夏休み・炊事遠足編

第18話 夏休み

 夏休み。それは八月がほぼ丸々一ヶ月休みとなる、それはそれは素晴らしいホリデイである。休みというからには休むのが努力義務であるからにして、読書でもするに限る。俺は夕飯の買い物のついでに、スーパーの隣りにある本屋に立ち寄って夏休みの愛読書を探していた。気分的には、古典文学一冊、ライトノベル一冊、純文学一冊。最低限その三つは抑えておきたいところだ。そんなことを思いながら、ジャンル別の本棚からそれぞれ書籍を選んで、それらとは別に、目に止まった本を追加してお会計した。



 帰宅して、本を部屋の机に起き、夕飯の材料を並べて、手を洗って。カレーを作るために野菜を切り始める。まだ三時を回ったばかりの時間だが、しかし煮込む時間を考えるとこのくらいからやり始めないといけない。それにカレーを煮込んでいる間に読書をしようと思っていたところだ。抜け目ない。



 材料を鍋に放り込み、煮込んでいる間にリビングのソファで購入したばかりの本を読み始める。それはいくつかの短編が集まって出来ていて、そこで芥川龍之介の歯車という作品を読んだ。憂鬱で憂鬱で死にたくなるという内容、といえばわかりやすいか。芥川の遺作として見つかった作品で、感受性豊かなあまり、歯車が回る幻覚を見る。自分の頭がおかしくなって死んでしまうのではないか。いっそ、寝ているときに誰かが首を絞めて自分を殺してくれればいいのに。そう、綴られて小説は終わる。なんとも考えさせられる作品だ。



 この小説に、とある中国故事が出てくる。寿陵余子。都会に憧れて都会の歩き方を学ぼうとした若者が田舎を出たものの、結局都会の歩き方は分からず、田舎の歩き方もわからなくなってしまったという話である。つまり、人のマネをしても自分のものにできないばかりか、かえって自分のことすら出来なくなるということわざである。このことから学ぶべき教訓は、ボッチはボッチであるべきであり、友達作りとか慣れないことをすると、一人で居ることすら恐れるようになってしまうので、避けるべきだということだ。やはりひとりぼっちは最強、孤独は愛するもの。端くれ者に栄光あれ。



「お兄ちゃん、これみてよ。これ行きたい」



 それは夕飯のカレーを食べているときだった。



「炊事遠足合宿? 二泊三日? そんなの、うちお金ないよ」



 炊事って。どうせカレーだろ? いま食べてるじゃん。



「参加費無料だって。着替えだけ持参って書いてあるよ」


「ふーん、じゃあ行ってこいよ。母さんには俺から言っといてやる」


「お兄ちゃんも行くんだよ。ほら、小中学生対象だって」


「それ、今からで間に合うのか? 参加予約とか、事前予約とか」


「任せて。電話してみる。ごちそうさま!」


「ああ、お粗末さん」



 元気よく駆けていく妹をみていると、まあ、付きやってやるか仕方ないなとそう思ったのであった。







 ※ ※ ※





 三日後。



 合宿当日。



「なん……だと……」


「やあ、九郎九坂。妹さん共々元気だったか」



 大垣先生だった。



「こんにちは、九郎九坂くん」



 恋瀬川だった。



「はろはろー、ひふみん。遅いよー、もうー」



 渡良瀬だった。



「なんで、いるの……?」



 他には生徒会役員のメンバーもいる。



「この合宿は生徒会主導で行われるからだよ、九郎九坂。まあ、妹さんまで手を回して、ようやく君を引っ張り出すことに成功したわけだ。苦労したよ、ホント」



 えぇ……やめてくださいよ、先生。ホント、苦労しないでください、そんなことで。いや、ていうか先生俺のこと好きすぎるでしょ。一体そこまでして何がしたいんだか。わからないですよ、俺はもう。



「やあ、九郎九坂」


 香取。


「こんにちは、九郎九坂さん」



 えっと、多々良さんだっけ。



「「おはようございまーすっ。アニキ。本日はよろしくお願いしますっ」」



 コイツラは誰だ。野球部の一年か? なんでまた、そんなメンバーを。



 周りをよく見ると、二十人ほどだろうかちびっ子の集団もいる。小中学生合同だっけ? まあ、だからうちの妹が参加したわけだが。



 すると大垣先生は拡声機をハウリングさせながら喋り始めた。




「よおーしっ。全員集まったな。もっと近くによれ。そうだ、よし。では始めよう。今日はよく集まってくれたな。では、さっそく、小学生のみんな、先生を紹介する。まずは小学校の先生の谷内先生。彼女はみんな知ってるな。よし。そして、引率する中学校の先生が私、大垣だ。よろしくな。何かあったら遠慮なく言えよ。ああ、それと、ここにいるのがみんなのお姉さん、お兄さんである中学生の諸君だ」



 小学生がこちらの方をつられて見る。一年生から六年生まで。男女も半々ってところか。全員それとなくお辞儀をする。俺たち中学生も手を振って、そして礼をする。



「よおーし。では、一日目はキャンプ場近くの小山にハイキングするぞ。ゆっくり行くからついてくるように。中学生組は最後に来い。小学生を間に挟むように、だ。いくぞ、えいえいおー!」



 俺たちはそんなハイテンションで引率をする先生に引きつられながら、山を登り始めたのであった。

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