第73話 その最悪の人間性


「それに、余計なことをしてくれたものね」

「余計なこと……?」

「あの子の寿命のことよ! 放っておけば、もうすぐで死んでくれたっていうのに。まだまだあの汚らわしい獣が、うちの家族としてのさばるなんて、虫唾が走るわ……! さっさと死んでくれればいいのに。あなたのせいで、私はまだ苦しまなきゃならない……!」

「はぁ……? 何を言って……!? あんたねぇ……! そんなの娘さんがきいたら、どう思うか……!」


 辻風ハヤテのアパートの部屋の前で、言い争っている二人の男女。

 ひかるんの母と、辻風ハヤテ本人だった。

 それを物陰から、眺めていた人物がいる。


「これは……! 大スクープだぞぉおおおお!」


 彼は、週刊誌の記者だった。

 辻風ハヤテが有名人となったことで、その家の周りには、なにかニュースがないかと、こういった記者たちが配置されていたのだ。

 おそらく、彼の他にもどこかにいろいろ隠れているだろう。

 彼は、ひかるん母とハヤテとの会話を、録音、録画していた。

 これは、確実に売れる記事になる。

 そういう確信があった。


「まさかひかるんの母親の本性が、こんな人間だったなんてなぁ……!」


 男はすぐさま録音したデータを、本社に送った。


 それからすぐに、それらは記事になった。

 音声データは流出し、滝川アソレがTwitterで暴露するなど、また騒動になった。

 録画されたデータも、テレビ局が報道し、連日ニュースはこのことでいっぱいになった。

 週刊誌も、こう報じた。

 【ひかるん母、その最悪の人間性】


 お昼の情報番組なんかでも、コメンテーターたちはひかるん母のことを叩きまくった。

 もちろん、インターネットの世界ではひどいものだった。

 Twitterや匿名掲示板では、ひかるん母に対する誹謗中傷がやまなかった。


 しまいには、海外メディアもこのことを報じた。

 ハヤテやひかるんは人類初のダンジョン制覇者で、今や世界の英雄だ。

 そんな彼らについてのニュース、海外メディアももちろん放っておかない。


 特に、アメリカなどの欧米では、亜人症への差別などが問題になっていた。

 今や、ポリコレの影響で、亜人症への差別発言をした俳優や著名人なんかは、すぐにキャンセルされてしまう。

 そんな情勢の中、ひかるん母のこの発言だ。

 もちろん、海外メディアでもボロクソに叩かれた。


 ひかるんの母は、すっかり家に引きこもっているそうだ。

 そりゃあ、耐えられるはずもなかった。

 世界中から、自分に向けて悪意が放たれるのだ。


「うう……どうして……全部あの子のせいよ……」


 ひかるんの母は、刃物を手に持って、それを自分の手首に突き刺したりした。

 彼女はもう、限界に来ていた。

 精神的にも、疲弊しきっていた。


 そんな彼女が暴挙に出てしまったのも、ある意味必然だったのかもしれない。


「そうよ……! あの子を殺せば、全部解決するわ……! すべてあの子が悪いのよ……! ひかる……! よくも汚らわしい獣のくせに、私の娘なんかに……!!!! 私の人生を返して……!!!!」


 そんなふうに娘を憎みながら、ひかるん母は、むすめの写真に刃物を突き立てる。

 そして彼女が向かった先は、ひかるんのアパートだった。

 

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