第46話
「これはいったいどういうことだ?」
突如として現れたおっさんの正体は星野の父親だった。
インターホンを覗き込んだ星野が急に慌てだしたので嫌な予感はしていたのだが、実はこの家事代行は星野とそのお姉さんの愛奈さん独断のもので星野のお父さんは全く知らなかったらしい。
最初の頃、教えてないよ??と愛奈さんが茶目っ気たっぷりに言っていたが、まさかガチだとは思っていなかった。
運転手さんも把握しているからてっきり家族全員――星野家の関係者は把握していると思っていたのだが唯一お父さんだけが知らないらしい。
星野のお母さんと家の使用人が情報統制をしっかりとしていたためここまでバレなかったのだが、急な訪問により今に至る。
唯一父親に知らせなかった一番の要因は娘を溺愛し過ぎて、近づく男を片っ端から追い払ってしまうかららしい。
それって、俺詰んでない?
星野溺愛パパこのこと知ってないのに無断で家に上がり込んでるし。
しかも片手で数え切れないくらいには。
誇張なしで半殺しで済んだらいいレベルだよね?多分
星野の必死の抵抗も虚しく星野お父さんを家に上げ、ただいま絶賛家族会議中だ。
俺は、部外者ということで少し離れたところで待機していたが、呼び出された愛菜さんと星野がリビングにある椅子に座り、それに向かい合うように星野のお父さんが座っている。
今ではあんな感じで落ち着いた様子だが、俺を発見した当初はひどいなんてものじゃなかった。
寸でのところで星野が止めに入ってくれなければ、俺の顔面にキツイのが一発入っていただろう。
星野がなんとか状況を説明して取り敢えず、その場は収まったが今度は星野姉妹に説教が始まった。
星野のお父さんは歯科医らしいがそのイメージとかけ離れた風貌をしている。
つまり、筋肉質な男性ということだ。
そんな人が腕を組みながら険しい表情をしているのだから第三者からしてみればより一層威圧感がある。
俺でさえ恐ろしいと思っているのだから彼女たちはもっとだろう。
普段はデレデレであまり怒らないそうだが、怒ったときは見ての通りだ。
星野があれだけ焦っていたのも頷ける。
「取り敢えず、拓実君が家事代行としてこの場にいることは理解した。で?どうして家事代行をそれも異性の人を契約しようと考えたんだ?」
できるだけ平然を装いたいのか口調は落ち着いているが言葉の節々から怒りが漏れ出ていた。
「それは、その……満華ちゃんの私生活がだらしなくて家事代行があったらいいかなって思って」
代表して愛奈さんが答える。
まぁ、家事代行を頼む理由としては真っ当だが問題は……
「ではどうして指名制でわざわざ拓実君を指名しているんだ?異性である拓実君を」
「それは、拓実くんが偶々同級生だったから、赤の他人よりかは気を使わなくていい分そっちの方がいいかなって…」
「本当にそれだけか?」
「それだけって?」
「なにか私に言えないようなことをしていたんじゃないだろうな?」
星野のお父さん的にはなにか表向きに話せないようなことをしているんじゃないかと睨んでいるようだった。
「し、してるわけないじゃないっ!!ふざけるもの大概にしてっ!!」
ずっと沈黙を保っていた星野が吠えた。その瞳には何故か大量の涙を溜めている。
「ふざけているのはどっちだ!!だいだい、なんで私がこんなに怒っているかわかるか?私に無断で契約したことだ!」
「お母さんには言ってたわよ!お父さんに言うと許してくれないと思っていたから言ってなかっただけ!」
「どうして私が許さないって言い張るんだ!私だって家事代行ぐらいなら賛成してたかもしれないだろ!」
「お父さんが賛成?するわけない!いままで散々私たちの周りにいる男を追い払っておいて家事代行は許します?ありえない。中学生相手に牙むき出して威嚇していた人がそんなことできるわけないじゃないっ!!」
「できる!だいたい、それは満華たちに悪い虫がつかないようにと思ってだな――」
「そんなこといちいちしなくていいッ!!そういうの昔からホントに迷惑でいやでいやで仕方なかったのよ!!」
ここで数秒の沈黙が辺りを襲った。
しかし、耳を凝らすとすべてを出し切った星野の息遣いがかすかに聞こえた。
一方で星野のお父さんは拳を握りしめ、真っ直ぐ星野を見つめていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ああ、そうかい。それならわかった。よくわかった。だいたい高校生を一人暮らしさせること自体間違っていたんだ。家事もろくにできない女が一人暮らしなんて――」
「――待ってください」
星野のお父さんの言葉を無意識のうちに俺は遮っていた。
きっと、ここで俺が入って行くことは悪手なんだろう。
黙ってみていれば、きっと俺は穏便に済まされてそのまま帰れたかもしれない。
だけど、俺だって半年近く星野と一緒にいた仲だ。
お父さんよりかはまだまだ全然だが、こいつのことだったら多少なりと知ってきたつもりだ。
家事もろくにできない?黙って聞いてれば……
俺は一つ深く深呼吸をして言い放つ。
「満華が家事ができない?そんなわけないじゃないですか。確かに俺がきた当初は料理も掃除も洗濯も中途半端でダメでしたよ。だけど、この半年でコイツはコイツなりに努力して俺の力がなくとも家事全般できるようになったんですよ。
……だから、見てもなくコイツの努力を否定するのはやめてください」
「ふん、友人なら庇うことだってあるだろう。仮にその言葉が本当だったとしたら、キミはもう満華にとっては――要らない存在じゃないか?」
真っ直ぐな正論が俺に突き刺さる。
これは、俺たち二人が最近抱えてきた大きな問題でもあった。
もうとっくに星野は家事代行サービスを必要としないくらい家事がしっかりできている。
もう、はっきり言って俺の存在は不要まであった。
ほとんど何もしていないのに、ただお金を貰う。
星野は料理をしてくれていると言っているが、それは時間的余裕にも料理の技術的にも星野には問題はなくて、ただ俺に家事代行の仕事をさせているという証明を作りたかっただけに過ぎない。
だから本来なら、これは星野にとって謂れのないこと。
俺がこの場に居続ける限り、この先も星野が言われ続けられるのなら。
もうここで終わりにした方がいい。
「――そ、そうですよ。俺なんかがいなくても満華はひとりでやっていけます。
満華にとって俺はもう既に要らない存在です。」
「そうか。ならば、私の言いたいことはわかるんじゃないか?」
「当然です。
―――今日をもって、双方合意のもと家事代行サービスを終了とさせていただきますがよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「承知いたしました。会社に戻り次第手続きを開始いたします。細部の契約情報などは後々書類にて送らせていただきます。」
「承知した。なにか記入事項があれば後日私が出向こう」
「ありがとうございます。そのように進めさせていただきます」
「頼んだ」
「あ、そういえば……満華」
「……わ、たし?」
満華は自分のところにきたのが予想外だったようだが、ひとつだけ。
これだけは言っておかなければいけない。
多分、この機会じゃないと言えないから。
「最初とかいろいろ大変で苦労したけど、俺にとって今までで一番楽しい職場だった。お前のおかげだ。ありがとな」
「そ、そんな……待って」
「では、失礼いたします」
俺は、深々と頭を下げた後、その場を後にする。
星野の『待って!』の静止の声も聞かずに。
外に出ると朝は曇り空だったというのに、今は雲の隙間から日差しが差し込んでいた。
「あ~あ、これは一雨あるかもな…」
俺は一言そう呟いて歩き出した。
―――――――
これから数話シリアスあります。
完結のプロセスとして外せないのでご容赦ください。
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