第14話 夏休みらしい事をしよう

 2層に下りてから、千尋と萌は交代でモンスターを倒すようになっていた。最初に遭遇した巨大な黒牛を始め、巨大な黒豚、そして黒鶏。全て全長5メートル前後あるモンスター達だったが、連続で現れる事はあっても2体以上同時に現れる事がなかった。恐らく通路の幅の問題ではないかと思われた。


 1層の出入り口付近で1時間ほど宿題をして2層に向かい、そこで5~6時間狩りをする。毎日7~8時間をダンジョン内で過ごす訳だが、外は1時間半前後しか経過しない。ダンジョンアタックを行っても十分時間があった。


「お姉ちゃん! 私達夏休みらしいこと何もしてないよっ!?」

「むっ、そう言えばそうだな。萌はどこか行きたい所があるか?」

「プール! プール行きたい!」

「そ、そうか。では明日の午後からプールに行くか」

「ほんと? やった!」


 という事で翌日。朝からダンジョンで宿題とレベル上げを行い、一度家に帰って昼食を済ませ、姉妹はバスに乗ってプールに向かった。


 萌は麦わら帽子を被り、ピンクのTシャツとデニムのショートパンツにサンダルという恰好。千尋もさすがにいつもの体操服とジャージという訳にいかず、久しぶりに私服を着る。白の袖なしブラウスと明るいグレーのチェック柄ミニスカート。素足に厚底のサンダルという出で立ちだ。最近ダンジョンに入り浸って日光を浴びていないので、二人とも肌が真っ白である。


 小5なのに妙な色気のある萌と、黙っていれば物憂げな美少女っぽい千尋。バスを降りてプールに向かう道すがら、高校生風の3人組が声を掛けてきた。


「ねぇねぇお姉さん達。俺達と遊びに行こうよ!」


 中2と小5をナンパするなど正気か?


「…………」

「カラオケ行こ、カラオケ!」

「俺達盛り上げるのチョー得意だし!」

「奢るからさー!」


 文句の一つでも言ってやろうと千尋が足を止めるが、その前に萌が男達に口撃を加えた。


「私小学生ですけど」

「は? 嘘だー」

「今日はお姉ちゃんとプールに来たので邪魔しないで下さい」

「え、お姉ちゃん?」


 そう言って男達が周りをキョロキョロする。


「じゃあ、そのお姉ちゃんが来るまでお茶しようよ」

「私が姉だ」

「はっ?」

「ウソ?」

「え、妹でしょ?」


 ふぅ、またか。アレか、胸がないと姉に見えないのか。ちくしょう。


「あ、おまわりさーん、コイツらです!」


 千尋は必殺「おまわりさん、コイツです」を発動した。


「え、ちょっ」

「警察!?」


 男達がアタフタした所で離脱する。レベルが上がった恩恵はダンジョン外では僅かではあるが、それでも以前とは比較にならないくらいの身体能力がある。萌の手を引いて人混みの間をスルスルと抜け、男達の視界から消えた。


「ふわぁ、私ナンパとか初めてだよ」

「我も初めてだ。萌、お前は可愛いのだから気を付けねばならん」

「何言ってるの、お姉ちゃんの方が可愛いよ?」

「いや、萌の方が100倍可愛い」


 どうでも良い褒め合いをしているとプールに着いた。入口で入場料を支払い、女子更衣室に向かう。


 昨日、近所の「しもむら」に行って水着を買った。さすがにスクール水着は恥ずかしい。二人ともワンピースタイプで、萌は胸元と腰の部分にフリルが付いた黄色、千尋は同じデザインの明るい青にした。


 水着になるとスタイルの差がより際立つ。家で散々見ているから分かってはいたが、それでも千尋は萌の胸に羨望の眼差しを向けざるを得ない。


(くっ、谷間がある!)


 今度は萌に手を引かれてプールに行く。元々千尋はアクティブなタイプではない。泳げない事はないが得意な訳でもない。一方で萌は体を動かす事が好きな子だ。萌が誘わなければ千尋がプールに来る事はなかっただろう。それでも、楽しそうな萌を見ているだけで千尋の心は満たされた。


「お姉ちゃん! ウォータースライダーに行ってみようよ!」


 市が運営するプールだが、小規模なスライダーがあった。中2にもなって、と一瞬思ったが、普通に大人達も滑ってキャッキャ言っている。今日は萌の為に来たのだからとことん付き合おう。


「きゃぁぁあああーっ!」

「うぉぉおおおーっ!?」


 萌が楽しそうに嬌声を上げる後ろを、千尋がやや本気の叫び声を上げながら追い掛けるように滑り降りた。見た目以上の迫力に少しだけビビった千尋であった。


 またウォータースライダーを滑るために登っていく萌に一声かけ、千尋はプールサイドに上がった。


「千尋ちゃん!?」


 名前を呼ばれて振り向くと、クラスメイトの相馬智花そうまともかがいた。千尋の隣席の女子で、クラスで唯一千尋と普通に接してくれる子である。


「智花ちゃん」

「わー、偶然だねー!」


 智花は白のビキニタイプの水着を着ていた。健康的に日焼けし、水着に負けない豊かな胸部装甲をお持ちだった。


「千尋ちゃんは誰と来たの?」

「妹だ」

「そうなんだ。私は従姉妹のお姉ちゃん達と来たんだー」

「そうか」

「うん。あ、そうそう、友達から聞いたんだけど、ウチのクラスの大神君、行方不明らしいよ?」

「大神?」

「ほら、休み前に千尋ちゃんに絡んでたヤツだよ」

「ああ」


 そう言えばそんな奴がいたような気がしないでもない……が、あまり印象に残っていない。たぶん街で会っても気付かないだろう。何気に酷い千尋であった。


「お兄さんも一緒に居なくなったんだって。警察も探してるみたいだし、もし見かけたら学校か警察に届けてって言われた」

「なるほど」


 いや、見かけても分からないと思うが……。そう考えていると、少し離れた所から「ともかー」と呼ぶ声が聞こえた。


「あ、呼ばれちゃった! 千尋ちゃん、またね!」

「ああ、またな」


 智花の背を少し見送り、すぐに萌を探す。萌はまたウォータースライダーに登っている所だった。どうやら大層お気に召したようだ。


 それから2時間ほどプールで遊んだ。ダンジョンに行くよりクタクタに疲れた。帰りのバスでは、姉妹でお互い寄り掛かるように居眠りしてしまい、危うく降りるバス停を逃す所だった。





SIDE:大神哲也


 あれから2週間くらい経っただろうか?


 神社に居たのに、いきなり森の中に景色が変わり、そこで巨大な虎のような動物に襲われた。兄貴はそいつに喰い殺され、自分ももう駄目だと思った時、どこかから現れた女に救われた。その直後に気を失ってしまい、気付いたら牢屋に入れられていた。


 ガタガタした石を積んだだけのような壁、同じように均されていない床。見た事もない粗末な木製の寝台。おまけにトイレは木のバケツと来た。鉄格子の向こうには映画で見たような全身鎧を着けた兵士がいた。

 飯は朝と夜の2回。味の薄いスープと、歯が折れそうなくらい固いパン。パンの方は最初石ころかと思った。それくらい固いパンだ。そして連日の取り調べ。


 恐らく取り調べなんだろう。兜だけ脱いだ鎧の兵士らしき男が、凄い剣幕で怒鳴り散らしてくる。だが言葉が全く分からないから、何を聞かれているのか、また何を言えば良いのか分からない。ただただ恐怖でしかなかった。


 そして今日解放された。解放された理由も分からない。外に出て初めて、自分が城のような場所に居た事が分かった。


 ここまで来たら嫌でも分かる。ここは日本じゃない。いや、地球でさえない。白色人種系が住む領域で、車が1台も走っていない国なんてあるか? 最初の夜に見た月は2つあったし、兄貴を喰い殺した獣だって知らない。そして言葉が全く通じないのだ。


 牢と苛烈な取り調べからは解放されたが、そんな世界に放り出されて俺はどうすれば良いんだ?


 城の門番から追い立てられ、取り敢えず人家が見える方向へ進む。途方に暮れるというには生ぬるい。絶望しかなかった。


 その時、腰まで伸ばした白っぽい金髪に身長と同じくらいの大剣を携えた綺麗な女性の姿が目に入った。





SIDE:勇者リアナ


 シュライザー大森林で魔王軍幹部を捜索していた勇者パーティは、未だ目ぼしい成果を上げられず、辺境の街「タリスタン」を仮の拠点にしていた。


 2週間ほど前に森で見付けた少年は、タリステッド辺境伯に預けた。武器も持たない軽装でシュライザー大森林に居た事自体が怪し過ぎて、処遇の判断が付かなかったのだ。実際の所辺境伯に丸投げしたのだが、あの怯え切った目が忘れられず、リアナは聴取の結果を聞きに二度領城を訪れていた。


 聴取の結果は「何も分からない」だった。近隣諸国の言語に精通する者も取り調べに加えたが、あの少年が発する言語は誰一人として理解出来なかった。


 唯一分かったのは、恐らく名前が「テツヤ」であること。ジェスチャーで何とか意思疎通を果たし、2週間かけて得られたのが名前だけであった。


(見た事のない容姿と服装、それに通じない言葉)


 リアナは一つの可能性に思い至っていた。


 勇者の伝承には、異世界からやって来た「稀人まれびと」が何度か登場する。あの少年はもしかしたらその「稀人」ではないだろうか? だとしたら色々と説明が付く。そして、本当に「稀人」ならば我々人族の希望になり得るかも知れない。当代の勇者に選ばれたリアナだが、自分には魔王を倒す程の力がないのではと訝っていた。あの少年なら、魔王を倒す力を持っているかも知れないのだ。


 事前に聞きつけた通り、あの少年が領城から解放された。リアナは真の勇者かも知れない少年に向かって歩き始めた。

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