考えていないのね……謝る相手が違うんじゃないかしら? 霧崎君が戻ってきたらちゃんと謝りなさい」
上条さんが私たちに怒りを浮かべた顔を向けてきた。
「ご、ごめん……そうだよね……」
私の友達が震えながら謝っていた。
このとき、私は、上条さんは、本当に霧崎君のことを大切に思っているんだなと思い知らされた。
――私だって……私だって霧崎君を大切に思っているはずだ……。なのに、どうして……?
私は、霧崎君が倒れたときに霧崎君を大切に思う3人のように動くことができなかった自分を責めていた。
もう私は、完全に自分を見失い焦っていた。
***
霧崎君が保健室に運ばれてから1時間が経った。
「真琴、早退するってさ」
中野君が渡辺君に話しかけていた。
「――みたいだね……。俺のとこにも連絡来てた。荷物は俺が持ってくよ。さっきは、樹を走らせちゃったからね」
「じゃあ、お願いするよ」
「了解!」
そう言うと、渡辺君は霧崎君の荷物を持ち、スマホを操作しながら廊下へ出ていった。
――これくらいしか、私にできることはないよね……?
私は廊下へ駆け出して行った。
***
廊下へ駆け出すと、まだ、渡辺君は歩いていたため、すぐに追いつくことができた。
「渡辺君……!」
渡辺君が振り返った。
「永井さん……? どうしたの……?」
きょとんとした顔をしながら渡辺君が言った。
「そのカバン私に持っていかせてくれない!?」
「い、いや、悪いからいいよ! 次の時間単語テストあるみたいだし、その勉強した方がいいと思うよ?」
渡辺君は少し困ったような爽やかな笑顔を私に向けてきた。
――単語テストとかそんなのどうでもいいから……早く私に行かせて……?
「いいから! 私が行くね!」
私は、渡辺君からカバンを奪い取り駆け出した。
「え!? 永井さん!?」
渡辺君が驚いた声を出していたが構わず私は走り続けた。
***
階段を降りること1分くらいで、下駄箱が見えてきたと同時に驚いた顔をしている霧崎君も視認した。
私は、小走りで霧崎君のもとへ駆けていった。
「え……? なんで……?」
霧崎君が言うと同時に――
『ピロン!』
霧崎君のスマホが鳴った。恐らく渡辺君だろう。
私は、霧崎君がスマホの確認をし終えるのを待った。
「――霧崎君……これ……」
私はそう言って、霧崎君のカバンを手渡した。
「あ、う、うん……ありがとう……」
――やっぱり少し、気まずいな……
「そ、それで……体調はもう大丈夫……?」
「うん、大丈夫だけど、まだちょっと辛いから帰らせてもらうことにした」
――どうしよう……。このままだと私のせいで、霧崎君も誕生日なのによくない1日を送らせっぱなしになっちゃう……。
「それじゃ、またゴールデンウィーク明けに学校でね……」
――そうだ……霧崎君も誕生日なんだしおめでとうって言わなきゃ……!
「霧崎君……! 誕生日おめでとう……! さっきは、周りに人が多くて言えなかったから……!」
――私が、誕生日が一緒だって伝えたときも嬉しそうにしてくれてたし、きっと喜んでくれるはず……!
「うん、永井さんもね」
私は、凍り付いた。
――え……あれ……? 霧崎君……? 今の声……?
霧崎君の声には、生気を感じることがことができず、喜怒哀楽といった感情もこもっていなかった。
――霧崎君……どうして喜んでくれないの……?
私が呆然と立ち尽くしていると、霧崎君は流れるような動作でそのまま、下駄箱前で靴を履き、校門へと向かおうとしていた。
私の思考はここでようやく戻ってきた。
「え……ちょっ……霧崎君……! 待って……! 霧崎君……!」
私の声は震えていた。
それでも私は、霧崎君を呼び続けた。
しかし――霧崎君が戻ってきてくることはなく、振り返ることもなかった。
私は、その場で立ち尽くしていた。
霧崎君が去って少し経って私は、冷静になっていた。
――最低だ。
『あなたたちは、本当に自分たちのことしか考えていないのね……謝る相手が違うんじゃないかしら? 霧崎君が戻ってきたらちゃんと謝りなさい』
上条さんの言葉が私の頭をリフレインしていた。
――上条さん……ほんとだね……。私ってほんとに自分のことしか考えていなかったね……。
普通に考えてみると、誕生日に倒れてしまったという出来事はきっと霧崎君にとって最悪なものだろう。その上、そんな自分を差し置いてみんなに誕生日を祝ってもらっていた私が、霧崎君に誕生日おめでとうと言っても嫌味にしかならないだろう。
さらに、霧崎君が倒れた原因を生み出していたのは、私だ。できることなら側に居たい、幸せにしたいと人生で初めて思った男の子を相手に身勝手な立ち振る舞いをし、そして傷つけてしまった。
――絶対嫌われちゃったよね……。でも……また身勝手だと言われるかもしれない……。霧崎君にとって迷惑かもしれない……。
私の目から涙が溢れだした。
「それでも、やっぱり霧崎君のこと諦められないよ……」
か細い消え入りそうな声で私は、独り言を言った。
おそらく1分にも満たない時間だろうが、私には数十分にも感じられた。
そのままその場で呆然と立ち尽くしていると――
「鈴音、教室に戻るわよ。もう授業始まっちゃうよ」
葵ちゃんが後ろから声をかけてきた。
「葵ちゃん……? いつから……? 私、霧崎君に嫌われちゃったよ……」
「今、来たんだよ。何があったのかは知らないけど、今はしょうがないよ……後で話は聞くから戻るよ」
「うん……」
私は、重い足取りで教室に戻った。
――霧崎君……ほんとにごめんね……。
教室に戻って授業が始まっても、私は、心の中で霧崎君にずっと謝り続けていた。
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