第12話 動き出す永井さんとの時間
上条さんとデートをした次の日の朝――
「おはよう……」
「おはよう……。上条さん」
教室に向かおうとしていたら、上条さんと出くわした。
――うう……。なんか、気まずい……。
『あなたが初めてでよかったわ……』
上条さんが帰り際に言ってきた言葉が頭をよぎった。
――上条さんって僕のこと好きとまでは、いかなくても意識しているのかな? などと、昨日は考えてしまい悶々としていたが、いざ冷静になってみると、出会ったばかりだし、さすがにそれはないかと思い始めていた。
「昨日は、その……やりすぎたわ……。ごめんなさい……」
頬をほんのりと赤く染めながら目を伏せ、上条さんが言った。
昨日、神社で一緒に写真を撮るときに腕に抱きついてきたり、何かと距離感が近かったことを言っているのだろう。
――これは、どっちだ……? と一瞬思ったが、こうして、わざわざ謝っているということは、勘違いしないように、という警告みたいなものが言葉に含まれているのだろう。一瞬でも『上条さんって僕のこと意識してるんじゃ……』みたいなことを考えたのは、やはり、僕の妄想だったみたいだ。
――まあ、そうですよね。人生初めての女子との接触でちょっと浮かれていたのは僕です。はい、すみません。
「ううん、全然気にしていないから……! それと改めてだけど、ワックスありがとうね……! 今度出かけるときまでにセット練習しておくよ」
「そ、そう……! 気に入ってもらえたならよかったわ……。楽しみにしとく……。それじゃ、教室に行きましょ」
そうして、僕たちは、教室に向かった。
***
僕と上条さんは教室に着くなり、自分たちの席に向かった。
「真琴、おはよう」
自分の席に着くと、声をかけられたので、後ろを振り返ると樹と、秀一君がいた。
秀一君も僕を見るなり、おはよう! といつも通りの爽やかな笑顔を向けてきた。
――おお……秀一君の笑顔を見るとなんかシャキッとするな……。
「おはよう! 何話してたの?」
「俺もさっき知ったんだけど、校外学習の行き先が決まったらしいんだよ」
――おお……校外学習か……オリエンテーションのときにうっすらとだが聞いた覚えがある。
「マジか! 行き先は、どこになったの?」
「えとね、もう何回も言ったことあるよーって感じかもしれないけど、鎌倉・江ノ島エリアになったみたいだよ。みんな行ったことある土地の方が、生徒が友人関係を深めやすいだろうっていう学校側の配慮だと思う! 多分!」
秀一君は、普通なら、『行ったことあるわー、他のところがよかったわー』とぼやく者が多いと予想できる中、かなりポジティブな捉え方をしていた。
――本当に、秀一君は、いいやつすぎる……。
そう思わずには、いられなかった。
「自由時間とかあるのかな? こういうのって割と、グループで動くイメージがあるけど」
「まだ、そこまではわからないから、中間テスト後にある説明会? みたいなやつに期待しよう! できれば、この3人で回りたいね!」
そんなことを話していると、朝のホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴った。
それと同時に――
「昨日のことは、誰にも話さないから安心してね!」
僕の耳元で秀一君が樹に聞こえないようにボソッと言った。
――秀一君……マジでいいやつすぎる……。
そのまま、秀一君は、自分の席に戻った。
数分遅れて担任がやってきて、朝のホームルームが始まった。
――はあ……今日の朝も話かけれなかったな……いい加減に永井さんと話さないとな……
***
朝のホームルームが終わると同時に、僕は永井さんにメッセージを送ることにした。
――おそらく、1度引き伸ばすといつまでも永井さんと話す日は半永久的に来ないだろうしね……いい加減逃げるのはやめだ!
心の中で決心し、スマホを取り出し、若干震える手で文字を入力した。
『今日いつでもいいんだけど、もし、時間があったら話せませんか?』
普通に話しかければいいのだが、クラスの人気者にみんなの前で話しかけるのは、やはり、気が引ける……これが僕の精一杯だ……
そう思っていると、返信が来た――
『放課後、部活が終わった後でよければ』
――よし! とりあえず、話はできそうだ……!
心の中でガッツポーズをした。
***
今日は、授業の流れが普段の10倍は遅く感じた。
それくらい、僕は、緊張していて、授業どころではなかった。
永井さんと話すのは、実に1週間ぶりになる。昼休みには、樹に『朝から、授業中も落ち着きがなかったけど、どうしたんだい?』と心配されたほどだ。
――落ち着け……。やっと、話せるチャンスなんだ……ちゃんとずっと気になっていることを聞くぞ……。
そう自分に言い聞かせ、永井さんに指定された家の近所のファミレスに入った。
あたりを見渡すとまだ、永井さんは来ていなかった。
――それもそうか……永井さんは部活が忙しいからね。
僕は、永井さんが来るまで、今日ぼーっとして、授業で聞き逃した部分を復習することにした。
***
勉強し始めて20分くらい経ったころにその時は、来た――
「霧崎君……! その……待たせてごめんね……! ちょっと部活が長引いちゃって……!」
「う、ううん……! 全然だよ! ぼ、僕も、い、今、来たばっかでちょうど勉強始めようとしてたところだから……! そ、それより、部活――お疲れさま」
――また、噛んだり、声が上ずったりしてるよ!
「ありがとう……! あ、注文してもいいかな?」
「もちろん……! 僕も何か頼もうかな」
2人とも数分メニューを黙々と見ていたが、永井さんの提案で、ドリンクバーと2人で分けれそうなピザを注文することとなった。
注文を終えると――
「わ、私、ドリンクバーで飲み物取ってくるね……!」
「あ、ぼ、僕が取ってくるよ」
「えっと……じゃあ、メロンソーダお願いしてもいいかな?」
「わ、わかった……! ちょ、ちょっと待っててね……」
僕は、席を離れてドリンクバーのある場所に向かうと、深呼吸をした。
――久しぶりに永井さんを直視したけど、やばいな……さっきから、うまく話せている気がしない……。しっかりしなければ……。
そう思いながら、飲み物をコップに注ぎ、席に戻り、永井さんにコップを手渡そうとした時だった。
――あっ、永井さんの手が……触れた……よね?
永井さんの手が僕の手に触れたことで、僕の顔が耳まで赤くなった。
「霧崎君……?」
首を傾げながら、永井さんがきょとんとした顔をしながら僕の名前を呼んだ。
「あ、えっと、うん、なんでもないよ……」
――一々仕草が可愛すぎます! もう、僕のライフポイントは、ほとんど0です……
ああ……やっぱり、好きだな……。と、思っていると、頼んでいたピザが運ばれてきた。
「……」
「……」
2人とも黙々とピザを食べている。
――いやいや! 2人でただ、ご飯を食べに来たわけじゃないんだよ!
「えっと、ずっと聞きたかったことがあるんだけどいいかな……?」
今回は、僕から話を切り出した。
「う、うん……」
永井さんが若干不安げな顔を浮かべながら言った。
――ただ、質問するだけだ……。大丈夫……!
いざ決心して、僕は、口を開いた――
「この前の昼休みに何を聞こうとしていたの?」
永井さんが一瞬たじろいだような顔をした。
「え、えっと、この前、霧崎君、高校受かるために勉強頑張ったのは、どうしても同じ高校に通いたいって思った人がいたからって言ったよね……?」
おそるおそる口を開く永井さんに、僕は、頷いた。そして永井さんは、続けた――
「その……どうしても同じ高校に通いたいって思った人って……女の子だったり……?」
――うおおおおお……かなり踏み込んだ質問だったな……。でも、ここで、誤魔化しちゃダメだよね……。
「――うん……誰かは言えないけど女の子だよ……」
僕がそう言うと――
「そっか……女の子なんだ……」
永井さんは、少し微笑みながら言った。
――まさか、バレて……? いや、そんなわけはない……。
そんな風に僕が、うろたえていると――
「あ、あの……もう1つ質問してもいいかな?」
「あっ、うん……いいよ……!?」
唐突なことに僕は、うろたえた。
「上条さんとは、どういう関係なのかな……?」
少し、永井さんの周囲の空気感が変わったような気がした。
「えっと、音楽の授業で同じグループになって、それから仲良くなって、同じ部活に入った友達だよ」
――昨日、一緒に出かけたとは、永井さんには、口が裂けても言えない……。
「そうなんだね……! でも、本当にそれだけ……?」
心拍数が上がった。人は、嘘をつくときこんなにも、心臓が言うことをきかなくなるのか……。と、思った。
「う、うん。本当にそれだけだよ」
永井さんに嘘をつくのは、心苦しいが、やむを得ないだろう。
「そっか……よかった……」
ボソッと永井さんが何かを呟いた。
「今、永井さん、なんか言った?」
「ううん、何も言ってないよ! それよりさ! 霧崎君の誕生日ってさ、5月1日であってる?」
永井さんが話題を変えてきた。
――ん? 僕の誕生日何で永井さんが知ってるんだ?
「うん、あってるけど……? どうして永井さんが知ってるの!?」
「学級通信見てないの? みんなの軽いプロフィールみたいなの載ってたやつ」
――ああ……確かに言われてみれば、学級委員長に頼まれて書いたな。
「うん、見てないと思う」
すると、永井さんがふふっと微笑んだ。
そして――
「私の誕生日も5月1日なんだ」
僕の脳が機能を停止した。
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