第3話

「な、なぁ……」

 話題がひとまず終わった時、俺は恐る恐る一つの話題を切り出した。

「誰か宮下と仲良い奴いない?」

 雑談していたいつものメンバーが、ふと呟いた俺の一言に一瞬で静まる。

 思わず心臓が飛び跳ねた。

「…………」

 さっきまで元気で会話していた奴まで俺の方を見て黙ってしまっている。

 俺が知らないだけで宮下とこのメンバーで何かあったのだろうか。

 誰もが無言の中、じっと見つめていた柚子と目が合ってしまう。

 この前、宮下を誘おうとした手前彼女の視線に汗が止まらない。

「春斗」

 彼女は俺の名前を呼ぶ。

 その顔は真剣そのもので、俺の顔をまじまじと見た後に再び口を開いた。

「宮下ちゃんのこと好きなの?」

「……え?」

 恐ろしく真剣な顔でそんなことを言いだす。

「違うって! ちょっと気になっただけだ」

「「好きじゃねぇか」」

 確かにこの言い方だとそう聞こえてしまうのか。

「だから俺は純粋に宮下さんがどんな人か……これだと変わらないか。もっと彼女のことを知りたい……ってあぁ、違う」

「何言ってるんだお前」

 どんどん墓穴を掘っていく俺に、友人は苦笑いとニヤニヤが混じった表情をする。

「でも実際、宮下ちゃんが誰かと話してるところ見たことないね。あんまり人付き合い好きじゃないのかもね」

「春斗と付き合ったら私も一緒に遊びたーい」

「そういうのじゃないって!」

「最初はみんなそう言うんだって。ほらほら声かけてきたら?」

 二人ほどに肩を押される。割と本気のやつで

「でも宮下さん、もしかしたら私たちみたいな騒がしいの好きじゃないかもね」

 確かに、とその場の全員が思った。

 だがそれも一抹の不安だったようで、

「そんなこともなさそうだぞ」

 今まで話さずにいた友人が、一言呟く。

「え? なんで?」

「後ろ見られてるぞ」

 こっそりと俺が振り返ると、まさに件の人物と目が合う。

 床に着きそうな白衣と大きな本を持ち、眼鏡の向こうには鋭くそして綺麗な目が映っている。

「……!」

 彼女の方もこちらに気が付いた。

 すぐに視線は外れるが、隙を見てこちらを観察しようとしている姿が見えた。

 俺たちはゆっくりと顔の向きをもとの場所に戻す。そして全員で顔を見合わせた。

「見られてる……わね」

「混ざりたいのか?」

「なんかそんな感じには見えないけど」

 俺もそう思った。なんだか好奇心に近いような感情に充てられている気がした。

「なら可能性は一つだね」

「一つ?」

 そいつはニヤリと笑う。

「誰かこの中に好きな奴いるんだろ」

「一番あり得そうなのはそれだな」

「確かにそれがありえそう」

 全員が納得し出す。

「いやいや! 何か用事があるとかかもだろ!」

「それだったら普通に声かけてくるだろ。言いづらい事なんてチャックか恋しかないだろ」

 カスみたいな意見しか出てこなくなった。

「どっちでもいい。ほら春斗、玉砕してこい」

「なんで玉砕前提なんだよ。いや、違う! 俺そもそも好きなんて言って」

「「どうどうどう」」

「お……おい!」

 運動部約二名に押し出される。

 とても帰れそうにない雰囲気を悟った。

 俺は、しばらく右往左往してから何度か溜息と元居た場所の確認を繰り返す。

そしてそのうち諦めて、俺は彼女の座る席に歩く。

彼女の周りは不思議と人が居らず、どこか神秘的にも感じてしまう。

そんな入りづらくも惹かれる場所に、俺はゆっくりと歩を進めた。

 すぐにこちらに気が付いた彼女は、何も言わずに俺からの第一声をジッと目を見て待っている様子だった。

 別にこちらから用事があるわけでもないので、何を言っていいのか分からなくなってしまう。

「えっと……おはよう」

「……おはよう」

 こちらを見上げるようにした彼女のセミロングの髪が揺れた。

 少し驚くような仕草を見せた後、彼女はか細い声で呟いた。俺はこの時に初めて彼女の声を聞いた。

 声をほとんど出していなかったのか声のボリュームはかなり小さかった。

「何か用?」

「用というほどではないんだけど……」

「そう」

 口調は高圧的だが、様子はやや緊張しているようだった。何だか不思議な話し方をする人だ。ちょっと調子が狂う。

 だが怯んでもいられないので、俺は思い切って本題を切り出してみた。

「勘違いかもだけど、俺たちの方見てなかった?」

「かもしれない」

「かもしれない?」

 何とも曖昧な言い方にモヤモヤしてくる。

「誰かに用事でもあった? 俺でよければ繋げるけど」

「用事ではないんだが、少し興味があったんだ」

 誰かのうわさ通り浮ついた話のようだ。

 宮下さんのような人でも、恋愛事には興味があるのかなんて失礼な事を考えながら、彼女の二言目を待つ。

「その……なんだ……話を聞いてほしいんだ」

 誰に? と聞こうとする前に彼女が俺の方を見てそう言っていることに気付く。

「俺?」

 まさかの俺だった。

 なら浮ついた話ではないだろうと切り捨てる。

 提出してないプリントでもあったんだろう。

「いいよ。まだ時間あるから」

 しかしそう言うと、彼女は少し顔を赤くする。

 その様子はまぁ随分と女の子らしい表情だった。

「ここではちょっと……放課後、会ってもらえないか?」

 ここではちょっと? もしかして話しづらい事?

 俺だって頭が回らないわけではない。

 思考を駆け巡らせ、あらゆる可能性も模索する。

 そしてその結果、俺はフリーズした。

「移動教室なので私はもう行く」

 彼女はそれ以上は何も言わずに歩いて行ってしまう。

「お、おい……」

 後ろから来た友人たちは恐る恐る俺の肩を掴む。

 俺も思わず頬が緩んでいくのが分かった。

 小学生、もしかしたら世界救ったかもしれない

 当然、その後の授業なんて頭に入ってこず、頭の中は宮下さんの事でいっぱいだった。

 世界を救うなんてことも頭には入っていない。

 高校二年にして、ようやく春が訪れるのかもしれない。

 正直、少し苦手意識はあったが、話してみれば話せなくはなかったし、年相応の表情もするのだと知れた。

 だが何よりも告白されることに価値がある。

 気が付けば6限の終わりを告げる鐘が鳴っていた。

 ホームルームもいつも通りすぐに終わったが、今日は席をすぐには立たなかった。

「一ノ瀬くん」

 放課後になると、彼女は真っ先に俺のところに来た。

 相変わらず表情はどこか緊張しているようだったが、何だか今だけはそれも気にならなかった。

「科学準備室で待ってる」

 一緒に行こうとは言ってこなかった。

彼女はさっさと教室から出て行ってしまった。

 それにしても科学準備室とは相談には珍しい場所を指定された。俺も二年目のこの学校で一度も訪れたことがない場所だった。

 俺も自分のカバンを持ってからゆっくりと教室を出た。

 科学室は隣の校舎の端っこ、日が当たらず冬には凍える寒さになるので生徒からの評判はすこぶる悪い。

 準備室はその隣、普通は科学教師が使っているはずなのだが

「失礼しまーす」

 何か彼女の白衣とでも関係があるのか、そんな事を考えながら俺は科学室に入る。

 しかし科学室は真っ暗で人の気配もない。

 やはり聞き間違えだったか、なんてことを考えていると教室の隅が明るいことに気が付く。

 どうやら間違っては居なかったようだ。

 俺は安心して肩を撫でおろし準備室に入る扉を見つけると、俺はその扉をゆっくり開けた―――

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