第20話 続々、話をしよう

 

 話をしよう。



 それは孤独な話だ。



 それは四十六億年前からだったかもしれないし、ついこの間、十四年前くらいだったかもしれない。生まれたのはいつなのか。それは難しい話ではない。簡単な物語だ。しかし、それはいつだって孤独だ。



 ひとりびと。精神的な拠り所とする人や事、モノがなくて、心が通じ合う人がいなくて寂しいこと。また、そのような様。孤独。辞書的な意味で言えば、孤独とはこのような説明になるのだろう。間違いない。説明的だ。



 まあ、いい。



 私の名前はもう良いだろう。皆が知っていることだ。それよりも、これは私にとっては昨日のことだが、誰かにとっては明日のことなんだろうと思う。昨日のことのように覚えているとか、そんなところだ。つまり、それは昨日だろうと、明日だろうと同じこと。いつだって孤独なのだ。孤独であると、そう感じてしまうのだ。



 それは仕方がないことだな。雨の降っているときに傘を差さなければ、ビニール傘を差さなければ濡れてしまうのと同じように仕方がないことだ。ビニール傘。これは人類の叡智の結晶だな。孤独も同じだ。人類ならではの、特有の現象であると言えよう。



 動物でも、例えば魚とかネズミとかでも孤独で寂しいとストレスで死んでしまうらしいが、しかし、その孤独と人間の孤独は違う。人を避けて生きる孤独なクマの生態とか、孤高の存在一匹オオカミとか、それらとも違う。人間は特異なんだよ。特別じゃないが、独特であることは間違いない。神に聞いたって、同じことをいうはずさ。すべてを救え、なんて大それたことは言わないが、しかし己を救うことぐらいはしてもいいのではないかと思う。



 一人ぼっちで、孤独であるのにそんなことができるのか? 自分を救う? どうやって。さあ、どうするんだろうな。私にはわからないことだ。しかし、少なくとも誰かに頼って成し得る事ではない。誰かによって救われることはない。それぐらいはわかるさ。深中負穏である、この私だからな。



「お前はどうしていつも俺の中で独白している」



 心外だな、少年。君がいつも呼び出すんじゃないか。私はそれに応えているだけだよ。それはつまり、言わば神のおぼし召しってところか。



「最近出てきすぎだ」


 

 違うね。だから、君が呼び出しているんだよ少年。



「うるさいっ。毎回毎回、なんで出てくるんだ。お前なんか必要としていない」



 それもまた、心外だな。そして、同時に傷ついた。君も不機嫌になったら、感情のままに、辺りに怒り散らすのかい? あの小さな少年のように。



「あの小学生は関係ない! 今はその話はしていない」



 でも、これからするんだろう。



「うるさい。知るか、そんな奴。お前なんかも知らない。うるさい、うるさい。消えてしまえ」



 消えるというのは、私のことか。失敬な。君が生み出しておいて、それはないだろう。私は君が必要とするから生まれた堕天使のような存在。君はある意味では神だ。そして、神は昔にこう名付けた。




 心の奥『深』く、その『中』に住む『負』の感情を持つ不『穏』な存在。



 君がそう名付けたんじゃないか。



 そうだったじゃないか。



 忘れたとは言わせないぞ。





 …………。



 ……。




 

 心中穏やかじゃないな。私の名前のように。やれやれ、神がこうも気まぐれだと、使いが苦労するものだ。まあ、天の使いどころか、既に堕天しているらしいけどな。天にはいない、居たことすらない存在だけどな。



 さて、問題は何だったかな。そうか、喧嘩っ早い小さな少年のことだった。それはなかなか、難儀な問題だ。



 小さな少年の気持ちを考えてみよう。どうしてそんな行動をしてしまうのかを考えてみよう。もしかしたらその子の気持ちに寄り添えるかもしれない。……ん?  どうして私がそんなことを考えるのかって? そりゃあ、私は案外良いやつだからだよ。つまり、心の主である少年も良いやつだ、というわけだ。しかし、私の言うことをいつも聞かないからね。今回も駄目かもしれない。まあ、良い奴ではあるんだけどね。



 そう。その子も良い子なのかもしれない。



 実は、案外、良い子なのかもしれない。ちょっと暴力的で、手が出やすくて、でも心の中はそんなこと思っていない、本当は優しくて良い子なのかもしれない。ならば、なぜそんな態度を取ってしまうのか。



 構ってほしいからか。自分のことを見てほしいからか。認めてほしいからか。振り向いてほしいからか。答えはわからない。本人しか知り得ないこと。それこそ心の中奥深くを覗いてみないと、見えてこないだろう。それは単純じゃない。難しい。ココロというのは、感情というのは複雑怪奇に出来ているからな。煩雑で繁雑していてとっても奇妙だ。私のように。それはまるで私であるかのように。



 では、そんな少年が居たとして、そしてそれが、周りの人間に何もできないとしても、なにか変えることはできないとしても、誰も本当の意味では関与できないとしても、それでも何かできるとしたら。何かするとしたら。赤の他人であり、見ず知らずで、出会ったばかり。それはきっとお節介で、優しさの押し売りで、どうしようもなく無価値な行為。でも、無意味ではないかもしれない。無茶かもしれない。無駄かもしれない。でも無意味ではないかもしれない。それだけを希望に、望みにしたとして、果たして何ができるか。何を。



 そういえば、明日は何するんだっけな。



 そこまで行き着けば、もう理由としては十分である。



 少なくとも、ここの主である少年にとっては。



 さて、今回の私はここまでだ。



 機会があれば、また会おう。



 心の主である少年のように、私のことが嫌いでなければだが。




 では、さらばだ。



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