第2話 ルーンは沈黙し、筆は眠る


 異世界ユグドラシル大陸、東方のアルトガルド王国。

 王国の東の果ての小さな村、エノン。

 その村には教会付属の修道院があり、ひとりの「不思議な娘」がいた。




 ―――名をオウカ。

 

 墨染桜花、転生後の名もそのままに――今や十二歳。




 幼き頃、修道女たちの慈しみによって育まれた命は、やがてこの村に根を下ろし、たくましく成長を遂げていた。

 祈りの時間は誰よりも静かに膝をつき、毎朝の清掃や炊事では誰より早く立ち上がる。

 孤児として修道院に拾われた子どもたちの中でも、彼女は群を抜いて真面目で、たまにぶっきらぼうながらも面倒見が良かった。



 黒髪を後ろでひとつにまとめ、修道服をはだけさせて腹を見せるのがデフォルト。

 言葉づかいは粗く、気性は荒く、腕っぷしも超一級。

 だが誰よりも努力家で、文字の稽古にも余念がなく――


 要するに、バリバリの姐御気質。





「よっしゃコラァ、今日は鍛冶屋んとこのバカ坊主が“水のルーン”でアタイに水ぶっかけてきやがったからよぉ、倍にして返してやっかんなァアア!!」


「姐御! どこまでもついていきやす!」


「姐御! 今日も文字の課題、全部代わりにやっときやした!」


「バカ野郎! 宿題は自分でやんだよ! 字ってのはなァ、自分で書かなきゃ上達しねぇんだよバーロォ!!」


「は、はいっス!」




 村の悪ガキたちには完全に“姐御”と呼ばれ慕われていた。


 元はと言えば、最初の出会いが最悪だった。

 オウカが八歳の頃、村のヤンチャ坊主たちが「よそ者だ」といじめに来たのを、一人で五人まとめてブン殴ったのだ。

 鍛え抜かれた拳で。ルーン抜きで。


 拳ひとつで泣かされ、腕を決められ、地面にめり込まされた子どもたちは――

 気づけば彼女を崇めるようになっていた。「姐御」と。


 今や子どもたちは、毎朝の掃除を率先して手伝い、オウカが字の練習を始めれば、周囲に群がって真似しようとする。

 彼女の筆致は、まるで生きているように美しい。

 修道女のひとりなどは「あなたの書くルーンは、書として博物館に飾りたいくらい」と真顔で言った。


 だが――





「まったく、また乱闘騒ぎ……」


「それでも、あの子は勉強も修道も怠けないから、叱るに叱れないのよね……」


「ただ、一つだけ……。オウカは、ルーンが……描けない」


「いや、描けてはいる。けれど、“発動しない”。まるで魔力が流れていかないような……」


「ルーン魔術が使えない子どもなんて、前代未聞よ。いったい、どうして……」





 修道院の大人たちも頭を悩ませていた。

 オウカはルーンの形も正確、筆致も鮮やか。

 杖の持ち方、魔力の流し方、筆先のコントロールまで、模範生と言えるほど訓練している。

 だが――


 何度描いても、ルーンが光らない。魔術が発動しない。


 教会の講堂でひとり、朝日を浴びながら練習を繰り返すオウカの姿は、誰よりも真剣だった。

 ルーンの一つ「ラグズ(水)」を、彼女は静かに描く。

 流麗な曲線、鋭い筆さばき。墨のように濃く、くっきりとしたルーンが紙に浮かび上がる。


 ……だが、沈黙。


 光らない。何も起きない。




「ふん、別にいいけどよ。そんなチャチなもん、アタイの“筆”には敵わねぇし」




 誰も見ていない時、彼女は密かに懐から取り出す。


 黒光りする金属の輪――かつての「覇筆」金メダル。

 転生してから十二年、何者にも認識されぬそれを、オウカは肌身離さず持っていた。

 何度洗っても、触れても、誰の目にもただの金属片にしか映らない。だが彼女にとっては、唯一無二の誇りだった。




(アタイは、この世界が嫌いってわけじゃねぇ)

(マザーや仲間たちは、大事な人たちだ。ここで過ごした時間も、無駄じゃねぇ)

(……でも、アタイは――やっぱり、元の世界に帰りたいんだ)




 この世界はルーン文字の力によって構成されていると言っても過言ではない。

 大いなる女神フレースヴェルグが、世界を形作る世界樹が枝を伸ばして、五大国を形成し、人々は生活している……と、幼い頃にマザーに教わった。


 ルーンはこの世界の理そのもの。神秘そのもの。

 そして――




「ルーンが、この世界のカラクリだってんならよ。きっとそいつを極めれば、“戻る方法”も見つかるはずだろ?」




 ルーン魔術の探究こそが、元の世界へ帰る鍵になる。

 そう信じたオウカは、誰よりも熱心に筆を走らせ、杖を握り、日々修行に明け暮れた。


 ……だが、まったく発動しない。何をどうしても、魔力がルーンに乗らない。もう笑うしかないほど、何も起こらないのだ。


 ならば、と最近のオウカは考え始めた。

 ならば逆に――自分本来の「文字」から、突破口を見つければいいんじゃねぇか?……と。




「ルーンで無理なら……アタイは、アタイの“字”でやるだけよ」




 オウカの瞳には、闘志の火が灯っていた。

 達筆に刻まれたルーンの裏側――それは、彼女の中で形を成しつつある。

 漢字魔術。

 この異世界に未だ存在しない、文字の奥義。


 誰にも届かぬ声でもいい。何も起こらなくてもいい。

 だがいつか、この異世界の空に、オウカの“文字”が轟く日が来る。


 まだ見ぬ「漢字魔術」という未知の術式を、

 この異世界に叩き込むその日まで――







 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第2話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 頭の良いヤンキーのほうが、より怖い(震え声)



 この作品では、元ヤン書道天才ガールが、ルーン文字魔術の世界で破天荒に活躍する冒険活劇になります!!!!


 ちょっとは面白そうだから応援してやるぞ、鈴村ルカ!!



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 鈴村ルカより


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