第108話 承認
蒼子が高々と掲げた錫杖につけられた大きな石が濃紺に発光し、神々しい光を放つ。
あまりにも神々しい輝きに皆が目を細めた。
「馬鹿な……宮廷三神だと……⁉ 貴様のような小娘が⁉」
呂鄭は目を剥きながら蒼子の後ろ姿を見つめた。
長い漆黒の髪が揺れていた。
その後ろ姿からは隠せない威厳と品格が溢れている。
「おいっ! 小娘! 私を助けろ! 悪いようにはしないっ! 特別待遇で一生手元に置くと約束してやる! 他の女とは比べ物にならないくらい優遇して…………ぐあっ!」
この期に及んでもまだ悪あがきをする呂鄭の左頬に拳が入る。
「下品な物言いを慎め。貴様はここまできてもまだ自分の置かれている状況が分かっていないのか?」
我慢ならなかったのか、紅玉は容赦なく呂鄭の顔を殴りつけた。
「貴様は宮廷三神であるこの方を正体を知らなかったとはいえ、誘拐し、売人に売ろうとした。決して許されることではない。貴様がこの方に対して行った蛮行の数々を神殿の者達も知ることとなるだろう。そうなれば、裁判の重刑を求める声も上がり、裁判官はそれに耳を傾けざるを得なくなる。いい加減、自分がどれだけの罪を犯し、今も尚罪を重ねようとしていることに気付いたらどうだ?」
紅玉は最後に『これ以上、蒼子様を侮辱するなら舌を切る』とドスの効いた声で脅した。
紅玉に脅される呂鄭を背後に、蒼子は進めた。
蒼子はやぐらの上に浮かんだ光の円陣の中央に雪那と白陽、呂鴈を呼び寄せた。
「これより小神域地域認定の儀を行う。儀式は土地神と統率者である人と血を交わすことで完了する。皆、手の平を上に」
人型になった雪那は両手の平を上に、白陽と呂鴈は片手の平を上に向けて蒼子に差し出す。
すると蒼子が差し出された手の平にしなやかな人差し指を一の字に動かす。
白陽と呂鴈は大して痛みはないのに、薄く切れた皮膚から血が滲んだことに不思議に思った。
雪那は血が滲んだ手の平をまじまじと見つめている。
それから互いの手の平を重ね合わせて血と血を触れ合わせた。
赤い血が異なる赤い血に触れた瞬間、足元にある円陣がより一層強く発光し、眩い光を放った。
「宮廷三神、水の神女たるこの私、硝蒼子の名の元にこの町を土地神、雪那と統率者、呂白陽並びに呂鴈の治める小神域地域として承認する」
蒼子が高らかに宣言すると、視界を覆い尽くす光に包まれた。
光が弱まり、消失するとある変化が起きていた。
「蛇神様のお顔が……」
呟いたのは白燕だ。
離れた所からでもその変化ははっきりと分かった。
顔の穢れが消え、本来の美しい白い肌を取り戻していた。
『これは……』
雪那は穢れがあった顔に触れる。
直接見えなくともその変化に気付いたようだ。
「それは白陽と呂鴈の信仰心が穢れを払う力になった。信仰が広がれば穢れもほどなく払われる」
蒼子が言うと白陽と呂鴈は顔を見合わせ、改めて雪那に向かい合う。
「一刻も早く、穢れが払われるようにお手伝い致します」
「我々にお任せ下さい」
二人は意気揚々と答える。
「わ、私もお手伝いします! 蛇神様……いえ、雪那様には感謝しても感謝しきれません」
女性や子供達の負の感情を汲み上げ、拾い集めたことで雪那は堕ちる寸前まで穢れてしまったが、きっと亡くなった者達は救われたはずだ。
誰も味方のいない、頼れる者がいないこの町で自分達の味方をしてくれた神様だ。
今度は自分達が雪那の力になりたい、と白燕は強く思った。
白燕の想いが通じたのか、雪那の身体の穢れがまた少し薄まった。
そして次々に身体の穢れが消えていく。
『これは……どうしたことか』
雪那は自分の身体に起こっている変化に戸惑う。
幾つもあった黒い染みが一つ、また一つと消えていく。
「これが土地神信仰の力だ。きっと、散っていった者達の感謝の念も込められているのだろうな」
黒い穢れがきらきらと儚い光に代わり、溶けるように天へと昇って行く。
その様子を美しいと思いながら蒼子は天を見上げて呟いた。
穢れを脱ぎ捨て、新しい姿になった蛇神と新たに統治者となった若者と年長者によってこの町は生まれ変わる。
神と人が協力し、この町を治め、新たな一歩を踏み出すことになるだろう。
そんな門出となるような光景を皆が見つめている時、唯一それを好く思わない者がいた。
皆が和やかな表情を浮かべている中で、憎々しいと言わんばかりの表情を浮かべ、怒りで身体を震わせていた。
あの神女さえ、いなければ…………!
呂鴈は蒼子に悪意ある視線を向けていた。
あの娘だけは許せん! あの娘だけでも……!!
その悪意と敵意が形を成そうとした瞬間、呂鄭の身体に声も上げられないほどの激痛が走った。
くっ……! 何だ、この胸の痛みは……⁉
声を出すことも、動くこともできないほどの激痛が心臓を中心に全身に広がり、浅く呼吸をするのだけで精一杯だった。
皆は天に昇る光に夢中になっていて、呂鄭の異変に気付かない。
助けを求めることも叶わず、呂鄭は床に倒れ込んだまま身動きできずにいた。
すると、狭い視界の端で誰かと目が合った。
床に仰向けに寝転んだ鳳珠だ。
顔だけをこちらに向け、呂鄭をその美貌で睨みつけている。
ぞっとするほど美しく、冷酷な顔をしていた。
目が合った瞬間、とてつもない恐怖と威圧感、身体が支配されるような感覚を覚える。
次第に息苦しさが深まり、激しくなる身体の激痛に耐えきれず、呂鄭はは意識を手放した。
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