第21話 秘密の部屋
許可なく後宮を抜け出し、実家の自分の部屋に入るとファヨンは上機嫌に鼻歌を歌いながら、軽やかに後宮から共について来た女官を二人連れて地下へ。
そのうち一人は、左の耳に怪我をしているのか包帯を巻いていた。
女官たちは祭壇のろうそくに火をつけ、香を焚く。
「さて、と」
小さくそう呟いて、血の入った朱色の墨で黄色い紙にスラスラと文字を書いた。
本で学んだ呪いの儀式を、忠実に行う。
この儀式のおかげですでに二人死に、一人は流刑となった————儀式は成功していると思い込んでいるファヨン。
もはや、この儀式は快感以外のなにものでもなくなって来ていた。
邪魔者が現れるたび、神はなぜと試練を与えるのかと嘆き悲しむが、邪魔者が目の前から消えるその瞬間はその分、とても爽快。
気分がすごくいい。
「呪いは楽しい。あの日に日にやつれていく姿、本当におかしくてたまらないわ……」
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、木の人形に呪符を貼るともう一枚同じ呪符を作る。
怪我をしていない方の女官が、それを受け取り、黒い封筒の中に入れた。
「アン官吏の家は調べてあるのよね?」
「はい、もちろんでございます。王妃様」
「そう……じゃぁ、これをすぐにそこへ」
「はい……」
女官は黒い封筒を抱えて、秘密の部屋から外へ出る。
しかし、彼女は待ち構えていた親衛隊に取り押さえられる。
地上にはジアンがいるのだ。
女官の動きは全て見えている。
そうとは知らず、ファヨンは呪いの儀式を続ける。
怪我をしている女官に人形を持たせ、ファヨンは人形に金槌で釘を打ち込んだ。
「ひっ!」
恐ろしくて、悲鳴をあげた女官。
釘は人形の頭に刺さったが、あと少しずれていれば、女官の指を貫通していたかもしれない。
ブルブルと震えてながら、懸命に人形を落とさないよう手を添えていた。
「ちょっと、そんなに震えていたら、狙いが定まらないじゃない。儀式が成功しなかったらどうするつもり?」
「も、申し訳ございません……」
「ほら、ちゃんとしっかり持って。それともなぁに? あなたの手、もしかして使えないのかしら?」
「い、いえ、そんなことは…………!!」
「指が悪いの? 手が悪いの?」
ファヨンは金槌を置くと、木の人形を作る時に使った枝切り用の大きなハサミを手にする。
「あー指ね。その指が悪いのね。使えないなら、切ってしまいましょう」
「そ……そんな……待って————……」
刃先を開き、女官の手に近づける。
その時だった————
「ファヨン!!」
呪術や魔術の本が置かれた棚の後ろに身を潜めていた王が叫んだ。
「お……王様……? ど、どうして……ここに…………?」
ファヨンは驚き、猫のような目を大きく見開いた。
よく見れば、王の隣には陸家の当主である祖父の姿もある。
「この大罪人を連行しろ。絶対に逃すな」
潜んでいた親衛隊が、ファヨンを取り囲んだ。
* * *
この秘密の部屋の存在を、知っている者は少ない。
元々はファヨンの曽祖母が使っていた部屋だった。
地下に続く階段があることに、ある日気がついたファヨンは恐る恐る階段を下ると、そこには祭壇と占いや呪術、魔術に関する本がびっしりと残されている。
それはファヨンにとって、とても心惹かれるものであった。
ヒョンジェが王になる前。
まだ王子だったヒョンジェに恋をして、誰かに聞いた恋のまじないを試してみた。
もう一度、ヒョンジェに会えますようにと願った。
すると、その次の日、本当に会うことができた。
ファヨンの幼い初恋は、積もり積もる。
ヒョンジェが王になり、王妃と婚礼を挙げた時は、悲しくて何度も泣いた。
それでも、諦めきれずに毎日のように恋に効くまじないを試し続けた。
そうして、なんとか側室に選ばれたが、やはり王妃になりたいという思いは消えずにいた。
そんな時、この秘密の部屋を見つけたのだ。
呪えばいいと思った。
恋のまじないと同じ。
そもそも、まじないものろいと同じく『呪い』と書く。
同じことだと思った。
王妃がいるから、王妃になれないのだと王妃を呪った。
大王大妃がいるから、正室になれないのだと大王大妃を呪った。
邪魔だったミオンも呪った。
そうして、やっと手に入れた王妃の座。
それなのに、王の心は……ヒョンジェの心は男へ向いていた。
ファヨンは、親衛隊に両手を縛られ、連行されながらその視界に、王の心を奪った男の姿を捉える。
「貴様か……! 貴様のせいか!!」
親衛隊の兄と事件の証人であるジヘ、そして呪符を持った女官のそばに立っているジアンを見つけて、叫んだ。
「不吉の子!! 貴様のせいで、貴様のせいで…………!! 王様、聞いてください!! この男は不吉です!! 不吉の子なのです!! この国を滅ぼす不吉の子です!! 聞いてはなりません、この者の話に、耳を傾けてはいけません!! 王様!! 王様!! ヒョンジェええええええ」
ファヨンの叫び声は、町中に響き渡るほど大きかった。
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