第22話 彼はまた同じ事を繰り返す

 釣りのあとはカレーライス作りだった。喧嘩っ早いように思われていた少年は、もう周りとはトラブルを起こすことなく付き合っているようだった。同級生とも、上級生とも。うまく合わせながら、野菜を切っていた。



 俺は一人で鍋を煮込んでいた。野菜やら材料やらを揃え、鍋に放り込み終えた小学生共は遊びに出かけていったようだった。キャンプファイヤーの準備に木材やら何やらを運んでいった香取率いる中学生の別グループの方へ行ったのかもしれない。



「やあ、九郎九坂。賢明に鍋を見ているか」


「先生」



 大垣先生に言われるまでもなく、俺はジトっとした腐った目で見ていますよ。火の加減とか、鍋の煮込み具合とか。




「例の少年、きみは良い指南を彼に授けたそうじゃないか」


「? なんのことですか」


「タイセイ、といったかな。あの少し喧嘩っ早い感じがあった少年だよ。君が少し話をしてくれたと、そう言っていたよ」


「誰がですか」


「恋瀬川だよ。彼女がそう言っていた」



 また、余計なことを。俺は何もしてないってのに。



「彼女は良く見ているからな。いろんなことを。色んな人を」


「そうですか」


「君もだよ、九郎九坂。君は周りは見えていないことが多々あるが、しかしヒトのことはよく見ている。いや、見えている、のかな」



 内心も、外面そとづらも。先生はそう言った。



「そんなの言葉の綾ですよ」



 俺はそう、それだけを言った。






 ※ ※ ※








 キャンプファイヤーの焚き火を囲んでカレーライスを食べ、ひとりで踊って、ひとりで手持ち花火をして、そしてその日は終わった。長くて、長い炊事遠足合宿の終了だ。このあと一泊して、翌朝になったら解散場所まで大垣先生運転のマイクロバスに乗って行くだけ。リトルなバスターズや、グリザイアの果実みたいにバス事故を起こさない限りは、残り少ない夏休みを、潰すように日々を過ごすだけなのだ。それでいい。それだけでいい。本来、そうであったはずだし、そうでなければならなかった。この数日が夏休みのなかでイレギュラーだっただけなのだ。心残りなんてない。未練もない。強いて言えば、まあ、少しは楽しい思い出の一つになったのではないだろうか。……妹にとって。



 だから、俺はもう夜中にひとりで出歩いて、そして心の奥底に居る彼を呼び出すこともない。今回はもう呼ばない。残念だったな、また会えなくて。また今度だ。まあ、ひとりで出歩くことはするんだけど。散歩はするんだけど。



 俺はひとり考える。ひとりで、ひとりであることを考える。孤独。孤独とはなにか、以前考えたことをもう一度考える。孤独とは一人ぼっちのことである。そうだったな。人間とは敵である。孤独を脅かす脅威でしかない。そう、だったな。群れている人間など、あり得ないと。しかし、こうして集団生活をしてみるとどうだ。そんなことは無いのではないかと、そんな気がするのは、やはり俺の気がおかしくなった証拠だろうか。やはり人間は一人で生きていたくても、一人では生きていけないということなのか。そうやって、俺を否定するのだろうか。



 やはり、俺は間違っているのだろうか。



 そんなことを言うと、まるでラブコメを間違えていそうなどこかの小説のタイトルみたいに聞こえるが、しかし、実際それは俺にとって笑えない冗談みたいなものだった。世間とか、世の中とか、その誰かみたいな誰かに、間違っていると言われ、烙印を押されるのは、俺自身への否定だと感じるからだ。集団生活も悪くない、誰かと過ごすのも良いことだ、それはそうなのだろう。そしてそれは正しい。しかし、それは俺が間違っていることの逆説でもある。孤独であること、ひとりぼっちであること。それは、どこか俯瞰した目線で、どこか捻くれた感性で、世の中の隅っこから見ているだけの傍観者で。誰にも関与しない、誰とも関わらない。そんな生活を好むことを、それは間違っているとそう告げるのが、俺自身への否定に繋がるのだ。俺の生き方を否定するのだ。誰よりも俺自身が。誰であろう、俺自身が俺の生き方を否定する事になるのだ。



 他人に合わせてうまくやれ、なんてよく言えたものである。



 どの口が言えたのだ。いったい誰がそんなこと言えたのだ。誰が言ってんだよ、そんなこと。他人を拒絶してきた俺が、俺なんかが。なんで、どうして、そんなことを。そんな戯言を。そういうの一番嫌うはずなのにな。一番拒絶するはずなのにな。ツバかけて通り過ぎるような、そんな事を。



 何してるんだろな、俺は。



 


 

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