第21話 フィッシングイズグッド
釣りというのは合わせが重要である。
餌でも、ルアーでも、釣り竿でもない。そんなものは最悪レンタルで済む。まあ、こだわりたい人はとことんこだわればいいのでは、と思うが、しかしテクニックを覚えることで、抜群に楽しくなるというのは、やはり釣りの楽しみの一つであるのではないだろうか。竿と餌さえあれば、誰でもできる。川でも海でも、今日のように釣り堀でも。魚のいるところにさえ行けば、釣ることができる。釣りとはそういうものである。御託を並べられるのは、初心者にはきつい。しかもそれが小学生だというのなら、尚更だろう。さて、最初に戻るが、釣りは合わせというのが大事になる。逆に言えばこれさえ合えばなんとかなる。
合わせ、とは魚の餌への食いつきに対して、竿を引くことでしっかりと針を口に引っ掛けることである。これで魚が簡単には逃げられなくなるようになる、というわけだ。斯くいう俺も、既に三匹釣り上げている。そんなわけで、まあ、そろそろ、それとなく場所を変えつつ下級生達を見て回るか。
「タイセイくんすごーい、もう十匹だよ」
十匹? それはすごい。多分一番釣り上げてるんじゃないか。いくら釣り堀だとしても、短時間にしては大漁だといえるだろう。
「合わせが上手いんだ。合わせ、が」
俺はそれとなく話しけけてみる。上機嫌な少年は無邪気に聞いてくる。
「合わせ、ってなに?」
「魚の餌の食いつきに対して、竿を引くことで針をきちんと引っ掛ける技術、テクニックのことさ。タイセイくん、だっけ。君はそのテクニックがうまいんだよ」
俺はテクニックという言葉を彼には使った。小学生男児は総じてテクニックという言葉が好きなのだ。たぶん。
俺は追加で釣り上げているタイセイくんの隣で糸を垂らし始めた。俺も、もう少し釣りたい。昼飯には十分すぎる量だが、釣り堀では大半をリリースするのだから、もう少し楽しみたいと思うのも事実。しかし、こうやって、釣れるまでの間というのは、いつでも、孤独である。釣りは対魚との勝負ではあるが、釣れるまでは自分との勝負である。つまり、釣りとは一人きりの一人ぼっちで、孤独なモノである。それは黙々と、然してそのあたりを見極めて、当てたときの高揚感を得る、その勝負の時を一人で待つ遊戯であるのだ。
「ねえ、お兄さん。何か話さないの?」
「釣りは孤独と沈黙が基本なんだよ。皆でわいわいやると魚が逃げる」
「あら、逃げても逃げる先がないのが釣り堀じゃないかしら」
恋瀬川……。なんだ、冷やかしか?
「私はすでに二十三……四匹だったかしら。まあ、そのぐらいは釣ったのだけど。噂の、そこの孤独な釣り人さんは、どうなのかしらと思って」
……なんだ、冷やかしかよ。くそぅ。
「まあ、まだ三匹だけど、一匹でかいの釣ったしな」
「これよりも?」
……で、でかい。恋瀬川の慎ましやかな胸よりも遥かにでかい魚が一匹。すごいの釣り上げてるじゃん。
「完敗だ、恋瀬川。お前の勝ち」
「そう。それより、さっき何か失礼なこと考えていなかったかしら」
「いや、別に」
お前の成長期の話なんて、誰もしていないよ。
「ねえ、お姉さんとお兄さんは恋人さんなの?」
一幕おいて、見合わせて。
合わせて一言。
「「はあ!?」」
「いや、だって、仲が良いから……」
「おい、待て少年。言っていい冗談とそうでないのがあるぞ」
「そうよ、タイセイくん。お姉さんがこんな、孤独で、性根の捻くれた、何かの端しきれみたいな男……お兄さんとお付き合いするわけがないでしょ」
酷い言われようだが、何一つ間違っていないから訂正もない。
「まあ、恋瀬川と男女交際なんてのは全く持って考えてなかったし、否定されてる以上これからも多分ないんだろうけど、でも人間関係はうまくやっている。仲がいいかどうかは分からないが、人としてうまく付き合っている。そうは言えるな」
小学生の坊主はポカンとしていた。少し小難しく言い過ぎたか?
「まあ、喧嘩しないようにうまくやるってことだよ。釣りの合わせのように、人に対しても合わせるんだ」
「合わせる……」
「そういうものだよ、世の中も人間も」
「うまくできるかな」
「できるさ。釣りの要領を思い出すんだ」
「うん……」
彼との会話はそれっきりだった。恋瀬川はいつの間にかいなくなっていた。俺は彼の隣で糸を垂らし続けた。それから時間制限までは小さな魚一匹しか釣れなかったが、隣の小学生は楽しそうに釣りをしていた。周りにはいつの間にかたくさん人がいて、彼は笑っていた。俺は依然として一人きりだが、それはいつものことなので何も問題はなかった。妹の様子を見てこようかなと、終了間際にそっと、俺はその場を後にした。
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