第014食 極辛カレーといえば、カシミールでしょでしょ:デリー上野(東京・湯島)名店会その6
三月に有楽町の『東京カレー屋名店会 有楽町本店』を訪れた際に、『名店会』の「5店盛り」(二〇二四年三月のメニュー)を直接店に行って食す、という企画を発想した書き手は、四月の中盤から実際に店を巡り始めた。
具体的に言うと、四月十八日の木曜日に訪れた「共栄堂」が最初の一店目で、最初こそ木曜日の訪店だったものの、これ以降は毎週火曜日に訪店という週一回のリズムの下、二十三日・火曜日には『名店会』で「東京スリランカ」を、三十日・火曜日には『エチオピア高田馬場店』、五月に入って、七日・火曜日に『エチオピア神保町本店』を訪れ、そして遂に、この日、五月十四日・火曜日に訪れた『デリー上野店』をもってして、当企画も終わりを迎える事になったのである。
さて、書き手が最後の店として選んだ『カレー料理専門店 デリー上野店』と言えば、昭和三十一(一九五六)年に創業した、約七十年の歴史を誇る東京のカレー店の中でも老舗中の老舗で、その『デリー』の代名詞とも言えるメニューこそが「カシミールカレー」なのだ。
なるほど確かに、今現在日本全国で、「カシミール」という名のカレーを提供している店数多あれども、その源泉をたどってゆくと、この『デリー』に辿り着く。翻ってみると、『デリー』こそが「カシミールカレー」発祥の店と言える。
黒くてシャバシャバな液状の辛いカレー、これが、いわゆる「カシミールカレー」の特徴なのだが、その歴史と由来を知るには、やはり、『デリー』のホーム・ページが詳しい。
その見た目の〈真っ黒さ〉は、人は味覚のみならず、視覚によっても辛さを感じる、という発想の下、「カラメル」を加える事によって生み出されたものであるらしい。
ところで、何故、この真っ黒いカレーの名称は「カシミール」なのであろうか?
ちなみに、「デリー」といえば、インドの北部に位置している、この国の首都で、十中八九、店名の由来はこの都市名であろう。
これに対して、メニュー名になっている「カシミール」とは、パキスタン北東部とインド北部の国境付近に広がっている山岳地帯である。歴史的に言うと、カシミールを巡って、パキスタン・インド・中国は対立し、特にパキスタンとインドは、イスラム教のパキスタンとヒンドゥー教のインドという宗教的な問題も絡んで、対立は激しかったそうだ。
こういった歴史的な情報が念頭にあったので、「カシミール・カレー」とは、パキスタンのカレーをベースにアレンジされたものなのかも、と書き手は思っていたのだが、これは全くもって的外れな考えであった。
『デリー』のサイトを参照してみると、真っ黒く激辛のシャバシャバカレーは、当初、ベンガル湾に面した南インドの都市から名を取って、「マドラスカレー」と名付ける予定だったそうだ。しかし、何故にか、創業者の田中敏夫氏は「カシミールカレー」と書いたメニュー原稿を印刷業者に渡してしまい、そのまま印刷されてしまったそうだ。だが、改めて印刷しなおされる事はなく、結果、こうした偶然の過ちから、真っ黒い激辛カレーは、「カシミール」と名付けられ、今に至っている、との事である。
さらに言うと、当初の「カシミール」は、現在ほどシャバシャバではなかったそうだ。
店のサイトによると、材料として使っていた、ミキサーにかけたジャガイモの粗い粒子のせいで、昔の「カシミールカレー」にはとろみがあったそうだ。
このジャガイモは、時間の経過とともに沈殿し、ドロっとしてしまい、このジャガイモの要素が、カレーの辛さを減じてしまっていたらしい。
このドロっとした要素をいかに取り除くかが黒いカレーの辛さを増すポイントで、つまるところ、辛さを追求した『デリー』の創意工夫の結果が、今現在の「カシミールカレー」のシャババシャバ感なのである。
かくして、書き手の目の前にあるのが、今現在の完成形である極辛の黒いシャバシャバな液状のカレーで、その具材は、数個の大きな鶏肉と大きくカットされた一個のジャガイモという無骨さである。
今回の企画以前にも何度か、書き手は『デリー』の「カシミールカレー」を口にした事があったのだが、辛さを追求した結果としての、このシャバシャバなカレーは、安定の激辛で、口にした瞬間、額のみならず、頭のてっぺんからも汗が噴き出てくる。
『デリー』のカレーは、『エチオピア』のように七十段階の辛さを〈自分〉で選べるものではないのだが、それは、とろみを可能な限り取り除いた現在のシャバシャバ感と、今、書き手の汗を拭きださせている激辛が、半世紀以上の歴史を誇る『デリー』が生み出した、極辛カレー「カシミールカレー」の到達点だからなのかもしれない。
〈訪問データ〉
デリー上野店:東京・湯島
二〇二四年五月十四日・火曜、十九時四十五分
カシミールカレー:一二〇〇円(現金)
〈参考資料〉
〈WEB〉
「デリーの歩み」「カシミールカレーができるまで」、『カレー料理専門店 デリー上野店』、二〇二四年七月十九日閲覧。
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