第32話 羊と鳥

 華やかな中心街から外れ、緑が包み込む僻地。

 そこには小さな家が立ち並び、賑やかな喧騒はどこ吹く風となっている。そんな中四人が目指したのは、比較的に大きな教会。


「あそこか……」


 リファは小さく呟く。

 これで四人目の兄弟と会うことになる。これまでの会話から察するにここには二人いる可能性が高い。

 デュークにしろ、サーシャにしろ、かなり癖の強い人たちだからこの流れに乗って、さらに濃い人が出てきたらどうしよう、と一抹の不安を抱えながらになるが、こんな状況も楽しいと思えてきた自分はギルに感化されてきたのかもしれない。

 不安と期待の両面を抱えて教会の大きな扉の前まで到着した。そこで、リファは周りをキョロキョロとする。


「なにかおかしなことを見つけたのかい、リファ?」


 心配そうにサーシャが覗き込んでくる。


「あ、いや。サーシャさんの時、散々いじられたので少々トラウマに……」


「あはは、大丈夫だよ。ここにいるのはボクよりもずっと真面目で、というよりも真面目成分百パーセントで構成されている奴だからね。まあ、もう一人は一周周って真面目の意味をはき違えているけど」


「?」


 どうにも含みのある言い方に首を傾げるがデュークは既にその扉に手をかけていた。


「ここにいるんですよね」


「ボクも会うのは久しぶりだ」


 ゴオォと見た目と反して重そうな音を立ててゆっくりと扉が開いていく。

 世界は始まりの十一人によって創設されたといわれているので、基本的には世界どこの教会へ行っても世界政府の旗や紋章が置いてあるはずだが、ここにはそれがない。建築様式も世界基準とは異なって独特な作りになっている。

 と、そんな詳しいことをリファが知る由もないので「孤児院と少し違うのかな」程度の感想をもって教会内を進んでいく。


 かなり広い空間、天井も高く装飾品が飾られていて、キラキラと太陽光に反射する。床には長椅子が設置されていて、その先に一人の男性がいた。

 神父服を着た男性は推定だがギルと同じくらいの身長に黒とも白ともいえぬ短く切りそろえられた鈍色の髪色をしている。瞳も同様で鈍色をしていて、その胸には聖書が抱かれていた。

 特徴的な糸目で笑っていないはずだが、どこか優しそうな雰囲気を漂わせている。


「おや、おや、これは、これは、珍しい方々が来られましたね」


「白々しい、本当は知っていたくせに」


 口角を吊り上げてギルが小さく言う。

 扉の開閉音で気づいたのか、その男性はリファたちに気付いて優しい微笑みを向ける。


「迷える子羊、いえ、違いますね。迷える、鼠に蛇、猪ですね。お久しぶりです。そちらのお嬢さんはお初ですね。初めまして、皆さんのアレン・ルースターです」


「久しいな、アレン」


 頭を直角に近い角度まで折り曲げて挨拶をするアレンに一歩前に出てギルが返す。


「今日と言う日はどれだけ美しいのでしょう。離れ離れになっている兄弟が全員ではないにしろ私の元へと集まってくれた。これも、日ごろから神への奉仕と感謝を絶え間なく行っている私へのご寵愛と受け取っていいのでしょうか。ぁあ、……神よ。私は感謝いたします。神よ、神よ、神よ……」


 胸に抱く聖書により力を込めて抱き、その場で体をくねくねと捩じらせている。その瞳は恍惚に満ちていて、リファは一目でサーシャの言った言葉の意味を理解した。


「ギル……」


 その様子を見たリファは目をぱちくりとさせて目線をアレンに固定したままギルの名前を呼び服の裾を引く。


「気にしたら負けだ。あれは、……あれが素の状態だ」


「実に、実に、実に! 素晴らしいことです! 息災で三度会う兄弟の顔は私の中の情熱を呼び覚ますのです!」


 会話が成り立つ気がしない。

 それが、リファが抱いたアレンに対しする感想だ。


「あの! 私リファって言います。お話聞いてもらっていいですか!」


 ギルと同じように一歩前に出て常に神に対して祈りをささげているアレンに大きめの声で問いかける。


「お嬢さんの名前はリファと言うのですか。それは、それは、何と素敵なお名前でしょうか。神の使徒となり、等しく寵愛を受けるのに必要なのは、そう! 名前! リファ、それはいい名前です。神の御心にもきっと届くことでしょう」


 まったくかみ合わない会話に頭を抱えるギル。デュークやサーシャの様子も探ってみるが特に変わった変化が生じていないところを見ると、本当にこれが素の状態なんだと思い知らされたリファだった。


「まったく、いつになってもお前とリビィとフィフティスだけは頭痛の原因だよ」


「それは、私が特別であることを示しているのです。神の前では平等でいたい気持ちなどない、誰もが一番に自分を愛してほしいと願うのです。私もそう! 神を愛し、愛されることこそが至上の極みです」


「はあ~、頭が痛い」


 観念するように頭を力なく横に曲げて言う。


「それは、あなたにも言えることだと思うのだけど……」


 突如、新しい声が教会内に響く。

教会内の横、奥へ続く小さな扉から出てきたのは小柄なシスターだった。

 百五十センチにも満たない小動物みたいな愛くるしさを持ち。小麦色の髪はサイドテールでくくっている。眼鏡越しにでもはっきりとわかる凛々しい瞳は見る者を吸い込んでしまいそうだ。

 あまりにもクールな佇まいに思わずリファは息を呑んだ。


「普段は寄り付きもしないくせに、都合の悪い時に限って私に泣きついてくるなんて虫が良いと思わなかったのかしら」


 それに加えて饒舌の気があるらしい。


「そう言うなよ、メイ。デュークの賛同も得ている、問題はないっちゃないだろ」


「あると言わばあるのよ、愚弟。いつもこれの面倒を私一人に押し付けて、あなたたちはふらふらと、もう少し私とソフィアの気持ちも考えてほしいわ」


「ははは、それを言われると耳が痛い」


 眼鏡の奥で怪しく光る双眸は威嚇に使えば相当な威力を発揮できそう。


「あの! ギルを責めないでください。私がまいた種なので、私に責任があるんです!」


「ええ、あなたのことは事前に見ていたので承知しているわ。でも、大馬鹿なのは、自由とは秩序があって初めて成立するにもかかわらず、兄弟間で取り決めた約束一つ守れない愚弟がすべて悪いのだから」


「……ははは、言い返せね……」


 威風堂々と立ちすくむメイにギルは思わず及び腰になる。


「まあ、それは抜きにして久しぶりね。デュークにサーシャ、そしてギル。積もる話もあると思うわ。ひとまず奥の部屋に来てもらえるかしら。そこのお嬢さんとアレン、あなたもよ」


「は、はい」


「そうですね。長き時間を経て巡り合った運命の邂逅。それをたった一言で終わらせてしまうなど、なんともったいない! 語り合いましょう、時間は残されているのですから」


 後から出てきた女性、メイは優等生、学校で言う所の委員長的存在。対してアレンも真面目ではある物の確かに一周周って真面目が真面目に覆い被さって変な方向にシフトチェンジしてしまっている。

 結果、個性的な人が来るとは思っていたリファであっても苦笑いしか浮かべることしか出来なかった。


                    ※


 教会の端にあった扉をくぐると長い廊下に出た。そこの一番奥の部屋の扉を開けて入室する。


「さ、皆さん、どうぞそれぞれの椅子に腰をかけて」


 椅子とテーブル。大きく言うとそれしかない質素な部屋に入った六人はメイの指示通りに動いた。それぞれが車座の形で集まってテーブルを中心にリファも腰をかけた。

 ちなみに席順はメイとアレンを隣にして次にデューク、ギル、サーシャ、リファになっている。メイの目の前にギルがいるということだ。


「初めましての方もいるので挨拶をしておくわね。私はメイ。一応、メイ・シープと名乗っておくわ。それでそっちが……」


「神の信徒であり代弁者、先ほども言いましたが、もう一度言わせてもらいます。私は神の使徒でアレン・ルースターと申します。以後お見知りおきを」


 椅子に座ったまま軽く会釈をするにとどまったメイと違ってアレンは立ち上がって身振り手振りで自分の存在をアピールする。


「あの、私はリファと言います。よろしくお願いします。メイさんにアレンさん」


「ええ、こちらこそ」


 アレンの奇行に苦笑いしかできないリファだったが、なんとか笑顔を取り繕って会釈を返す。


「それで、何の用でここまで来たのかしら」


「あぁ、なんだ……? メイ、どうせ見てたんだろ。わざわざ説明が必要なのか?」


「もちろん見ているわ。でも、あえて口で説明させてどれほどの蛮行をしたのか自覚させてあげないといけないでしょう」


「サーシャは言わずもがなだけどメイもなかなかいい性格してんじゃん」


 睨みつける眼光に冷や汗を流しながら目線をずらす。


「――あの、サーシャさん。見ているってどういうことですか? メイさんも終焉の森にいたってことですか?」


 小声で話しかける。


「少し違うね。見ていたと言ってもメイが言っているのは予知の事」


「予知……?」


「メイの制御器が持つ複数の能力の一つさ。突発的にこれから自分に起こる未来を透視することが出来る。だから、今回ボクたちがアポなしにも関わらずメイとアレンは教会にいたし全く動揺していないだろ」


「あっ! 確かに……」


「――状況は理解したわ」


 サーシャとリファは密談している間にギルはメイに対してこれまでの状況を話し終えた。


「それで、デューク、あなたはどう思っているのかしら」


「どうもなにも、……ギルが面倒ごとを起こすのは今に始まったことじゃないだろ。それの尻拭いをするのも兄としての役割だ」


 椅子に腰かけて足を組んでいるデュークは淡々と話す。


「まったく、あなたは少し甘くないかしら。度々兄弟としての約束を破るのはギルとフィリアと相場が決まっているのよ。そういえば最近、クレアの噂を聞かないわね。まあ今は置いておきましょう。それでギルは一回くらい痛い目を見ないといけないんじゃない?」


「そういうな、メイ。ギルだって本質は理解している。それに、駄々こねて手を貸さずにいて取り返しのつかないことになったら一生後悔するぞ」


「――っ!」


 そういわれてメイは目を細めて言葉を詰まらせる。


「アレン、あなたはどう思っているの?」


 煮詰まった思考を打破する意味合いでも隣に座っているアレンに目を向ける。


「良も悪も私の中には存在しておりません。私はただ神の信託に従うまでです。そして、兄弟間での諍いならば、デュークの意見に従うことは承知済みのはずですよね。そう、私は導く者と導かれる者の架け橋であればいい。この翼は朽ちることなく両者間を飛び続けることでしょう」


「あぁもうわかったわ」


 手に持つ聖書を握りしめて力説するアレンをよそにメイは頭痛が酷いのか頭を抱え込んでしまっている。


「わかってたことだけど、変わってないな、アレン」


「変わる! それは勇気の象徴。いつだって変革者は無謀と勇気を兼ね揃えて人生という道なき道をひたすら歩む。私は愚かにも変わることを恐れてしまった。この場で停滞する自分を受け入れてしまったのです。なんと情けないのでしょうか。なんという愚行。神に御前に出会うことすら憚られるべきなのです。しかし、神は私を見逃さなかった。救いの手を差し出し私は掴んだのです。ぁあ、……神よ」


 ギルが特に意味なく社交辞令的感覚で話しかけたばっかりにアレンの悪い癖が再発した。そのことにさらにため息をついてメイはギルを睨む。


「アレンさんのあれって何なんですか?」


 目を点にしてアレンの様子を見ていたリファは我慢ならなくなったのかサーシャに密かに耳打ちをした。


「ん~、あれは一種の病気かな。小さいころから真面目すぎてね。メイと揃って兄弟間の仲裁とかしてたな。ギルとかテッドとか日常的に騒ぎを起こしてたし」


 笑い顔で懐かしむように語るサーシャ。しかし、不意にその声のトーンが落ちた。


「小さいころから狂信者の一面が垣間見られたけど今ほどじゃなかった。でも。あの一件以降、アレンは神を強く意識するようになってね。多分、信じたいんだと思う。神はいつだって自分たちの側にいるってことをね」


「はは、……。自分たちでもアレンさんを狂信者って呼ぶんですね……」


「それ以外に表現のしようがないだろ」


 ――あの事。

 その一言はギルもたまに口にすることがある。リファの中でその口調で言われた言葉は内面に踏むこみ過ぎる印象があり、それ以上追及したことはない。


 ――どうしようかな。

 悩んでいた。ギルは一飯の恩、だからと言って今回行動をしてくれているが、どう考えてもギルにしてもらう割合の方が圧倒的に多い。

 リファが随時情報を提供していくのは頷けるが、ギル達の内側の問題にリファが頭を突っ込んでいいのか不明なのである。


「あの……」


「ん、なにかな」


 さっきアレンが言っていた進むことは勇気であり、無謀でもあると、気さくで気楽なこの関係が壊れたらどうしよう、と考えるとそれ以上の言葉が出てこない。


 ――あぁ、私もどうやら勇者ではなかったようです、アレンさん。

 心の中で静かに呟く。


「いいえ、何でもないでず」


「そうかい」


 気にはなるが今早急に聞く必要もない。今後、時と状況が整った時に聞けばいい。

 少々頭の片隅にもやもやが残る選択をしてしまったが、やってしまったことは置いておいて、ギル達の会話に戻る。

 リファは今日初めて見たメイだったが、幼げな印象とは裏腹に多分苦労してきたんだと確信している。たまにちらちらとメイの方を見てみると高確率でこめかみを押さえて頭痛対策に没頭しているからだ。


「それで、メイ。最終的にはどうなんだ」


「デュークが賛同している時点で答えは決まっているわ。兄弟の約束だから守るわよ。でも、都合がいいわね、ギル。自分は守らないくせに、私には守らせるというのも理不尽な話に思えるわ」


 ジト目をしてギルを見る。

「好き好んで破っているわけじゃないよ。結果そうなっただけでできるなら責めないでほしいな」


「はあ~、大体ね、簡単そうに言ってくれるけど私にだってここでいろいろといらないといけないことだってあるのよ」


「別にここってそんなに人来ないだろ。なんか問題でもあんの?」


「――ちっ!」


 メイはやっぱりギルよりも年上のはずなのにまったくそうは見えず、むしろ年下と言っても違和感がないほど童顔だ。そこだけをくりぬけば青春を謳歌できる年齢に見える。それに加えて小麦色の髪が重なって見た目年齢十三歳程度にしか見えないがれっきとした妙齢の女性であり、ギルよりも年上であることも確認済みだ。

 あくまでも本人談に寄るのだが。

 そんな女性が顔を歪めて眉間に皺を寄せている。一目でわかる不機嫌な表情を浮かべている。


「確かにね、人はあまり来ないわよ、ええ、そう。来ないわよ。でも、ここロンドリアで肩身の狭い生活をしつつ弟の面倒を見ているのは私! いっつもふらふらして面倒ごとを持ってくるあんたに言われたくないわね……」

 その背後から黒いオーラが見えてくそうな勢いだ。効果音があれば間違いなくゴォォォオ聞こえる。


「これはいけないな」


「ちょ、ちょっとサーシャさん!」


 隣に座っているサーシャは突然リファの目を両手で塞いだ。同じようにギル以外のデューク、サーシャ、アレンも眼を瞑った。


「リファ、悪いことは言わない。おとなしく目を閉じていて」


「何が起きたんですか」


 ふざけているわけじゃないと真剣な声で話すサーシャのお陰で理解したが、目を塞がれた以上眼前で何が起きているのか分からない。


「ギルに一つ弱点があるとすれば、兄弟としての冗談と真剣な場合との判断がついていないことかな。多分、ギルは特に考えることなく兄弟としていたんだろうけど、メイとしてはカチンとくるんだろうね。実際、かなり大変だもんね。メイの日常……」


 誰もが目を閉じている中、ギルも状況が最悪な方向に進んでいることを察知して急いで瞑目しようとするが体が動いてくれない。

 動かなくなった体を無視して眼球が捉えている情報を集約するとメイがずっと装着していた眼鏡を外していることに待気付いた。


「メイ、待て、待て! 待て!」


 唇すらも上手に動かせないため『え』の形で言葉を発していかないといけないため上手に発音が出来ないが、人は窮地に立つと基本何でもできるようなるようで比較的上手に唇を動かさずに声を出す。

必死に懇願してメイに許しを請おうとするがメイは笑っていない。その目はさっきまでのどこか愛くるしく、凛々しいものではくなって瞳の中に五重の波紋が広がっている。


「遊びで仕掛けてくるサーシャと違ってメイの場合マジでやばいんだよ」


 焦っているギルは何かを閃き一回咳をすると声の質が変わった。


「いや~、今日も可愛いですね、メイさん。兄妹じゃなかったら間違いなく一目惚れしてますね」


「一発でお世辞とわかる謳い文句はいらないわ。私を口説きたいのなら違う方法がるでしょ」


 瞬間にばれてギルの額を一筋の冷や汗が伝う。


 ――ああ、どこかであったなこのシチュエーション。


 ギルは思い返す。終焉の森を四苦八苦の末抜け出した後に再開したサーシャとの冒頭の場面を……。

 あの時も乙女心の分からないギルはサーシャによってふっ飛ばされていたが、今回も非常に類似した展開が広がっている。

 異なることがあるとすればサーシャはあくまでも悪戯の一環として行って、でも、メイはその目が語る、本気であると。


「わかった! 今度チョコレート奢ってやるよ。ほら、好きだったろ、チョコ」


「一時の食欲に負けて本質を見誤るほど私は愚かではないわよ」


 メイの目線がさらに冷たくなる。

 五重の波紋が広がっていた目は二重の波紋へと変化した。


「よりにもよって二重はやばいって!」


 必死に叫ぶギルだが、メイにはどこ吹く風。周りの兄弟も触らぬ神に祟りなしを貫いている。あのアレンでさえメイを怒らせることに利益はないと何もしゃべらない。


「楽しんできて、そのうち解放してあげるわ」


 ギルの体は何かに射抜かれたように大きく揺れて、椅子の背もたれに全力で縋っている。意識が途切れたのかぐた~と頭が背もたれを乗り越えている。

 ギルの悪いところだ。度胸は座っているかもしれないが同時に特に計画なしに話してしまうことも多々ある。その度にサーシャにふっ飛ばされてメイに精神を侵されていた。

 今回で何度目だろうか。そろそろ不用心な発言を押さえてほしいものだが……。


「反省していなさい」


 確信犯のメイの二重の波紋は消えて元通りの目が戻っていた。


「メイ、そろそろいいかな」


 ずっとリファの目を押さえたままだったサーシャが聞いている。


「ええ、いいわよ。愚弟にはお仕置きをしておいたから」


「ふ~」


 ゆっくりサーシャが目を開けて安全かどうかを調べる。


「あちゃ~、やられてるね。悪戯じゃない以上ボクよりも大変そうだね」


 精神をやられたギルは放心状態と化していた。そのことを確認するとステラの目も解放した。同時に、デュークとアレンも目を開けた。


「えっ! ギル!?」


 メイとギルが無いかを言い争っていることは耳から入ってくる情報で確認していたが、目にするまで信じられなかった。


「サーシャさん、ギルはどうしたんですか?」


「あ~、多分、幻術にかけられたんだろうね。助けてあげたいけど、本来あれは術者しか解けないけど、ボク程の魔法使いなら少しの時間があればいけなくもないけど、まあ、ギルが悪いし、ボクにも同じようなことしてくるし、いい反省の機会になるでしょう」


 焦る様子も感じられず意識を失ったギルを見る。


「でも、メイさんの能力って未来予知じゃなかったんですか?」


「あの時言っただろ、複数ある内の一つだって、メイは目の波紋の数だけの能力を持っている。ギルが動かないことを見るとおそらくやられたのは二重、幻術だね。なんの幻術かはかけた本人しかわからないけど、ボクと同じくらいギルをいじめるのが好きなメイのことだから碌な幻術じゃないだろうな」


「勝手にばらさないでほしいわね。それに、私はあなたほど性格悪くないわよ。ただ躾のなっていない弟の再教育をしただけ」


 眼鏡を布で綺麗にした後に再び目に装着する。

 ギルは相変わらず椅子の腰かけたまま動かないかと思われていたが、よくよく見るとその口は小さく動き、目からは涙があふれている。

 その光景を見たサーシャが威厳な顔をしてメイに問う。


「それで、メイ。ギルに何の幻術をかけたの?」


「詳細はギルだけが知っていることよ。私はただ人生に最も悲しかった日を追憶させているだけ」


 その答えにサーシャだけでなくデュークも苦い反応を示す。


「メイ。性格が悪いのはボクの専売特許だ。ギルにとっての一番悲しかった日か……。そんなのギルだけじゃない、兄弟共通認識のはずだよ。メイだってその日のことは覚えているはずだ。早めに目覚めさせた方がいい。ギルの心がまた壊れることがあればもう元には戻らないかもしれないからね」


 それに、と


「ギルで遊んでいいのはボクだけさ、取られたくないね」


 前半は真地面なトーンで話していたサーシャだったが後半になると急に破顔していつもの悪戯心満点の無邪気な笑顔を浮かべる。


「私も同意見だ。それにメイ、君の能力は体の負担が大きい。やたら滅多に使わない方がいい」


「なんか急に私が悪者みたいになってきたわね。安心していいわよ。最初からすぐに解術するつもりだったから」


 嘆息を突きながら言うメイはパン! と一回手を叩く。


「――はっ!」


 まるで顔に冷水をぶっかけられた時を彷彿とさせる飛び起き方だった。ギルは目覚めてすぐに頬を抓って現実であることを確認して安堵した。


「帰ってこれた……」


「どう? 少しは反省したかしら」


 目覚めて間もないギルにメイの質問。


「ああ、俺が悪かった。でも、出来ればあの日の追憶だけは勘弁してほしいな」


「それは、これからのギルの態度次第よ」


 元々小麦色のサイドテールの髪形をしているため笑顔がものすごく似合うメイだったが、不敵に笑みを浮かべるメイはさらに似合っていて恐ろしくて声をあげることが出来ない。


「それで一通りギルで鬱憤だらしもできたことだろう。そろそろ明確な答えを出してもらおうか」


 支配者であるデュークの言葉。


「答えは最初から決まって度々言っているように協力するわ」


「そうか、アレン、君はどうするんだ」


「変わりませんよ。私にとって唯一無二の兄弟を助けることは必須の事です。微力でかまわないのなら、この翼ぜひ使っていただきましょう」


「これで二人の言質はとれた。ここでの任務は終わりだな」


 会議の終了を知らせる合図として立ち上がったデュークは首を一回転させてしばらくの休息を得る。


「あの、メイさん聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


 各々が席を立ってリラックスをしている中、リファがメイの元へ駆け寄った。


「リファだったわね、何かしら」


 さっきまでの話し合い中は妙な緊張感が場を支配していて結局リファは全員の前で話すことが出来なかった。


「どうして、ロンドリアに残っているんですか? ……あっ! 別に嫌味とかそんなんじゃなくて、ギルがロンドリアに残るわけにはいかない、みたいなことを言っていたことがあって気になりまして、その……」


「最悪な国と呼ばれた過去を持っても私たちの生まれ育った国に違いはないわ。愛着があることが一番の理由。他にあるとすれば昔、革命を起こしことについては後悔していないけど、ふと思うの、革命を起こしたから助かった命もあれば、革命が起きたから失った命もあることにね」


「――?」


「簡単なことよ。革命で国民の多くの血が流れたわ。当然その中には旧ロンドリア王国体制下では死ぬ運命じゃなかった人も含まれている。革命で亡くなった方の遺族は私たちを許しているの。大きな変革の前に小さな犠牲は必然だと言ってね」


 でもね、と。


「私たちは殺しがしたい訳じゃないの。特に私とアレンは聖職者の立場にあったから神の審判を恐れたものよ。他の兄弟は自分たちの都合で革命を起こした国に定住は出来ないとして出ていったわ。逆に私はここに残るって決めたの、無情に失われた魂を一つでも多く鎮めるためにもね」


「……」


 珍しく長く語るメイにリファは息をするのを忘れてただ眺めている。


「――ごめんなさい、私ばっかり長々と語ってしまったようね」


「いえ、その……なんかすごいですね。私なんかとは全然違う。あの、今回私が原因でギルにやってもらうことになったんです。多分、ファーガルニでもここで起きたことが繰り返されるかもしれないんですけどいいんですか? さっきの話を聞いていたら申し訳ないことを頼んだ気がして」


 前髪で目を隠して俯きトーンを下げて話す。


「本来なら聖職者である私が直接手を下すことは控えるべきなのはわかっているわ、でも、兄弟の頼みは聞かないといけないのよね、神と兄弟が対立することがあれば私は、そして、アレンも迷わず兄弟側につくわ」


 凛々しい瞳を輝かせて言いきるメイはとても美しかった。


「……ありがとうございます」


 その一言しか言えない異聞が情けなく感じた。


「これから、よろしくお願いするわね、兄弟」


「はい、メイさん」


 ここに新しい女の友情が誕生する。

 



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