第19話 登山

「初日はハイキング。夜は下山してコテージで管理人からビーフシチューが出る。一泊して翌日。明日は釣り堀で釣りをして、昼は魚を食べる。午後は夕食作りとなり、夕食はそれを食べる。メニューはカレーライス。まあ、定番だな。それと、二日目はキャンプファイヤーをやる。その準備は中学生組がやるように。説明以上。休憩終了。登山再開!」



 俺の質問に対する解答は以上だった。この炊事遠足などという夏休みを潰しそうな催し事に、俺の妹を使ってわざわざ参加させた意味も、理由も、何も答えは示されなかった。半ば強制参加である。生徒会は一応関係ありそうだが、あるとすればそれぐらいだ。それでも俺は、生徒会役員ではない。特別推薦代理補佐であって、手伝いを自ら志願するならまだしも、手伝わされる道理はない。



「僕と多々良、野球部のメンツは、手伝うと先生から内申点が出ると言われて参加したんだ。恋瀬川さんも、渡良瀬さんもいるのだから、君も同じ生徒会で来たんじゃないのかい?」



 歩きながら、隣にやってきた香取は俺に聞く。それに対して俺は答える。



「いや、生徒会から直接手伝いをお願いされてはいない。俺の場合は……そうだな、まあ、妹だ。妹が参加したいというからな。俺はそれの付き添いみたいなものだ」


「ああ、学祭のときにも来ていたね」


「まあ、そうだな」


「あ、ぼくも覚えているよ。茜ちゃんだよね、妹さん。挨拶したからね」



 多々良が会話に参加してくる。こいつは、なんていうか、そのボーイッシュな髪型に、可愛らしい小顔。小柄で、可愛くて、みんなから愛されそうなかわいい女の子。俺の多々良への印象はそんなものであった。学祭のときもそうだし、それは今も変わらない。だからこそ、それは見た目だけであって本当の方は嘘偽りなんだろうなって、そう思った。



 しかし、登山というのは、ホント久しぶりに来たけど良いものだな。苦労しかない。達成感? ないない。あるかよ、そんなもの。ずっと坂道を登ってるんだぞ。登り続けなくちゃいけないんだぞ。それが登山だ。下山は楽かもしれないが、しかしそれは登山ではない。すでに下りてしまっている。下ってしまっている。少なくとも、それを登山とは呼べない。登山とは苦労するものだ。拷問であるかのように、登頂までずっと登り続ける。苦労して苦労して、苦労する。つまり何もいいことがない。苦痛だ。正直嫌である。良いとか言ったな。あれは虚言だった。登山なんてぜんぜん良くない。ああ、釣りがしたい。釣りがいいな、うん。それは、なんて言っても、俺は釣りが大好きなんだからな。




 登頂した。頂上は小さな小屋みたいなのがあるだけで、他に特に何もなかった。見晴らしは良かったが、俺は子供じゃないのでそんなものでは喜ばなかった。感動も、歓声も、やっほーもない。ちなみに渡良瀬と、妹はやっほーと言っていた。やめてくれ、アホらしい。



 そんなアホどもを見ていたら、小学生の方でトラブルが起きているが見えた。先生が新しいドリンクを泣いている子に与えている。その輪の中には腕を組んでいる男の子もいる。彼が何かしら手を出すようなことをして、たとえば殴るとかはたくとか、それで、そのせいであの小さな低学年の持っていた飲み物が地面に叩きつけられ、中身がこぼれてしまった。そんなところだろうか。香取も様子を見て駆けつけ、小学生をなだめようとしていた。さすがのイケメンキャラ。様になるぜ。多々良もその後ろについて行った。恋瀬川は心配そうに、しかし自分が何をしたらいいのか分からないような感じだった。渡良瀬もすぐに低学年の子を撫でていた。彼女は優しい女の子……女性だ。渡良瀬はきっと誰にも優しくて、誰にでもやさしい。そうなんだろうと、思った。それはとても良いことだし、とても誇れることだけど。だけど。



 俺はもちろん、遠くの方で一人ぼっちでいるだけだった。それだけだった。







 ※ ※ ※






「タイセイくんっていうんだって、彼のお名前」


 

 渡良瀬が共有がてら、話を始めた。夕食は小学生と中学生でテーブルが別れて、それぞれでビーフシチューを食することになった。妹は大丈夫かな、お兄ちゃんいなくて平気かな、そんなことを思いながらそっと向こうのテーブルを見たが、五人くらい友達を増やしているようで、さらにはその輪の中心になりつつさえあった。それはまるで、兄などいらないかのようであった。そんな兄はどこか寂しく思ってしまうのであった。



「夕食前にも喧嘩してたよね。なんか、そういう子なのかな」



 多々良が話をつなげる。俺はその正直な見方はどうかと思う。そう思った。もっと穿った見方、考え方が彼に対して必要なのでは。たとえば、俺の考えみたいに。



「みんな、仲良く出来ればいいんだけど……」



 誰かがポツリと言った。どこかで聞いたことのあるセリフだ。学祭前の何処かのクラスの委員長が言っていたような、そんな気がする。みんな、か。やはり、俺の大嫌いな言葉だな、それは。恋瀬川も溜息をついている。同感だ。



「違うな。そんなのは戯言ざれごとだ。仲良くなんてしなくていいんだよ。人間関係っていうのは、上手くやるのが肝心なんだ」




 ……うわ、空気悪くなった。なんだよ、俺のせいかよ。後悔はしていないけど。




「あなたなら、うまくやれるのかしら」



 恋瀬川。おまえはいつだって意地悪だな。試すような、見透かしているような、そんな問いばかりで。俺がそう思い込んでるだけなのかもしれないが。



「さあな、わからん。まあ、やるときになったら、そのときはやるよ」


「なら、安心だ」



 渡良瀬が安心した。恋瀬川も微笑んでいる。香取も、多々良も。ついでに野球部も。おいおい、何だこれは。やめてくれ、わからないって言っただろ? 臨機応変に大人の対応をするって言っただけだよ。くそう、訂正するか?



 ……あんまり、期待するなよ。特に俺なんかには。





 それから片付けをし、それぞれコテージに戻って就寝準備となった。寝静まる前に、俺はトイレに行くついでに、近くを散策した。満点に近い星空は、きっとすべてが見えればきれいなんだろう。しかし、ここは少し都会に近い。自然豊かな場所ではあるが、都心からの交通の良さが売りのレジャー施設だ。その星空は少し霞んでいるように見えた。だけど、俺にはもやがかかっているくらいがちょうどよかった。すべてが透き通って見えるだなんて、たとえばそんな正直な心があったとして。それは酷く面倒だと思った。心は複雑で、ややこしいからこそ単純で扱いやすいのだ。そうだろう? そうなんだろう。



 俺は自問自答を、また始めるのであった。



 

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